8
「ねぇトオル君。僕と一緒に来る気はない? 君もわざわざ、自分を襲った加害者と共にいることはないよ」
「えっ、あ、あの……」
「っ、き、くな」
「今までは頼れるのがヒロだけだったけど、今は違う。僕だって君の同族だし、君のことをヒロ以上に理解してあげられるよ?」
「い、かげんに、しろ、よ……」
「煩いな。僕は今トオル君と話してるんだから、口を挟まないでくれる?」
ゴッと鈍い音がして、ディザストロの靴先が宏人の腹に沈む。
小さく呻き声を洩らした宏人は、ずるりとわずかに起き上がらせていた上体を完全に地面へ倒した。
トオルはぞくりと背筋を震わせる。それは相手を蹂躙する強さを持つディザストロに対する恐怖であり、畏怖であり。
そして、興奮であった。
この男……ディザストロは危険な存在である。吸血鬼だからというだけでなく、こうして簡単に他者へ暴力を振るえる。力で従属させることに、躊躇いがない。
そもそも躊躇う必要が無いのだろう。吸血鬼にとって人間は食糧で、畜生と何も変わらない。
けれどその強さは、トオルにとって憧れる部分も確かにあった。トオルだって男子高校生だ。プロレスなどは見ると興奮するし、声援を送って盛り上げる側の人間だ。
だけど。
「お断り、します」
すっと、静かに波が引く。一瞬の興奮は突風が背後に流れるように消えていき、残ったのはただただ不快な感情。
確かにプロレスは好きだ。格闘技やスポーツ系は、見ていて興奮もする。
しかしそれは、ルールある試合を見ている場合の話だ。
「ひ、宏人さんから、離れて、ください」
「……庇うんだ? こいつは君を傷付けた加害者だよ。君を望まない世界に突き落とした、許されざる罪人なんじゃないの?」
「そ、そうだとしても、俺は宏人さんを傷付けたいわけじゃ、ない」
別に寛容なわけじゃない。宏人を許したわけでもなければ、人を傷つけるのは駄目なんて高尚な考えを持っているつもりもなかった。
それでも、宏人に暴力を振るいたいわけじゃないというのは本当だ。苦しませたいわけじゃないというのも本心だ。
トオルにとって宏人は、ディザストロが言った通り間違いなく加害者である。恨むべき、憎むべき相手なのだろう。
けれどそれ以上に、トオルの中で宏人は友人の位置を確立していた。気軽に遊べ、気兼ねなく会話し、困った時には助けられてきた。
それなのにどうして、今更苦しむ姿を見たいだなんて思えるだろう。
「……そう。トオル君、君はつまらないね」
「……」
「つまらない。つまらないからこそ、とても面白いよ」
「は?」
「いいね、楽しくなってきた! 場所を移そうか。君に面白い話をしてあげる」
グイっと、少し強い力でトオルの腕が掴まれる。そして地面に蹲ったまま咳き込む宏人の腕を強引に掴んで立たせると、公園の出口へ引っ張って歩き出した。
出口のすぐ傍には見覚えのある車が一台停まっている。宏人が乗ってきたのだろう。
無遠慮にディザストロは宏人の胸ポケットから車のキーを取り出すと、宏人を後部座席に放り込んで運転席に座った。
「何してるの? 早く乗りなよ」
三日月の瞳に促され、戸惑いつつも扉を開けられた助手席へトオルは腰掛ける。
瞬間、走り出した車はお世辞にもうまい運転とは言えず、角を曲がるたびにトオルは体が左右へ流された。
.




