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男の言葉に一瞬首を傾げたものの、トオルはすぐにその意味を理解した。理解して、今度は顔から一気に血の気が引いて青くなる。
相手を選べないということは、基本的にすべての人間が対象者となる。そこに差も区もなく、分け隔てられることもない。ということは、つまり。
「対象には性別差も汲まれない……?」
「そういうこと。男も女も関係なく、ノンケやゲイも拘らず、お前に対して欲を覚える。お前はそんなに筋力なさそうだし、襲われたら抵抗出来ねぇだろうからな。気を付けろよー」
「そんなに軽く言わないでください!」
男の言う通り、トオルはそんなに力がある方ではない。屈強な人間に力で押さえつけられたら、どうにもならないだろう。
ついさっきだって、男に圧し掛かられた状態で抵抗できなかったのだ。男と同じかそれ以上の力を持っている者相手なら、間違いなくトオルは簡単に襲われるだろう。
「どどどどうすれば! 俺にそんな趣味はありません!」
「俺みたいにコントロールするには、時間が必要だしな。あぁけど、安心しろ。フェロモンっても、相手の理性吹っ飛ばすような強い物じゃねぇから」
「……え?」
「欲情の対象にはなるけど、相手には理性もちゃんとある。お前がよっぽどの態度をとるか、相手の理性が弱ければそういう行動にも出る奴がいるかもしれねぇけど、男女でさえそんな奴なかなかいないだろ? まぁ、オカズにされるくらいは覚悟しとけ」
「それはそれで嫌ですけど、実害よりはマシだと思うことにします……」
トオルにとって想像するだけで気持ち悪いが、彼の言うようにコントロールなんて一朝一夕でできるものでもないだろう。
当然納得なんてしていない。自分が男のオカズにされるなんて、考えたこともなかったしこれからもありえないはずだったのに。
けれど物事には必ずどこかで妥協点を見つけなきゃいけない。なら、この辺りがその妥協点になるのだろうなと、トオルは小さく息を吐いた。
話がひと段落ついたからか、男も小さく息を吐いて放置していた飲み物に口を付ける。トオルも受け取ってから半分ほど減っている缶の中身を、一気に飲み干した。
「っと、思ったより時間経ってるな。今日はそろそろお開きか?」
「え……ってもう十二時! あ、学校!」
男の言葉に視線を壁掛けの時計に向ければ、時刻は十二時十分を指していた。トオルは登校する途中で誘拐されているのだから、単純に考えて四~五時間は経っている。
当然高校に休みの連絡なぞしておらず、無断欠席ということになるだろう。高校生であればそこまで気にされることではないのかもしれないが、入学してから無遅刻無欠席を貫いていたトオルとしては、地味にショックだった。
「諦めろ諦めろ。どのみちあのままじゃ学校に辿り着けなかっただろうし、登校中に本能に耐えきれず、誰かを襲って警察行きになっていただろうよ」
「そもそも貴方が俺の血を吸わなきゃ問題なかったんですけどね!」
「あー、あー。聞こえねぇなぁー」
男はわざとらしく耳を塞ぐと、顔ごと横を向いて“聞いてない振り”をした。
その態度にトオルはむっとするものの、すぐにふっと苦笑するように力を抜いた。なんだか男のそんな行動が子供っぽく見えて、「まぁいいか」というような気持ちになったのだ。
しかしトオルは気付かない。この状況は、状態は、普通ならまぁいいかで済ませられるような事態ではない。
むしろ殴りかかっていてもおかしくないのだ。なんてことをしてくれたんだと。男を責めて、恨んでも憎んでもおかしくないような。男がしたのはそれほどのことなのだ。
けれどトオルは、全くと言って良いほど男を恨んでも憎んでもいない。それは状況の深刻さに未だ思い至っていない、というわけではなかった。
トオルには既に、半吸血人間としての自我が芽生え始めていたのだった。
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