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「あ、しまった」
そこまで思考して、ようやく本来の目的を思い出した。本当なら今日、トオルから修学旅行中の話を聞き出そうと思っていたのに。
当然ながら宏人はトオルの言い訳を全く信じてはいない。むしろあれで騙される者はいるのかと疑うほどである。
トオルは初めて出会った時に比べ、驚くほど落ち着いた言動をするようになったと思う。それがあの日の連絡では、文章だというのに混乱しているのが伝わってきた。
勿論宏人は出会ってからそんなに経ってないし、出会った頃は犯行現場の目撃時だ。比べるまでもなく、宏人と友人になる頃より混乱していて当然だろう。
だがそれにしても、トオルの言動は男子高校生のそれではない。そのくせ、時折年相応の感情の乱れが表れる。
きっとそれが、それこそが宏人の罪の形。平凡だったトオルを歪めてしまった。もっと言えば壊してしまった。
例えばあの日の女性のように、いつも通り殺していればこうはならなかっただろう。もしくはトオルが成人していれば今更大きく歪むことはなく、もっと幼ければ柔軟に変化できた。
忘れてはならない。間違えてはならない。彼は高校生なのだ。
まだ高校生。それとも、もう高校生?
大人と子供の境目が曖昧な時期のトオルに、一体どう言えば心配しているのだと伝わるのだろうか。
なんて。
「俺にそんな資格はねぇか」
呟き、自嘲の笑みを浮かべる。どの面下げて心配しているなどとほざけるのか。どんな表情で頼ってくれなどと言えるのか。
だから宏人に出来るのは、勝手に手助けして勝手に教えることだけだ。
だからこそ宏人は、まだ死ねない。まだ寿命を終えることはできない。
ああ、それなのに。
「っごほ! ぅ……げほっ! は、ぐ……」
びちゃびちゃと耳障りな汚い水音が響く。咳き込むたびに喉の奥から熱が競り上がり、口元を押さえる手の隙間から液体が飛び散る。
ベッドに俯せになっていた体勢が無意識に横向きとなり、体が丸まっていく。
吐き出すばかりで息が吸えていないはずなのに、それにも気付けないほどの激しい咳。咳き込むために全身へ力を入れているのに、だんだんと力が抜けていく感覚。
(死ぬ、のか? もう? まだ、何も出来てないのに?)
「ひ、かふっ……ごぽっ! は、はっ……ぐ、ぅ……」
力が入らない。口元にあった手も投げ出され、真っ赤な手の平が視界に映る。
何が二ヶ月だ。何が一週間だ。こんなにも、宏人の体に時間が無いなんて。
貧血のせいか、どんどん思考がぼやける。視界が霧のように白く掠れていき、真っ赤な全てが隠されていった。
「一人ぼっちのヒロ君は、何のために生きてきたのかな?」
不意に聞こえたディザストロの声。それが記憶の再生なのか、実際この場にディザストロが居るのか、もう宏人には判別できない。
それでも宏人はその声に嗤ってみせた。何を馬鹿なことを聞くのかと。そんなことも分からないのかと。
やはりアイツは人外なのだ。
(逆だよディロ。生きる理由も死ぬ理由も亡くしたからこそ、生き残ってしまったんだ)
そして今、生きる理由を手に入れたからこそ死んでゆく。
この世界はどこまでも、宏人に冷たく残酷に出来ていた。
「……ごめ、ん、な……」
はたしてそれは、誰に向けた言葉なのか。
この日。一人ぼっちの異端性吸血人間が、特に何かを成すこともなく、静かにその生涯を閉じた。
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