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「ふふ。誰か良からぬ者からの入れ知恵でもあったのかもしれないねぇ」
「……」
「さて。これが君の知りたがっていたことの全てだよ。宏人の家族はもうこの世にはいない。親戚も居ない血筋だったらしく、天涯孤独というやつさ。汚い政府の、人間のせいで、ね」
結局、悪いのは人間だった。宏人の家族を殺したのは宏人自身で、そうなるように仕向けたのも人間。研究のために吸血鬼を害したのも人間だった。
勿論それを言っているのはディザストロであって、妄信していいわけではない。
それでもトオルは、「ありえない」と一蹴することができなかった。
だってディザストロの言う通り、トオルにも抗い難い吸血欲求とやらには覚えがあり過ぎた。あの子供の時もそうだし、保健室での時もそうである。
半吸血人間となった直後など、吸血欲求だとは思いもしなかった。にも拘らず、自然と早紀の傷に目が奪われていたほどである。
もしあれが小さな子供の時だとしたならば、きっと早々に本能に負けていただろう。
裏付けとして十分すぎる程に、トオルは自身でそれらを体験していたのだ。
「もうひとつ、教えてください」
「なにかな?」
「……逃亡した二人目の吸血鬼って、もしかして」
明言があったわけじゃない。確信があったわけでもない。それでも何となく、そうだと感じていた。
敢えて理由を付けるとしたら、それをディザストロが知っていたから、だろうか。
以前の吸血鬼が死んだ理由も、研究記録を見たからかもしれない。
ディザストロはその疑惑を肯定するように、美しく微笑んだ。
「面白そうだったからね。実際、そこそこ楽しめたよ」
「ディザストロさんは、その……人間を憎んでいないんですか?」
「どうして? 知能を持つ生物として、知ろうとするのは可笑しな行動ではないでしょう。誰だって分からないモノは怖い。死が怖いのは、死後が分からないからだ。不死の存在を調べることでそれを克服する術があるかもしれないとなれば、知ろうと足掻くのは何も糾弾されることではないはずだよ」
「でも、そんな非人道的な実験までしてなんて」
「非人道的と言うけどね、それは君達人間が勝手に作ったルールだ。生物間全てに適用される常識ではないし、そもそも僕らは人間じゃないんだよ」
だからディザストロには人間を憎むつもりも恨むつもりもなく、そもそもとしてどうでもいいと。そう言って嗤う。
時が来れば死ぬような脆弱な人間が何をしようと、結果自身や同胞が殺されようと。それすら悠久の時を生きる吸血鬼にとって、ただの退屈凌ぎでしかないと。
自身の生死すら、面白おかしく過ごすためのスパイスでしかない。人間とは違うのだと、ハッキリと告げられた気がした。
「人間は他者を善か悪かで判断したがるけど、本当に無意味だよね。その人にとっての正義はその人にとっての正義でしかなく、他者にとっては正義にも悪にも変わる。唯一不変の正義なんて存在してなくて、正義の敵は別の正義だ。故に、正義を語る者は分け隔てなくエゴイストさ」
「それは、さすがに穿った見方では? 偽善という言葉もあるけど、善意はあくまで善意なんだし、それをエゴと切り捨てるのは……」
「エゴだよ。正義を振りかざして善意を語るのは、結局自分が善行をしているという現状に酔いたいだけ。性善説も性悪説もくだらない。善か悪かなんてどちらも同じだろう? コインの裏表でしかなく、人の善意を、悪意を、理由を付けて納得したいだけだ」
だから研究者の行動も政府の判断も、善でも悪でもない。彼らの正義の元にあるエゴであり、何ら問題のない人として当然の行為である。
そう言い切ったディザストロの言葉の意味が、トオルには分からなかった。
自分の仲間も、自分自身も実験道具にされ、最初の吸血鬼ほどではないにしても研究されたはずなのに。彼の話を信じるなら、人間と同じく痛みも苦しみもあっただろうに。
それを「人として当然の行為」とまで言い切ってしまうその神経が、分からなかった。
分からないことに安心した。
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