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「その辺りだと、確かここの病院が……おい、トオル聞いてるか?」
「わっ! あ、えっと、ごめんなさい聞いてなかったです」
「ったく。途中でぶっ倒れても知らねえぞ?」
宏人からの問い掛けに、隠し事について考えていたトオルは驚いて肩を跳ねさせた。現在二人が居るのは宏人の隠れ家の方で、机の上には地図が乗っている。
トオルは高校二年生である。そうして暑くなり出すこの時期、トオルの学校は修学旅行を控えていた。
当然トオルも男子高校生であり、友人達との旅行は楽しみである。高校生活のいい思い出になるだろうその行事に心躍らないはずがない。
ただし、純粋に楽しむにはどうしても不安があった。
「もう一回言うぞ? お前が行くルートだと、一日目と二日目がここ、三日目がここの病院が血液の提供をしてくれる場所だ。何かあったらカード持って駆け込め」
「ここと、ここですね?」
トオルは宏人の指差した病院を復唱しながら、しおりの最後のページにある余白に病院名を書き込む。
つまり、そういうことだ。一学年の全生徒が共に二泊三日の旅行をするその時に、血液を持ち込むわけにはいかない。何かしらの理由で見つかれば、大騒ぎになるだろうことは想像に難くないだろう。
けれど旅行日程が二泊三日で、トオルの吸血周期が三日である以上、どこかで血液を摂取せねばならない。
勿論一日目の朝の集合前に飲んで、三日目の解散後にも飲むつもりではある。
しかし慣れない土地で、何が起きるか分からないのだ。念には念を入れておいて、損など無い。
「おう。ま、けどあんま心配しなくても大丈夫だろうよ。お前は一週間飲まなくても無事だった実績あんだし」
「できるだけ頑張りますけど、もうあんな辛い思いはしたくありませんから」
苦虫を噛み締めながら思い出すのは、まだ吸血人間なんてファンタジーの世界の話だと信じていた頃。自分の体に起きている異変も解決策も何も分らなくて、ただ耐えるしかできなかった時のことだ。
今またあの状態になれと言われてもできるはずがない。
トオルの体はもう、血の味を覚えてしまったのだ。
あの時は何も知らないから我慢できたのであって、知ってしまった今は知らなかった頃に戻れない。
もし何かしらの窮地に陥った時、トオルは喉の渇きを耐えることができるのか?
そこまで考えて、トオルはふっと息を吐く。
用心に越したことはないが、考えすぎも良くない。もしもというのは、滅多にないからもしもなのだ。
念を入れるというなら、病院の場所だけで十分だろう。
広げていた地図を折り目通りに畳み直しながら苦笑を零した。
「ま、あんまり気を揉み過ぎないこったな。せっかくの修学旅行がつまんなくなるぞ?」
「その通りですね。せっかくの旅行ですし。……そうだ、宏人さんはお土産何がいいですか?」
きっと、この時に思考を止めなくともどうにもならなかっただろう。いくら警戒し対策を練ったとして、どうしようもないことというのはあるのだ。
それでも“もしもあの時考えるのを止めなければ”と考えてしまうのは、どうしてなのだろうか。
事件は、修学旅行の二日目夜に起きた。
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