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シートベルトをしているトオルでさえ、体が流されるほどの荒い運転なのだ。後部席へ放り込まれた後、何とか起き上がった状態の宏人はすぐに座席へ突っ伏し、顔色が悪くなっている。
文句もどこへ向かうのかも聞けないほどに揺れる車内。それがようやく終わったのは、とても見覚えのある一軒家の前。
あの事件以降も何度か招かれたことのある、宏人の隠れ家であった。
「それじゃあ、おいでトオル君。君に見せたいものがあるんだ」
「み、見せたい、もの? それより、ひろとさん、が」
「放っとけばその内自分で追いつくでしょ。吸血人間はただの人間よりは回復力高いし、命を狙われているわけでもないんだから」
ぐったりとしている宏人を無視し、ディザストロはまたしても強引にトオルの腕を引く。
宏人ほどではなくとも目を回していたトオルは、ふらつきながらもなんとか転ばないように付いて行くのがやっとだった。
そうして連れられたのはいつかのリビング……ではなく、二階。その中の、今まで一度も足を踏み入れたことの無い小部屋だった。
「ここ、勝手に入っちゃ……」
「ヒロに僕の行動は制限出来ないから気にしなくていいよ。それより、これ見て?」
小部屋の中は狭く、本棚が一つと小さなテーブルが一つ。テーブルの上には小さなランプがあり、傍には椅子が二つ。それだけだった。
ディザストロは本棚から迷いなく一つの本を引き抜くとパラパラとページを捲り、とあるページを開いた状態でトオルに向ける。
どうやらアルバムのようで、中にはいくつかの写真が綺麗に並んで留められていた。
その中の一枚。そこに居たのはこの隠れ家の玄関に並んだ二人の男女と、小さな男の子と女の子。男の子の方は大分若いが、宏人そっくりな顔をしている。きっとこれは宏人の家族写真だろう。
しかし、これが一体なんだと言うのか? トオルは眉間に皺を寄せ、ディザストロを見上げる。
ディザストロは片方の椅子に腰掛けると、アルバムを机に開いた状態で置く。そして両手を机の上でゆっくりと組んだ。
「これは十五年くらい前の、ヒロの家族写真だよ。両親とヒロとヒロの妹」
「妹さんが居たんですね。でも、それが一体何なんですか」
「この家は厳密にはヒロの両親の持ち家だ。本来なら、ここで老後を過ごす予定で買ったらしいよ」
「ですから、それがなに……」
「ねぇトオル君。どうしてこの家には、誰も住んでないんだと思う? どうしてこの家には、ヒロ以外の人が訪れないんだと思う?」
「え」
ディザストロのその言葉に、初めてこの家に訪れた時感じたことを思い出す。
トオルは確かに、この家に物寂しい雰囲気を感じていた。生活感はあったが、常時人が住んでいるとはどうしても思えなかった。
よく考えればもっと早くに気付いたはず。どうして気付かなかったのだろう。
この家は、宏人が買った家ではない。二十代半ばで家を買うなど、余程の高給取りか元々金持ちでない限り、無理ではないだろうが難しいだろう。
では誰が買った物件だ? どうしてその買い主は、この家に住んでいない?
ドタドタと荒々しい足音が家中に大きく響く。
「正解はね、トオル君。宏人の家族は、宏人が殺しちゃったんだよ」
焦ったように背後で扉が開く音を、トオルはどこか遠くで聞いていた。
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