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12.ドラゴンテイルの思惑(1)

 その日優里は父の妹である美咲・イーストプレインに連れられて屋敷を出た。

 美咲によれば優里に会いたがっている人がいるという。

 まだ五歳の優里は彼女の説明の全てが理解できるわけではなかったが、真剣に迫られると断ることはできず、半ば強引に連れていかれることになったのだ。

 優里に会いたがっている人というのは、イーストプレインとノースキャニオンの丁度境目辺りにある古びた木の小屋の中にいた。

 銀色の髪に赤い瞳……そして全身を黒に包んだ女性は美咲に何かを囁いてから帰らせてしまうと、優里を椅子に座らせて向かい合った。

 イーストプレイン家の書庫くらいの広さで妙に埃っぽく生活感はない。木の扉は立て付けが悪いようで、時折キイキイと不気味な音を立てる。隅には猟銃など見慣れない道具が山積みになっている上、目の前に立てかけられた年季のある古い鏡が何故か不気味に思えた。おそらく彼女はここに住む人間ではないのだろう。幼い優里が初めて危険を感じて怯えていると、

「優里・イーストプレイン」

 と、女性は大人か子どもか分からない不思議な声で優里を呼ぶのだ。

 一体彼女は何者なのか、何故二人っきりにされたのか分からない。困惑していると、

「お前は奏人・サンチェスのことが好きだろう」

 と、問いかけられた。

 奏人・サンチェス……それはいつも優里に本を読んでくれる少年のことで、将来は優里の執事になるのだとも聞いていた。

 確かに優里は奏人のことが好きだった。勿論両親や他の使用人なども同じように好きだが、彼には特別懐いていた。

 いつも本を読んでくれる年上のお兄さん。その存在は幼い少女が特別な感情を抱くには十分で、幼心にそのことを理解もしていた。しかし。

「しかし奏人・サンチェスはお前のことを大切に思ってなどいない」

 あの日……奏人と共に青龍を目にした時、彼ははっきりと言った。自分は仕事だから優里と一緒にいるだけだと。

 本当はとてつもなく悲しかったが、そんなことは口にしないと意地を張った。ただ、奏人は自分にとっての大切な人の一人とだけ伝えたのだ。

「さぞ苦しかっただろう。悲しかっただろう。人から拒絶されたその気持ち、私には分かるぞ」

「え……」

「さて、優里・イーストプレイン、貴様はもうそんな苦しみを味わいたくないのではないか?」

 何かよからぬことをされようとしている……そんな気はするのに、女性の赤い瞳から目が離せない。

「苦しみ、悲しみ、恐怖……それから人を愛する気持ち。それが失われれば貴様はもう傷つくことはない。人の愛情を勝手に期待して裏切られることほど辛いことはなかろう? 誰も好きにならず、苦しみや悲しみといった負の感情もなくしてしまえば、貴様は幸せに生きていける」

 たったそれだけの感情がなくなれば幸せになれる? 少しだけ、興味を抱いてしまった。

「我の復活を邪魔する忌々しい青龍に好かれた貴様はさぞかし苦しみも多かろう。それを封じこめ、もう奏人・サンチェスにも会うことはないノースキャニオンへと連れて行ってやろう」

「そんな……だって……」

 女性の言っていることが全て分かるわけではない。ただノースキャニオンに連れていかれるのは困る。

 大切な両親、大切な人たちに会えなくなるのは辛いはずで……そう思っているのに、女性の人差し指が優里の額に触れた瞬間、今まで考えていたことが急に消えていく。

「お前が大切だと思っていた人間。彼らは本当にお前のことを愛していると思うか?」

 女性の声が優里の頭にこだまする。

 そうだ。どうして愛されていると期待することができていたのだろう。

「これ以上惨めな思いをするのは嫌だろう?」

 愛されていると勘違いして裏切られるほど悲しいことはないのに。

「お前は誰にも愛されない」

「私は……愛されない」

 自分は愛されない。だから人を愛して期待してはいけない。

 そして愛されないことへの恐怖も苦しみもなくしてしまえば問題はない。

「優里、お前は行き場を失った孤児だ」

「孤児……?」

「お前は愛する両親も愛する仲間もいない、誰にも愛されることのない哀れな子。さあ、哀れなお前を養ってくれる者のところへ行こうじゃないか」

 何か重く冷たいものが胸の奥へと消えてゆく感覚がする。

 自分は誰にも愛されない。だったら自分も愛さない方がいい。そうすればもう傷つくこともない。何度も頭の中で繰り返す。

 そもそも誰に愛されたかったのかすら、優里にはもう分からない。

 優里はずっと昔から孤独な孤児だったのだから。

 女性の手を取る。

 死人のように冷たい手が、この時の優里には心地よく感じられた。


◆  ◆  ◆


「……っ」

 激しい胸の痛みに目を覚ます。周囲を確認すると自分の部屋よりもやや狭い部屋のベッドに寝ていたようで、右隣には奏人の姿があった。

 ずっと手を握られていたようで温もりが心地いい。

「あの……」

「優里お嬢様……起きられたのですね」

 心のそこから安心するような声を出されて、また胸が痛む。

 眠っている間に見たもの……それはきっと単なる夢ではないだろう。消えてしまった記憶の奥底にあるものだ。

「奏人さん……は、お仕事だから私のことを守っているのですか?」

「え?」

「……あの日、青龍を見た日……奏人さんにそう言われて……私……」

 まだ、頭の中が混乱している。どうして起き掛けにそんな質問をしてしまったのか分からない。すると奏人は優里の手をさらに強く握り、

「確かにあの日まではそうでした」

 と告げた。

「今でも記憶に残っています。あの時まで俺は何故自分が使用人なんて仕事をしなければならないのか分からずやさぐれていた。でも、優里お嬢様はそんな俺でも守ると、大切な人なのだといってくださった……今は心の底から大事だと、大切な人だと思っています」

