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……そう。始まりは、なんてことない日常からだったんだよ。
君もそうだったんだろ? 非日常が訪れるのに、奇跡的なナニカや大がかりな準備なんて必要ない。そんなの関係なく、理不尽に運命とやらは訪れるんだから。
ヒロもそうだった。ヒロもヒロの家族も、特別な何かなんて持っていない。ただの一般人。そこらに歩く人々と何ら変わらない。
なのに、彼らに選ばれてしまったんだ。
「彼ら?」
「政府の吸血鬼専門研究所さ。君も知ってるだろ? 血の提供をしている組織だよ」
本来吸血鬼の存在を知っているのは、ほんの一握りの人間だ。
当然だろう。そうでなければ、凡庸な人間はすぐ混乱を起こす。
好奇心。恐怖心。探求心。畏怖。知識欲。不安感。なんでもいい。そういった感情が高まり、連鎖し、誘爆し、大規模なパニックが起きかねない。
政府が隠す理由も分かるだろう?
それだけならまだいい。存在を知りつつもこちらを刺激せず、適度に協力関係を築き、共存していけるのなら。それほどに素晴らしいことはないだろう。
けれど当然ながら、それだけでは止まらなかった。
「彼らは“研究機関”だ。未知なもの、不可解な事象、不思議な現象は解き明かさなくては満足できない人種。そんな存在に、吸血鬼なんて知られたらどうなると思う?」
どうなると思う? ……そんなの、深く考えるまでもないよね。
何としてでもその存在を捕縛し、徹底的に調べ尽くそうとするだろう。
特に政府なんてお上所属の人間達は、その権威を笠に着て非人道的なことにすら手を出す場合もある。
どこにも所属しない無法者より、下手な権力を持ったエリートの方が、この場合厄介なんだよ。
そして彼らは研究材料を手に入れた。吸血鬼は人間じゃない。動物ですらない。当然法律で守られることはなく、好き放題に弄っても誰からも後ろ指を差されることもない。
だから、なのだろう。
奴らは一切のブレーキを掛けなかった。そもそも人間相手でも遠慮なんてしないような奴らだよ。ブレーキがあるのかすら不明なのに、それを吸血鬼相手に掛けるわけもない。
……最初に囚われた吸血鬼は、もうこの世にいない。全身を弄り回され、薬漬けにされ、実験し尽くされた。
痛みに耐える実験。血液の採取。開腹し、臓器の機能実験。毒耐久実験。自己再生能力の程度実験。血液不足による飢餓実験。エトセトラエトセトラ。
全てを麻酔など使わずに行い、そして麻酔の大量投与による中毒実験なども行われた。
「純血の吸血鬼は、基本的には不死なんだ。半端な君達と違い、数年血液不足でも死なないし、老いも寿命も無い。それを殺してみせたのだから、いやはや人間の欲とは恐ろしいね」
それでも人間達は諦めなかった。次の吸血鬼の捕獲に成功し、今度は殺さないよう慎重に実験を続けた。
その甲斐あってか、その吸血鬼は今も生きているよ。もう数百年前にその実験室の人間は殺し尽くし、既に逃亡しているけどね。
しかしそうなると、当時の実験の当事者はもう居ない。実験記録は残っていようと、当事者全滅というその結果は重く圧し掛かり、ようやく研究者達は吸血鬼の捕獲を諦めたんだ。
そこで終わったなら、まだ人間にも可愛げがあったんだけどねぇ。
「……どうなったんですか?」
「奴らは、捕獲した二種類の吸血鬼から摂取した血液や遺伝子情報を使い、人工的に吸血鬼を作り出すことに成功した」
それが、異端性吸血人間。宏人やその他である、と。
ディザストロは、とても愉しそうな相貌で嘲笑う。
「保管していた吸血鬼の血液や遺伝子を、本人も知らぬ内に母体へ移植した。そして生まれた子供が吸血人間として覚醒する時、子供は自分の初めての吸血欲求に逆らう術を持たない」
「それが、宏人さんが家族を殺した理由……」
「君も覚えがあるんじゃないかな? 抗い難い吸血欲求。自我が育ち、自制を覚えている年頃の君ですら難しいそれを、小さな子供が耐えられると思うかい?」
そうして家族を殺してしまって正気に戻る子供を、政府は保護という名目で連れ去る。そして吸血人間への理解を示し、血液提供などの援助をすれば、その子は政府に恩を感じるだろう。
特に子供は純粋で操りやすいからね。ショックで呆然としている子供を操るなんて、汚い大人にとっては新しい吸血鬼を探して捕獲するよりも簡単だっただろうさ。
宏人も、その内の一人だった。ただ他の子供と違ったのは、それが政府の罠であったと知ってしまったことかな。
はてさて。どうしてただの子供であった彼が知っていたのか。いったいどこでそれを知ってしまったんだろうね。
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