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インサニティ  作者: 鳴海 慶
人魚の秘薬
40/51

人魚の秘薬 13

(成田視点)


 感情の 釣り合いが両想いって言うなら

鳴瀬は天秤みたいで

僕は自分の軽さに釣り合うように反対の皿を調節してくれることに、勝手に不満になってるのかと思ってた

でも

あいつのは重さじゃなくて

「ただ深いだけなのかも」

重ければ重いほど、深みにまで沈んで、抜け出せなくなる

軽ければ水面に浮いて いつでも抜け出せる

相手次第の愛。

けれど疑いようもなく深い愛、

 彼自身は。

「僕は自分が軽くて浮かんでしまうのをあいつのせいにしてるだけなのかもしれない」

 入ろうとしても深く潜れずに

 ただ乾いてしまったとき、その水を含んで助けられるばかり。

「成田くんは面白い例えばなしをするね」

「面白いかな……なんか恥ずかしくなってきた」

 泊まりがけのその夜。一舎さんは僕が寒くないように沢山毛布を持ってきてくれた。その毛布にくるまってソファに並んで座って話した。

「じゃあ、りょーちゃんとひめちゃんは砂糖水かな」

「砂糖水?」

「うん。あまーい砂糖水。一度かき混ぜたら砂糖だけをすぐには取り出せないの」

「……」

「この感じ、水中の感覚に例えやすいな。成田くんすごい。あの子たちの愛って、きっとそうだよ」

「……そう、なんだ」

 愛し合ってる、二人。

 水中の感覚。愛するという感覚。

鳴瀬と姫歌さんは、きっと、水中の感覚では 分かちがたい存在、なんだ

二人でひとつ……とも違うけれど

溶け合った部分が、とても多くて。

……僕から見たら、明確に二人の 別々の人間だけど、きっと人魚にとってはそうじゃないんだろう。

共生。共存。

だから、鳴瀬が姫歌さんと命運を共にするのは

自然で……仕方の無いことなのかもしれない。

二人を目前にして、一舎さんと話した夜のことを思い出して、そんなことを考えながら僕は、心の内では

全然納得してなかった。



木造の屋敷はあっという間に燃えて、肌が焦げそうな熱が冬の外気を吸い込んでしまう。走って荒くなった呼吸が熱気と煙を吸いかけて咳き込む。探索で来たときに一舎さんと歩き回った記憶を、必死で引き出す。

鳴瀬と姫歌さんは僕を見て驚いていた。

「成田……どうして」

「追いかけてきたんだよ!」

 問答無用で鳴瀬の腕を掴んだ。力は僕の方が強い、このまま引きずってでもこの火の海から連れ出してやる。

「いつも、いつも何も言わずに居なくなりやがって、中一の時も再会した時もこないだの夜も! 毎回待たされる身にもなってみろ、バカ!」

 今度こそ、帰って来ないんじゃ無いかって

 もう会えないんじゃ無いかって、不安で寂しくて

 僕は「自分が思い続けていられればいい」なんて思えない、相手が生きてても死んでてもいいだなんて、気持ちが届かないほど離れても構わないなんて思えない。ましてや殺したいだなんて思えやしないし自分を想ってくれる誰かを失いたくない。僕はそんな簡単に捨てられない、鳴瀬がくれたものを手放せない、この手で触れることを諦められない、そんな簡単に、そんな、


「――――そんな簡単に僕を捨てるな!」



「――――――――……君から そんな言葉が聴けるなんて」



 掛けられた声にふと顔を上げる。

咲き誇った炎を背に、姫歌さんが微笑んでいる。

「……」

 火の粉が花吹雪のように舞う。

 熱気が顔中にまとわりつく。

 背筋を冷たい汗が伝った。

――――連れて行ってしまう、この人は、愛するモノを。

「成田、待っててくれる?」

「……は?」

 やんわりと こんな時でさえ優しく僕の手を押さえて、無理に引き剥がそうとはせずに、穏やかに鳴瀬が言った。

 姫歌さんの方へ身体を引きながら。

「……は? ……な、ん」

「ぼく、いままで 好きになったひとたちと、何度も、別れてきたけど」



「……ぼくのことを、待っててくれたのは、お前だけだったよ」



 つい手の力が緩む、それでも指先が曲がったまま腕に引っかかるのを、いつもだったら外されないのに、鳴瀬の長い指先が僕の指の間に滑り込んで、そっと

 離れてしまった。

「鳴瀬、っ」

 パチパチと撥ねる光に阻まれて、一歩 届かない。

 それ、は 

待ってればまた、会えるってことなのか?

 ここで死ぬ気は無いってことか?

 僕は

 待つことしか、

「姫歌に生きることを……教えられて。お前には、愛されたいと……思うことを、教えられたと…… ……。……ぼくは ……お前が、生きたひとで嬉しい」

 息もつけないほど熱された空気

 火の粉で穴だらけの衣服、皮膚が焦げ付きそうな白い肌

 笑う

 赤い月の双眸が、すうっと細く影に隠れる

 その姿を目に焼き付ける。

「ぼくのこと まっていて」

 言った直後に鳴瀬は着ていたコートを脱いで、素早く僕に被せ袖を前で結ぶと躊躇う隙もなく僕の身体を突き飛ばした。

「……あっ! ……、!?」

 斜面になっているせいで勢いよく滑って、焦げて脆くなった木や草はあっけなく僕に散らされて掴むこともできないまま、どこにも踏みとどまれずに転げ落ちていった。

 勢いよく視界が回転し続けた後平らな地面にぶち当たり、衝撃で数メートル身体がはねてようやく止まる。痛みで唸りながらしばらくじっとしていた。

「……あの野郎……」

土だらけの服を剥ぎ取って投げ捨てて 拾って 抱きしめる。

 僕は

 待ってたくなんか無かった。待たされるのなんか嫌いだ。嫌だよ。僕が嫌がるようなことするなよな。お前の事情もわかるけど、僕は……

「……僕は」

それでも、お前にまた会いたくて

「………っ」

 住む世界が違っても、会いたくて

 会いたくて、

会いたくて、きっと、待ってるんだろう。













 地面で倒れている僕のところへ、バフィくんがやって来て病院まで連れて行ってくれた。会話もなくバフィくんの仲間が運転する車に乗って移動し、病院に着いて手当を受けた。

診察室から出た時、待合に一舎さんが姿を現して、それを見てバフィくんが「お前一人なのか」って呟いたから、僕は一舎さんも僕と同じことをしたのかなと思った。彼女も二人を止められなかったんだろう。

 この日から、鳴瀬と姫歌さんは行方不明になった。




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