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家まで送り届けてもらったトオルは自室へ向かい、扉を閉めるとその場に座り込んだ。
相も変わらず共働きの両親はまだ帰宅しておらず、無言のまま自室まで直行しても咎められることはない。
今日は一日で色々なことが起こり、たくさんのことを知った。それらについて考えなくてはならないのに、何から考えればいいのか分からない。
修学旅行のこと。ディザストロのこと。吸血鬼のこと。宏人の過去。異端性吸血人間の寿命のこと。自分のこと。
どれが緊急性のある内容で、どれが自分にとって重要なことなのか。何に悩み、何の結論を出すべきなのか。今のトオルには分からない。取捨選択ができない。
ただ一つハッキリしているのは、宏人の寿命があと二ヶ月ほどしかないという事実だった。
「俺は、どうすれば……」
違う。トオルは頭を振る。
どうすればじゃなく、どうしたいかだ。義務ではなく、トオルの意思一つで選べてしまう選択肢。それは自由であるからこそ恐ろしい。
トオルは立ち上がり、今閉めたばかりの扉を開いて廊下に出る。両親へ帰宅が遅くなる旨のメールを送り、外へ飛び出した。
何も考えたくない。沸々とした苛立ちが、トオルの内側から湧き上がる。
どうしてトオルが悩まねばならぬのか。
望んで得た現状ではなく、巻き込まれて陥れられた状況。ディザストロも言っていたではないか。トオルは被害者だと。
そうだ。トオルは被害者だ。自分は被害者なのだから、何も悪くない。
「そう。君は何も悪くない。被害者である君に、罪は発生しない」
目的もなく適当に歩き続けた先。まるでトオルの行き着く場所が分かっていたかのように、気が付けば目の前に笑顔のディザストロが立っていた。
ざわざわとした騒めきが遠くに聞こえる。ふわりと優しく握られた腕が引かれ、人混みから連れ出された。
自分の意思で歩いているはずなのに、足取りが覚束ない。ディザストロは警戒しなくてはならない相手のはずなのに、誘導されるままに足が動く。
それがディザストロの、吸血鬼の能力による、思考低下や思考誘導を可能とする「魅了」であるとは、トオルには分からなかった。
「君は被害者。被害者なんだ。だからね、あの時も、今日も、何をしても君は悪くない。悪いのは全てヒロなんだから」
「俺、は……悪く、ない……」
路地の奥まで連れられる。促されて振り返ると、そこには小さな女の子がぼんやりとした表情のまま立っていた。
その表情は、見覚えがある。忘れられるはずもない。
あの日、トオルが襲った男の子と、同じ表情。
「子供の血は美味しいよね。酒や煙草なんてものに侵された大人の血液と違い、健康に気を遣われた純粋な味」
「ぃっ……」
「さあ、トオル君も飲んでいいんだよ? だって君は悪くないんだから」
がぶっと女の子の首筋に噛みついたディザストロは、すぐに引き抜いたその牙に血を滴らせながらトオルを誘う。
甘い香りが立ち込めてトオルを包み込む。鼻孔を擽る匂いが脳を侵食し、ぼやけた思考を更に鈍らせた。
だからトオルは、本能のままに足を進める。自分を誘う匂いに向かって。
目の前には美味しそうな御馳走が、自分を食べてと手招きしている。それをどうして断る必要があるというのか。
手を伸ばす。ディザストロが付けた傷穴に食いつき、そのまま血液を飲み込む。
ああ、やはり美味い。子供だからなのか、生き血だからなのか。とんでもなく美味だ。
「……トオ、ル?」
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