 泣きそうな声を聞いて優里もまた泣きたくなった。

 幼い頃の優里は奏人にそう言ってもらいたくて、しかし否定されるのも怖くて、そんな心を銀髪の女性に利用されてしまったのだ。

 屋敷で過ごした記憶、両親の温もり、青龍の声……そういったものが蘇ってくる。

「思い出しました……いろんなことを……銀髪の女性のことについても、全部。何故自分が選ばれたのかも……このネックレスが教えてくれた」

「やはり……それは」

「青龍の鱗、です」

 商店街でたまたま見つけた青く艶やかな石。それは石ではなく青龍の鱗の欠片だったらしい。

 その欠片が優里を守り、そしてかつての出来事を夢として見せてきた。

「ドラゴンテイルは……青龍のことを厄介な存在だと思っていた。だから、青龍に好かれている私を真っ先にノースキャニオンに移すことにした……みたいです。きっと同じ龍でも対立関係だったりすることもあるのでしょう」

「そう……だったんですね」

 ようやく、十年前の謎が解けた。感情が封印された理由も、自分が当時奏人をどう思っていたかも分かった。

 しかし……当時の感情が帰ってきたわけでもない。当時の優里が抱いていた愛情というものは、やはり理解することができなかった。

「あ……えっとここは?」

「使われていない使用人用の部屋らしいです。一通りお身体を輝夜様にも見ていただきましたが異常はないようで……」

「優里! 起きたんやね」

 言われた側から輝夜が入ってきた。その顔を見てまた泣きそうになる。

「輝夜さん……私……」

 いろいろと話したいことがあるのに言葉がつっかえる。輝夜はそんな優里を抱きしめた。

「ゆっくりでいい。青龍のこともあって混乱も大きいだろうし、慌てなくてええんよ」

「え……なんで青龍のことを……」

「私の能力は手を触れたものの情報を得ること……やからね」

 輝夜は触れたものの情報を得ることがウェストデザート家の能力だと言っていた。やはりこれが青龍の鱗で間違いないのだろう。

「夢で見たんです。自分が感情を封印された時のこと……そしたら急に自分が自分じゃないような感覚になって……」

 気が付いたら灰被りと呼ばれて生活していた……その人生の前にはちゃんと皆に愛され五歳まで育ってきた過程があった。人を愛し愛されてきた日々があった。そのことに心と頭がついていかない。

「あの、赤龍は?」

 とにかく現状を把握したいと尋ねる。

「赤龍は青龍に注意を受け天上に戻りました。そのお陰か今は人々も落ち着いています」

「じゃあ……将斗様も七海様も無事なんですね」

「……そうです。無事ではないのは優里お嬢様くらいですよ」

 安堵する優里に、奏人は不満げに告げた。自分以外……といっても優里だってこうして意識があるのだから無事といっていいだろう。

「みんなに話さないと……いや、みんなが持っている情報を共有したいです」

 まだ、何故舞紗たちがここへ来たのかも聞いていない。七海もドラゴンテイルに会っているというなら、何かを知っているかもしれない。

「それなら今日の夕食の時……集まろうか」

 輝夜はそう言って立ち上がる。気が付けばもう日も暮れかけていた。食卓を囲むのはいい案だ。

「お願いします」

 優里は胸を押さえ、輝夜に頭を下げた。

五歳の優里にとって、奏人は面倒をみてくれる近所のお兄さんみたいな存在でした。

洗脳シーン書くの楽しい。


(登場人物)

イーストプレイン

■優里・イーストプレイン(15歳)……元灰被り。庶民に育てられたお嬢様。

■奏人・サンチェス(22歳)……優里に仕える執事。過保護気味。

■詩織・サンチェス(25歳)……メイド長。優里を妹のように大切にしている。

■絢音(15歳)……敬語が苦手な新米メイド。今では優里の友人に。

■千尋・シュナイダー(12歳)……何でも要領よくこなす新米使用人。

■愛子・レイクサイド(17歳)……用心棒。無口な性格だったが変わりつつある。

■優作・イーストプレイン……イーストプレイン家の現伯爵。少々親バカなところがある。

■灯里・イーストプレイン……伯爵夫人。表情は分かりにくいが家族を大事にしている。



ノースキャニオン

■舞紗・ノースキャニオン(12歳)……北の赤頭巾。赤い頭巾を被ったお嬢様。

■虎徹……元猟師の舞紗の付き人。

■玲生・ノースキャニオン……ノースキャニオン家の現伯爵。優しい性格故に苦労が絶えない。


ウェストデザート

■輝夜・ウェストデザート(21歳)……西の眠り姫。ウェストデザートのお嬢様にして医者。

■月彦・エノモト(20歳)……輝夜の執事で輝夜と付き合っている。能力はポンコツ。


サウスポート

■将斗・サウスポート……横暴で常に人を見下すサウスポート家の跡継ぎ。

■七海・サウスポート(17歳)……事故で声を失ったお嬢様。

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