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不意に、意識は戻る。視界に映るのは黒い空間ではなく、木製の天井と白い蛍光灯。
ぼんやりとそれを眺めながら、トオルは自分がカレー作りの最中気絶してしまったのだということを思い出した。
煌々と照らす光の眩しさに、そっと寝返りを打って視線を逸らす。
何故だろう。とても眩しい。
「あ。遠藤君、起きた?」
少し離れたところから声が掛かる。この声は、と思い出しながら体を起こせば、机に向かっていた状態から振り返った状態の保健医が居た。
何となく予想はしていたが、ここは修学旅行先の簡易医務室だろう。窓の外の様子を見るに、どうやら時間が経って翌朝といったところか。
ほんの少しの間だが、現状を把握しようと視線が動いていたのを待っていた保健医は、トオルが落ち着くとゆっくりと口を開いた。
「昨日遠藤君急に倒れちゃって、担任の先生がここまで運んでくれたのよ。気分はどう? 気持ち悪いとか、頭やお腹が痛いとかある?」
「えっと、特にありません」
「そう? なら良かった。貧血かしらね。今日はこの後自由行動の時間だけれど、どうしましょうか。特に体調に異変が無いなら予定通り出掛けても大丈夫だし、休んでてもいいのよ?」
「……出掛けます。休んでてもすることないですし、せっかくなので」
「そうよね。一生に一度の高校生の修学旅行だもの。ただ突然体調が悪化することもあるから、そういう時は必ずしおりに載っている緊急連絡先へ電話すること」
「はい。ありがとうございました」
簡単な利用記録の記入と血圧だけ測って、トオルは部屋を出た。随分眠っていたようで、時刻は既にお昼前。他の生徒は出発した後だ。
まずは部屋に荷物を取りに戻らなくては。
そうして、行かなくてはならない。病院へ。
目覚めた時から感じる強い飢餓感と喉の渇き。感覚で分かる。これは昨晩から何も食べて無いことの空腹ではない。
ぐきゅりと喉が鳴る。熱を出しているかのように、思考が上手く働かない。
ああ嫌だ。いやだ、いやだ。何も考えたくない。
乱暴に鞄の口を開けて、中に入っている財布を取り出す。そこに例の医療証がきちんと収まっているのを自身の目で確認し、体にぶつけるように鞄を背負って部屋を飛び出した。
宏人に教えてもらった病院への道を頭で反芻しながら走る。通行人が、そんなトオルに何事かと振り返って視線を向けた。
道行く人がとてもおいしそうに見える。誰もがみんな、自分を食べて、と、言っているようで。
あぁ、あぁ、あああああああいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ!
口内に唾液が溜まる。飲み込む。味がしない。もっと甘い、甘い、どろりと舌に絡まる、鉄臭くも癖になる、あの甘味が、ああ、ほしい、ほしい、ほしい。
その時、すんと鼻が動く。考えるよりも早く、足が方向を変えた。
そこは路地裏だった。人気の無い、店やビルの裏側にある細い道。いや、道というより隙間だろうか。 とにかく、そんな場所で。
トオルは、見つけてしまった。
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