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「危ない!」
突如トオルの思考を刺すように鋭い声が、頭に響く。
ハッと気付いて顔を上げた時にはもう遅く、目の前には誰かが蹴り飛ばしたサッカーボールが飛んできていた。
反射的に右の腕で顔を庇うが勿論威力が消えるわけもなく、腕にボールが当たった勢いに押されて尻餅を着く。
倒れる際に、中途半端に打ち付けた腰が痛かった。
「悪い! 大丈夫か?」
「へ、いき。ごめん、ぼけっとしてた」
じんと鈍く痛む右腕を無事な左手でさすりながら、のろのろと起き上がる。普通に起き上がるには、まだ腰が痛い。
申し訳なさそうにこちらを見る同級生には悪いが、今のは完全にトオルが悪い。
すぐ傍で試合がされていて、自分は審判なのに考え事をしてしまっていた。ボールから目を逸らしてしまっていた。非があるのは完全にこちらだ。
するともう一方の試合を見ていた体育教師がやって来て、保健室に行くよう告げる。
おそらくは腕も腰も軽い打ち身だろうが、湿布は早めに貼っておいた方が良いだろうとのこと。
大したことはないから大丈夫だとは思ったが、教師の言葉に素直に頷いておく。それに今試合が再開したとして、トオルは自分が今度こそ試合に集中できるとは思えなかった。
心配と揶揄する声を投げる友人らに軽く返しながら保健室に向かう。
「すみません。体育中にボールぶつかって転んじゃったんですけど、湿布もらえますか?」
「あら。ちょっと待ってね。この子が終わったら診てあげるから、先に利用記録書いてもらえるかしら?」
スライド式の扉を開きながら保健室内へ向けて声をかければ、中に居た保健医が微笑みながら椅子を指差す。
示された椅子に腰かけながらバインダーの紙と備え付けのペンを手に取ると、ちらりと視線を保健医達に向けた。
どうやら体育館で授業を受けていた女子の方でも怪我人が出たようで、見覚えはあるが名前の知らない女子が手当を受けていた。
膝から血を流してしまったらしい。女子は傷口から滲む血を赤く染まったティッシュに吸わせながら、保健医が治療の準備をしているのをぼんやりと見ている。
血の量から見て深い傷ではないようだ。ティッシュは赤いが血もほとんど止まっている様子で、後は消毒してガーゼを当てるくらいで終わるだろう。
女子生徒は傷口が気になるのか、時折ティッシュをずらしては傷口を覗き見ている。
よく見ると、ズボンや傷のある足は洗ったのか綺麗だが反対の足が砂で汚れているので、授業最初の外ランニングで転んだりしたのかもしれない。
傷口も皮膚が所々捲れ上がっていて、体育館の床でというよりは砂利などの転がる外で怪我したようだった。
「……さっきからじっと見て、何ですか?」
不意に、じろりと女生徒から胡乱気な視線を向けられてトオルは大袈裟に肩が跳ねる。そうしてようやく、自分が不躾にもじろじろと見ていたのだと気付いた。
当たり前のことだが、普通の人間は自身の傷口を見られて気分がいいはずない。
中にはそういう人もいるのかもしれないが、少なくともこの女生徒はそういった人種ではなくて。トオルは慌てて謝りながら視線を逸らした。
女生徒は少しの間トオルを睨んでいたが、小さく溜息を吐くと今度は準備が終わった保健医の治療をぼんやりと眺める。
止血していたティッシュを膿盆に置き、傷薬を吹きかけた綿で傷口を何度か軽く押さえて消毒する。汚れた綿も同じく膿盆に置き、ガーゼで傷口を覆った。
赤い傷口が白いガーゼで隠されたことでまた傷口を見ていたことに気付き、トオルは慌てて手元の用紙に名前や保健室利用の目的などを書いていく。
利き腕を打ったために少し痛むが、それ以上にどくどくと激しく主張する心臓が煩かった。
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