絶望の先にあるもの
「魂は人で非ず。肉体は人で非ず。心は人で非ず」
音の消えた空間に響く声。凛としたその声は、まるで唄っているかのような軽やかさで早紀の耳に届いた。
ゆっくりと、顔を上げる。視線を向けた先にはいつから居たのか、一人の美しい男性が壁にもたれて立っていた。
漆黒の濡れたような美しい黒髪に、すらりとした長身。少しだけ前髪が長くて表情が見え辛いが、それでもおそろしく整った顔立ちをしているのがこの距離でも分かる。
闇に溶けるような黒いスーツは、まるで喪服のようだった。
それは一体、誰に対しての喪服だろうか。
「その三つが揃って初めて、人は人足り得る」
とん。と軽く反動をつけ、背中を壁から離す。
こつり。こつりと、まるで先程のトオルのように足音を立てて男性が歩く音に、思わず腕の中のトオルを抱く手に力を入れた。
何故かは分からない。正体不明の恐怖が、早紀を襲う。
「まあ僕の持論だけどね。さて、ここで問題だ」
こつり。遂に目の前に立った存在が、口端だけで笑う。
近付いたことで見えた前髪の奥の瞳は、蜜のような金色。美し過ぎるその色は、先程まで観ていたのと同じ色。
人外の、色だった。
「では人間でない者は、どうしたら人と成れるのか」
魂があればいいのか。人間の体があればいいのか。人の心があればいいのか。その三つがあればいいのか。
けれどトオルも宏人も、三つとも揃っていた。男の言う人の条件は揃っていたのに、間違いなく二人とも人外であった。
その理由は体を作り変えられたからだろうか? けれど宏人は覚醒するまで、トオルは血を飲むまで間違いなく人間だった。既に体は作り変えられていたのに。
では心が少しずつ歪んでしまったからだろうか? けれど彼らは自覚したその瞬間から、既に人間とは一線を画していた。とっくにトオルの人間としての入れ物は割れ、その形は粉々に砕けてしまった。
早紀は答えられない。喉が張り付いたように声が出ず、体を動かすこともできない。腕にトオルが居るからではなく、その瞳に縫い止められる。
ぞくりとするほど美しいその瞳は得物を見つけた猛獣のように爛々と輝いていて、得物でしかない早紀には身動きすら許されないのだ。
男、ディザストロが手を伸ばす。
「答えは否。どうあっても、どうやってもヒトにはなれない。戻れない」
「っトオル!」
伸ばした腕がトオルの胸元の衣服を掴み、早紀の腕の中からその体を攫う。
そうして、一閃。早紀の目にはただ、ディザストロが腕を横に振っただけのように見えた。
それなのに。ただ無造作に振られただけの腕はトオルの体を豆腐のように簡単に裂き、その胴体を真っ二つにする。
飛び散る血飛沫が早紀を、ディザストロを紅く染め上げた。
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