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半吸血人間  作者: 華穂
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「あー、どうすっか。おい同胞」

「……え。あ、はい。俺ですか?」

「ここに俺とお前以外が居るように見えるのか? まぁいい。お前、このままの体勢で一刻も早く状況確認……というか、俺からの説明を受けるか、どっか腰落ち着けて聞くか、どっちがいい? 決めさせてやるよ」


 そう言って男は体を横向きに座り直し、足を運転席のシートへ伸ばした。体勢が変わったが男の座っている位置は変わらないため、体を起こせても逃げることはできそうにない。

 だからといって、場所を移動するのも得策とは言えない。この状態も決して安全とは言えないが、ここがどこで移動先がどんな場所かも分からないのだ。

 最悪の場合、男の仲間に囲まれる、ということも十分ありうるだろう。

 動くもリスク、留まるもリスクなら、さてどちらがマシというのだろうか。


「なら、場所の移動をさせて下さい」


 どちらがマシかは分からないけれど。それでも密室で身動きの取れない状態よりは、逃走経路の確保ができる外の方がいい。そう思うのは、人間に残る動物的本能のせいなのかな。

 そっと体を起こして、後ろ手にシートへ体重を乗せた。わずかに起き上がった体。相手の横顔に、視線をぶつける。

 バレバレかもしれないけど。内心で笑われているかもしれないけど。それでもトオルは、湧き上がり続ける恐怖を隠してみせる。

 男は強者ではなく、自分は捕食される側の生物ではない。対等な人間であると。

 せめてそうあろうとする気持ちだけは、失いたくなかった。


「オーケー、なら降りるぞ。あんま目立ちたくねぇから騒ぐなよ」

「騒ぎませんから、早く退いてください。……重いです」

「俺様を太ってるみたいに言うな!」


 先に降りようと扉を開けていた男は、未だ体重を乗せていたトオルの足を軽く叩く。パシンと乾いた音が鳴った。痛い。

 ようやく車から男が降りたのを見届けて、トオルも静かに足を下ろした。鼻に届く自然の香りに、改めて辺りの景色を見渡す。

 そこは緑の多い場所だった。けれど森の中というわけではなく、きちんと道が舗装された、人の手が入った場所。ぽつりと立った一軒家が、周囲に他の建物が無いせいか妙に意識を惹く。


 ここは、どこだろう。トオルの家の近所にこんな所はなかったはずである。

 体感ではこんな見覚えのない所まで連れて来られたという感じはしなかったが、もしかしてかなり遠くまで来てしまったのだろうか?

 たった一つの建物に真っ直ぐ向かう男の後ろを歩きながら、そっと周囲を観察した。

 逃げるとするなら、どこに向かえばいいのだろう?

 道は右にも左にも続いている。車が停車している方向を見ればどっちから来たかは分かるかもしれないが、残念ながら車は小さな仕切りの中に規則正しく収まっている。おそらく駐車スペースだろう。

 道が続いているなら、そこを辿ればいつかは人に会えるとは思う。けれどトオルの体力と男の体格から推測される体力を比べてみれば、それまでに捕まる可能性も十分あった。


「おい、なにボサっとしてんだ。早くしろ」

「あ、はい!」


 道を観察している間に足が止まってしまっていたらしい。トオルは慌てて男の後に続いて、建物の中へ足を踏み入れた。

 室内はなんというか、見た目通りの普通の一軒家。見た目で騙されないようもっと危ないところを想像していたトオルは拍子抜けしたが、すぐに気を引き締め直す。

 ここがどこであれ、男のテリトリー内であることは間違いないのだ。緊張感は持ち続けておかなくては。


「とりあえず突き当たりの部屋がリビングだから、好きな席に座ってろ。飲み物取ってくるから」

「分かりました」


 男の言うとおり、突き当りにある磨りガラスのはめ込まれた扉を開き、中へ入る。

 このリビングルームは入って正面に見える大窓から外の緑が見える部屋で、室内もそれに合わせたかのような色合いの家具が揃っていた。

 ここは男の家なのだろうか? 生活感はあるが、どこか物寂しい雰囲気のする家。窓から見える庭も手入れされているが、この家に人が常時住んでいるとはどうしても思えなかった。

 室内に生活感のある物が少なく、綺麗すぎるせいだろうか。


「お待たせ。飲み物って言ってもお前警戒して飲まなさそうだから缶のお茶な」

「う……。お気遣いありがとうございます」


 男の言葉に図星を差されたトオルは、ばつが悪そうに缶を受け取った。

 確かに、もしこれがコップで渡されていたなら、トオルは絶対にそれを口に入れなかっただろう。

 ペットボトルでも同じだ。昔ニュースであったように、針かなんかで薬品を入れられているかもしれないと勘ぐってしまうだろう。

 さっと缶の上部を目視で確認してからカシュっと音を立て、プルタブを起こして封を開ける。一口飲めば緊張で喉が渇いていたのか、一気に半分近くまで飲み干してしまった。





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