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「次会う時まで生きてろって、言ったでしょ、ヒロ」
向かった先。寝室には、ベッドに倒れ伏す宏人の姿。口元やその周りのシーツは、血で赤く汚れていた。
半分ほど閉じた瞳は虚ろで何も映さず、ピクリとも動かない固まった指先。決して色白ではなかったのに、青白く見えてしまう肌。
ぞわりとした感覚が、足先から駆け巡る。命も、鼓動も、呼吸も無くなってしまったのに、圧倒的なまでの存在感がその場を支配していた。
つい数時間前まで生きていた人間が、ただの抜け殻となってしまったこの衝撃をなんと表現したらいいのだろうか。
トオル自身が殺してしまった子供達は、正気じゃなかったこともありハッキリと覚えていない。その時も視界には捉えていたが、直視は出来なかった。
しかし宏人の存在は、目を逸らすことを許してくれない。きちんと受け止めて、受け入れろと、訴えかけてくる。
トオルの前に立つディザストロの声が震えているように聞こえたのは、気のせいなのだろうか。
「ねぇ、トオル君」
しかし次いで紡がれた言葉は、いつも通りのどこか愉悦を含んだ軽い声。先程の声は、宏人の死に動揺したトオルの幻聴なのだろうか。
未だ視線が宏人から外せないトオルの視界を遮るように、ディザストロが振り返る。
「ヒロはどうして、君に死期を伝えなかったんだと思う?」
どくんと、トオルの心臓が嫌な音を立てる。
何を。彼は、ディザストロはいったい、何を言っているのだろう?
だって、それではまるで、宏人が自分の余命が二ヶ月ではないと、知っていたかのようではないか。
宏人はトオルに二ヶ月だと言っていたのに。
「ヒロは知ってたよ。自分の寿命が一週間保たないって。まぁ、まさか今日死ぬとは思ってなかっただろうけど」
ひゅぅ、と、喉を空気が通る音がする。全身に力が入っていて、無意識に震えていた。
知っていた? 宏人は一週間保たないと知っていて、トオルに二ヶ月だと、嘘を伝えたのだろうか? 何故?
いや、そもそも宏人はトオルに死期を伝えるつもりもなかったのだ。トオルが知ったのは、偶然吐血している所を見てしまったから。
もしそれがなければ、トオルは何も知らないまま、ただ宏人と連絡が付かなくなるだけだったのだろう。
その後で宏人が死んだと知っても、イコール吸血人間の寿命だとは知りえなかっただろう。
「何で黙ってたんだと思う?」
どうして宏人はトオルに教えてくれなかったのか?
「それはね、ヒロの優しさだよ。ただでさえいっぱいいっぱいのトオル君に、これ以上背負わせてはいけないと思ったんだろうね」
「やさ、しさ?」
「トオル君に自分のことで煩わせないように。自分のことは自分だけで背負って、そうしてひっそりと消えるつもりだったんだろうね」
知らなかった。知ろうとしなかった。知る方法も、ヒントもあったのに。
幼少期に覚醒し、何十年と吸血をしてきた彼が、わざわざ隠れて吸血するわけがないと気付かなかった。
宏人が異端性吸血人間だと知っていたのに、それがどういうものなのか今まで聞こうともしなかった。
ディザストロという宏人を昔から知っている者と知り合えたのに、何も、行動しなかった。
「加害者だったヒロからの、精一杯のヤサシサ。ねぇ、それをトオル君は、どう受け止めるのかな?」
それは、それが、優しさなのだろうか?
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