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「まあ、早紀は覚えてないよね? 俺が早紀を魅了して連れてきたんだからさ」
そう言ってトオルは、これ見よがしにゆっくりと目を閉じる。
そしてまたもゆっくりと目を開けた時、そこにあったのはいつもの黒い瞳ではなかった。
「ひぃっ……」
思わず引き攣った悲鳴を零し、後退る。
瞼の下から現れたのは、狂気すら感じるほどに美しい金色。発光しているかのようなその輝きが、早紀の体をその場に射止める。
がくがくと足が震えるのは恐怖からか、緊張からか。見惚れるほどの美しさなのに、それすら畏怖が上回るせいなのか。
早紀は、このトオルの目を知っていた。
「早紀に見せるのは二回目だよね? あの時は逃げられちゃって、傷付いたなあ」
「ト、トオル、なに、なんで、その目……」
「俺ね、人間じゃなくなっちゃったんだよ。正確には半分は人間のままだけど、まあそんな細かいことは関係ないか」
こつり。トオルの靴の音が反響する。
一歩近付いて来ただけなのに、早紀は全身の力が抜けてその場にへたり込んでしまった。
立ち上がろうにも足は震えて使い物にならず、腕を使って何とか後退り出来ている状態。這うこともできただろうが、得体のしれない相手に背中を向けることはできなかった。
「それでね、生きるためには人の血を飲まなきゃいけないんだ」
「……きゅう、けつき?」
「あ、やっぱ知ってるよね。似たようなものだよ。そこをこの間、早紀に見られたってわけ」
「そんな、どうして、トオルが……」
「どうしてとかは俺自身が言い尽くしたからもういいよ。でもね、どうしても許せなかったんだ」
こつり。こつり。足音は止まらない。
金に光る瞳が、瞬きもせずに早紀を射竦める。逃げることは許さないと、拘束する。
「あ、謝る! あの時逃げちゃったのは謝るから! だから……」
「え? ああ、そんなことはどうでもいいよ。あの状況で逃げるのは当然だし、早紀は悪くないよ」
「な、なら、どうして、どうして」
「俺が許せないのは」
こつり。最後の靴音を立て、目の前にトオルが立つ。そしてゆっくりと屈んだトオルは、怯える早紀と目を合わせた。
あの時と同じ。いや、あの時以上に怯える早紀。当然だろう。こんな得体のしれない化け物が目の前に居て、逃げることもできないのだから。
トオルは唐突に、何だか大笑いしてやりたい気分に襲われた。当然しないけど。
「俺が許せないのは、このシステムだ」
そう。トオルは初めから、早紀を恨んでも憎んでもいなかった。そして宏人のことも、恨んでも憎んでもいなかったのだ。
吸血人間や吸血鬼が吸血行動を起こすのは、自身が生きるために仕方のないことで。それは人間が生きるために家畜を殺して食べるのと同じこと。
たまたまトオルがその現場を目撃し、たまたま宏人がトオルを殺さなかっただけ。ただそれだけで、その行動自体を糾弾するのは間違っていると思っている。
人が人を殺めるのは罰すべき行為だろう。そこにどんな理由があろうと、それは結局のところ自分の感情を収めるための発散行為。または快楽行為に他ならないからだ。
しかし、なら自分が生きるためにする行為は、果たして罰せられる行為なのだろうか?
食用肉を得るために家畜を殺す専門家は、動物愛護団体に訴えられるだろうか?
そもそも法律とは、人間が人間を守るために制定した制度だ。そこに吸血人間達の存在は含められておらず、当然守ってもくれない。
トオルの答えは、生きるための行為は罰せられるべきでない。だった。
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