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そこは、とても暗い場所だった。
冷たい闇が空間を埋め尽くす、耳に痛いほどの静寂が支配するその場所。
早紀は、気が付いた時にはそこに立っていた。
「ここ……どこ?」
呟いた音が跳ね返って自分に返って来る。
自分は学校からの帰宅途中だったはずだ。いつものように学校生活を終え、いつものように友人と帰路に着き、いつものように駅で別れた。
だというのに、ここは一体どこだろう? 駅でもなければ、道でもない。当然家でも学校でもなかった。
自分の手が通学鞄を持っているのは分かる。制服を着ていることも、手探りでなんとなく分かった。
きっと友人と分かれた後、何かが早紀を襲ったのだ。そして、そして?
「ひょっとして、連れ去られた?」
真っ先にその可能性を思い付かなかったのは、あまりにも自然と気が付いたからだ。
地面に倒れていたわけでもなく、縛られていたわけでもない。当然体のどこも痛くはないし、違和感もない。
誰かに無理矢理連れ去られたなら、そんな状態で気が付くわけがないだろう。まるでうたた寝から覚めたかのように、自然に目覚めたのに。
しかし、自分で歩いてきた記憶もないのだ。なら誰かの仕業だとしか思えなかった。
「あ、携帯! ライト使えば……」
ライトが使えれば、せめて周囲の様子は分かるだろう。
真っ暗ということは屋外でもないから、周囲の様子が分かれば外に出られるし、当然だが通報もできる。この場所がどこか分かれば、迎えも早いだろう。
しかし当たり前と言えば当たり前だが、ポケットの中に携帯は無く。この一寸先も見えない暗さでは、鞄を持ってようが手探りで見つけ出すこともできなかった。
いや、そもそも携帯は抜き取られている可能性が高いだろう。わざわざ連れ去っているのだから、易々と逃がしたりなどしないはず。
「ど、どうしよ……歩いても平気、かな?」
周囲が全く見えないので、一歩先に落とし穴があろうと階段があろうと、それに気付くことができない状態だ。
けれどこのまま突っ立って、犯人側からのあるかも分からないアクションを待つこともできない。視覚という情報が一切奪われている中、パニックにならずに居られているのが既に奇跡なのだ。早く、早く逃げたい。せめて視界を確保したい。
そっと、足を浮かさずに地面の上を擦るように前へ動かす。手を前に出して、正面の空間に何も無いのを手探りで確認した。
ゆっくり、たとえ足元が急に崩れても元の位置に戻れるようゆっくりと体重を移していく。
そうして、一歩、前に足を動かした。
「っふ、ふぅーっ、ふぅーっ、」
たった一歩。いや、恐らくは普段の半分ほども進んでいない。
それなのに、心臓が長距離を走った後のようにどくどくと煩い。呼吸が荒く、体ががくがくと震える。ぶわっと、嫌な汗が全身から噴き出した。
もし、もし犯人側の目的が何かの実験で、目の前に踏んではいけないスイッチがあったら?
もし目の前が崖のようになっていたら?
もし目の前に刃物の先端があったら?
何も分からないまま、どうなっているかも把握できないまま、殺されてしまうかもしれない。
「ぃ、ひ、ひゅ、ふ、ぅ、ぅぅ、」
悲鳴のような、喘ぎのような声が噛み合わない歯の隙間から漏れ出る。
まだ一歩。たった一歩なのだ。
それなのに、周囲が完全なる闇に支配されているからだろうか? 早紀は今、真っ直ぐに立てているかの自信すら持てなくなっていた。
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