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※恋愛要素皆無ですが、男性同士の接触シーンがあります。
人工呼吸のようなモノですが、少しでも嫌悪感のする方はお気を付け下さい。
急激に襲った寒気。慌てて横向きに転がっていた体を小さく縮め、両腕で自身の体を強く掻き抱く。
車内がひどく寒く感じて、手足の指先がとても冷たい。体が、意志に反してカタカタと小刻みに震える。
寒い。ああ寒い。男はここに俺を放置して、凍死させるつもりなのだろうか?
だけど、この感覚は違う。これは本当に寒いわけじゃない。寒く感じているが、きっと車内温度は変わらず一定の平温なのだろう。なのに、寒く感じる。
経験したことはないはずなのに、確信を持って一つの答えが脳裏に浮かぶ。
――飢え。これは、飢餓感だった。
ひどくお腹がすいていて、喉が渇く。寒い。腹が減った。ああ、水分が、欲しい。喉がひりつく。飲みたい。あの鉄臭く、どろりとした生温かい、液体を。
口内に溜まった唾液を飲み込んで喉を湿らす。鼻が何かを探して、ひくりと動いた。
「……ち、が…………ほし、ぃ」
「本格的に死にかけじゃねぇか! なんでそこまで我慢してたんだか。ほら、早く飲め!」
そんな声が聞こえたとほぼ同時に、トオルの口元に押し付けられるナニカ。強い鉄の匂いに反射的に感じたのは嫌悪感と、間違えようのない歓喜。
本能のまま受け取りたい気持ちが先走るが、指先はシートの上を滑るだけ。受け取る力も突っぱねる力も残っていないトオルはただじっと、その場に固まっていることしかできない。
のたのたと指先がわずかにシートの上を這っていると、小さく舌打ちが聞こえた。そして同時に、そのナニカは口元から外される。そのことに確かな落胆を感じていると、別の何かが再び押し当てられた。
それは先ほどまでの、硬いプラスチックのような感触ではなく。もっと柔らかな、それでいて少しかさついている妙に暖かな物だった。
そこから強引に弾力のある物体がねじ込まれ、少しずつ、トオルは吸ってもいないのに液体が流れ込んでくる。口内に流れるそれはどろりとしているようで、けれどさらさらともしているような、何とも言えない舌触り。
突然口内へ侵入してきたものに驚いて反射的にソレを飲み込んでしまったトオルは、その液体の温かさに胸が確かに熱くなるのを感じた。飢餓感が、満たされる。
少しして離れるそれに、まだまだ足りないと引き留めるように手を伸ばす。
とても近くから小さく噴き出すような音が聞こえたのが気になったが、再び押し付けられたそれにそんな疑問はすぐに吹っ飛んだ。
こくり、こくりと喉が動く。体がポカポカと温まる。不思議と苦しさはなく、ただその甘くも感じる液体を必死に求めていた。
美味しい。とても。今まで口にした何よりも、おいしい。
つぅ、と、口の端から液体が漏れて流れる感触が妙にはっきりとしていた。
「おーい、もう大丈夫だろ。そろそろ起きてくんね?」
「……ふ、う?」
ぼんやりとする。先程とは違う意味で、夢から急に起こされたような。まだもっと寝ていたいというような不満感を前面に押し出しつつ、トオルはずっと無意識に閉ざしていた瞼を押し上げた。
ぱちりと、視線が絡まる。目の前、わずか数センチほどの距離を置いて、自分を攫った男が、こちらを見つめていて。その男の片手が、トオルの顎を掴んでいて。
「へ……え、ええぇえええ!?」
「うるせぇ!」
距離を取ろうにも背後はシート。体も力が抜けたからかいつの間にか伸ばし切っているためほとんど身動きも取れない。
……と言うか、下手に動いたらとんでもない事故が起こりそうで一ミリも動けない。
トオルの頭の中は完全にパニックだ。幸いなのは、パニックが行き過ぎて体が固まっていることだろうか。さっきも述べたが、ここで下手に動けば大変なことになりかねない。
「え、ちょっ、何で! というか早く退いてください!」
「俺だって早く退きたいわ! お前が俺の服離してくれればすぐにでもな!」
その言葉にトオルは自身の体勢をパニック状態にありながらも何とか把握した。
横向きに縮まっていた体はいつの間にか仰向けに体を伸ばしていて、男はトオルの上に覆い被さっている状態だ。
ならば足を振り上げて抵抗しようと考えても、足首がダッシュボードに引っかかっている形のため、上手く動かすこともできない。
それはいい。いや全くよくはないが、まだいいと言える。
問題は自身の両手。トオルの両の手は何故か男の背後に回っていて、男の背中の服を縋り付くかのようにしっかりと掴んでいた。
「ぅ、わあああ! え、何で? いつの間に!」
「うっせえ! 至近距離でさっきから叫ぶな!」
両手をバンザイするかのように勢いよく頭上に上げる。それと同時に頭を叩かれて、逆に少し冷静になれた。
男は既に上体を起こして背中を伸ばしている。だが男は完全にトオルの上に乗っていたようで、男が上体を上げても足の上に座られているため相変わらず動かせない。これでは不意を突いて男を運転席側に突き飛ばせても、逃げるまでの時間は稼げないだろう。
次に周囲を見渡した。ここは車内。四ドアのいたって普通の車だ。寝転がっているから外はよく見えないけれど、若干木々の緑が見える。
さて、どうだろうこの状況。どう楽観的に見ても、絶望的な危機的状況に思える。
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