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誰か。と、トオルは周囲に助けを求めようと慌てて視線を巡らせる。しかし目の届く範囲には誰も居ない。
……居ない? そんなはずがないだろう。だってまだ陽は高く、つい先程まで近くには居なくとも子供や主婦達が公園内には居たはずだ。
だが何度見回してみても人は一人も居なかった。
こんなの、どう考えてもおかしい。普段は賑やかな公園が、今この場に限り世界から切り離されたかのような不快感に身震いする。
いったいいつから? いつから、人気がなくなっていた?
「ああ、一般人にはみんな出て行ってもらったよ。トオル君も周囲を気にして会話するなんて面倒だろう? まあ途中から気にする余裕もなかったみたいだけどね」
「ディ、ディザストロさん、あなたは、いったい……」
「うん? まだ気付いてくれてないのかい? ……いや、君は気付いた上で、気付きたくないと目を逸らしているんだね。ふふ。いいよ教えてあげる! 僕はね」
トオルの腕を離したディザストロはガタリとベンチから立ち上がり、くるりとその場で回転する。そしてどこかの道化師のように左腕を広げ、右手を胸に添えて腰を曲げた。
聞いてはいけない。今すぐディザストロの前から逃げるべきだ。
そう思っても、体が鉛のように重くて動かない。
トオルの中で、彼は人間だった。唯一トオルの心情を理解してくれて、話を聞き、慰めてくれる人間。宏人とは違い、ちゃんとした人間。
この後の言葉を聞いてはそれが崩れてしまう。
けれどもう遅い。だってそれを崩したのは、崩す言葉を紡いだのは、紛れもなくトオル本人だったのだから。
「君たちの同族にして上位互換。君たちの言葉で言うなら、純粋な、“吸血鬼”だよ」
ニヤリと口端が持ち上がり、その口元からは牙が覗く。前髪で影になっているはずの蜜色の瞳が妖しく光る。
牙は八重歯だ。目が光ったのは光の反射だ。そう思い込むには、ディザストロの纏う雰囲気が人間とは違い過ぎた。
理屈ではなく本能で理解する。彼は人間ではない。正真正銘「鬼」の文字を冠する、完全な人外だと。
「とは言っても僕と君らに大きな違いはないよ。どちらも人外。どちらも化け物! ただの人間とは相いれない存在! 受け入れられない存在! それが僕達なんだから」
「そ、そんなこと……」
「うん? もしかしてまだ夢見てる? 現実を見なよ。君を受け入れてくれる人間がいるわけないだろう? 吸血鬼は畏れられ、淘汰されるべき存在なんだから!」
くつくつと、喉の奥を震わせて嗤う。
違うと、そんなことないと、トオルは反論できなかった。だってそれは、少し前まで人間だったトオル自身がよく分かっている。
もし吸血人間が居ると世界に知られれば、自分達は二度と陽の下を堂々と歩くことはできなくなるだろう。
見つかれば恐怖と軽蔑の視線を向けられ、情け容赦なく排除される。
だって、誰だって自分や自分の大切な人を守りたいから。自分達に害成す存在を放置なんてできやしない。
自分達を襲いかねない存在を、自分達の身内を危険に晒してまで擁護しようとなんてしない。
「でも安心してよ。僕だけは、君を受け入れられる。だって同族だよ? 僕の数少ない、言わば家族だ。大切な家族を見捨てはしないし、何かあれば全力で守る」
「家族……?」
「君にとっての家族は別に居るだろうから、仲間でも何でも好きなように思っていいよ。ただ僕にとっては君が家族で、守るべき対象なんだ。僕だけは君を理解できるし、僕だけはトオル君をトオル君のままアイシテあげられる」
きっと人外だと知られれば、君の家族も君を愛してくれなくなるよ。
きっと人外だと知られれば、君の家族は君を見捨てるよ。
そんな薄情な、血が繋がっているだけの人間より、僕の方がずっとトオル君を理解し、トオル君を愛してあげられる。
「ね? そうでしょう?」
囁かれるのは、甘い甘い毒。じわりと浸透し、気付かぬうちに全身に回る。
気付いた時には、もうそれ無しでは生きられなくなる。まるで麻薬。
するりとトオルの頬を撫でるその手付きはあくまで優しく、愛しさに溢れていた。
大切に、壊れ物を扱うかのように、繊細に。
触れた頬から、合わせた瞳から、無邪気な悪意が注ぎ込まれる。
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