幼馴染の本音
俺の名前は井口 雄太郎、最近彼女の浮気を知った高校2年生だ。
今日も半年ほどの思い出を引きずりながら学校へと向かう。
「元カノを思い出して傷心中なのは分かるけど……いつまでもそのことを考えるのは感心しないわ」
「悪かったな。過去を引きずる面倒くさいタイプの男で」
「別に責めたい訳じゃないけど、隣で辛気臭い顔をされてもいい気分はしないの」
幼馴染の梅森 蜜柑は今日も冷たい態度で忠告を促す。
対して俺ははぐらかすように首に手を置きながら曖昧な返答を行っておく。
……確かに今の俯きながら歩く俺は隣に居られたら鬱陶しいのかもしれない。
だったら一緒に登校しなければいいだろとも思うが、それについてはまた理由がある。
だがさすがにこの一言は中々尖りすぎなのではないだろうか。
少なくとも元カノの浮気を知って1週間かそこらの男にかける言葉じゃないだろう。
そんな気持ちを抑え込むように俺は二度咳払いをする。
すると梅森はぴくっと片眉を上げて反応を寄こす。
「……井口くん、風邪?」
問いに対して俺は首を素早く横に振る。
「ちょっと喉が詰まっただけだ。超健康」
少し抱いた不満を悟られないように適当な理由を言っておく。
疑問が解決すると梅森はプイっと顔を逸らして結んだ黒髪を指で弄り始めた。
「紛らわしいのよ……最近流行ってきてるんだし」
吐き捨てるように言う梅森に対して思わず苦笑いをこぼす。
中々にとんでもない一言だ。勝手に話を飛躍させて紛らわしいて、理不尽極まりないぞ。
とまぁこのようにぱっと見梅森は明らかに幼馴染である俺の事が嫌いだ。
幼馴染なのに、と言うよりむしろ幼馴染だからが正しいのだろうか。
長い付き合いという事は良い部分もあれど悪い部分も当然見えてしまうものである。
大体の場合後者の方が目立ってしまうのも悲しい話だ。
とは言え人と関わる上ではある程度本心を隠す事も重要。
皆が皆本音のみを口にするのなら絆や信頼なんて言葉は脆く砕けてしまう。
人の心の中は思ったより綺麗じゃないのは分かり切っているだろう?
最終的に巻き起こるのは世界中を罵詈雑言が埋め尽くす世紀末。
そうならない為にも人は最低限の社交辞令を身に付けるべきである。
梅森は俺の持論と反する典型的なズバズバ言いすぎて周りから疎まれるタイプだ。
せっかく周囲から目を引く美少女なのに……本人は気にしてないからいいのかもしれないが。
一応忠告はしておこうと思う。
「梅森……あんまり本音を出しすぎると皆から嫌われるぞ?」
「別に、それくらいで嫌いになるんだったらどうぞご自由にって話よ」
きっぱりと言い切る梅森。無駄だと分かっていてもその迷い無さには驚かされる。
こいつは意地でも自分を捻じ曲げる嘘を付く気は無いらしい。
ここまで一貫していると立派な気もするがな……
だが俺は知っている。こんな事を言いつつ梅森が堂々と嘘を付いていることを。
これは予想でも何でもない、ただの事実だ。
一体どんな嘘かと言うのは……心の中を覗いて確かめてみようじゃないか。
俺はじっと梅森の顔を見つめる。
すると向こうもそれに気づいて何とも言えない表情を浮かべた。
恐らく急な視線に混乱しているんだろう。勿論この行動には意味がある。
こうやって相手をしっかり見ることで……俺の頭にはとある音が入ってくるのだ。
「……何?急に見つめないで貰えるかしら?」
(え?井口君?そんな見つめられたら私……ヤバい待って。心臓止まっちゃうから!)
いつもの淡々とした声の裏では、忙しないトーンのもう一つの梅森の声が響く。
その内心の緩急にたまらず身を引く。
「いや……その……」
梅森は追撃するように逃げようとする俺の目の前で胸を張る。
さながら、獲物を追う狩人の視線と言った感じだ。
「言いたいことがあるならはっきりして。遅刻しちゃうわよ?」
(もしかして……こ、告白とか……まま、まさかそんな夢みたいな事無いよね?)