7.街へ出よう(4)
「では、反対側を通りながら帰りましょうか」
三十分程度かけてゆっくりクレープを堪能してから、今度は先ほど来た道と反対側の通りを歩くことにする。
こちらはアクセサリーショップなど女性向けの雑貨店が密集していた。
「はい」
迷わず手を繋いで歩き出せば、目の前に他の店とは違う、明らかに古めかしそうな建物が出てきた。
とはいえ集落にあったトタン屋根の家よりも十分に造りのしっかりした木造の家屋だったが。
「これは……」
「雑貨屋……でしょうか」
店頭には様々な色をした石が並んでおり、それを使ったアクセサリーなどもあるようだった。
優里は一つのアクセサリーに目を止める。青い、光沢のある石を嵌め込んだネックレス。何故かそれから目が離せない。
「あら、それが気になる?」
奥から店員らしき女性がやってきて、少し屈んで優里に目を合わせる。
彼女もまた、頭や胸元や腕など身体中に様々なアクセサリーをつけていた。
「うちは綺麗な石を見つけてはアクセサリーにしているんだけど、それも石収集の時に偶然見つけたの。綺麗でしょ? お値段はちょっと高めだけど……お兄さんどう? 彼女にプレゼントということで」
彼女……というのはおそらく単に女性を指すのではなく女性の恋人の意味を指している気がしたが、優里と奏人はそのような関係ではない。
「いえ、私は……」
と、優里が訂正しようとしたところを、
「是非、買わせていただきます」
という奏人の言葉が遮った。
奏人が何故焦っているのか優里には分からないが、もしかしたら彼は自分が失言をしそうになるのを防いでくれているのかもしれないと思った。
だから、これに関しては何も言わないでおく。
値段は見たことのない額ではあったが、おそらくイーストプレイン家の財産からすれば問題ないのだろう。
奏人が財布から金を出すと、
「おーう、太っ腹」
と、女性は機嫌よさそうに口笛を吹いた。
「それにしてもどこかで見たことがあるような……」
「あ、奏人さんもそう思いましたか?」
すぐに袋に入れてもらったネックレスを見つめる。真ん中にはめられた光沢のある青……それはいつか見た景色の一部にあるような気がする。
しかしそれが何だか思い出せない間にまた問題が発生した。
「おいおいそこの兄ちゃん随分と金持ってるじゃないか」
と、背後から声がして振り向けば、赤い髪を一つに結んだイカツイ男が自分たちを見つめている。その後ろにも何人か似たような男が立っていた。
「恐喝ですか? 警察を呼びますよ」
奏人は優里を自分の元に引き寄せながら静かに告げる。優里はじっと男たちを見つめた。怖いとは思わない。奏人は必ず自分を守ってくれると思ったためだ。
ただ、彼らのことが気になった。
「あの……あなたたちはお金に困っていらっしゃるんですか?」
イーストプレインは平和な土地だと聞いていたが例外もあるのだろうか。思えば、絢音も金がないためにメイドの仕事を始めたと言っていた。
「そうだ、俺たちみたいな学歴もなく身分も低い人間はなあ、存分に稼げる働き口がないんだ。だから力づくで奪わなければ生きていけねえ」
学歴……身分……確かに優里も昔はそんなもの一切なく、継母に命じられるままに仕事をして生きるしかなかった。彼らにも他人からものを奪わなければならない事情はあるのだろう。
だとすれば、単純にそれが悪事だと責めてはいられない。
「雇ってもらえない……なんて、イーストプレインもやはり平等とは程遠いんですね」
「ええ……まあ、彼らは努力不足という側面もあると思いますが」
優里の言葉に奏人が答える。それが相手を余計に怒らせることだと知りながら。
「努力不足!? 俺たちはこれでも……なあ?」
「そうだ、一生懸命やってきたんだ。けど働いていた仕事場が倒産したり」
「突然クビにされたり」
気づけば優里たちの周りは人がいなくなり、皆距離をとって彼らのやりとりを眺めている。
「それなら……奏人さん、彼らにお仕事を紹介することはできませんか? 絢音さんだって詩織さんに紹介されて……」
「いいですが……彼らに続ける根性があるかどうか」
「大丈夫です、街中で人にこうして困りごとを告げられる度胸があれば、きっとどこかでやっていけるはずです」
優里は自分たちに声をかけてきた男たちに向かって改めて微笑む。本当に悪い人間なら会話などせず力づくで暴力を奮ってくる……それが分かっているからこそ余計に恐怖はない。
一方男たちは優里が微笑むのを見て、顔を引きつらせた。恐喝しにきたのに何故か励まされているのだから無理もない。
奏人は双方の様子を見て溜息を吐いた後、財布の中から手のひらサイズの紙を取り出す。そこにはイーストプレイン家という名前をはじめ何やら小さな文字が書かれているようで、右下に赤いハンコが押されている。
彼は鞄からペンを取り出しそこに何かを書き込んだ後、
「お近くの役場にこれをお持ちください。あとで近辺の役場に仕事の斡旋をするよう連絡しておきましょう」
と、男たちに渡した。
「な……何を言っている……?」
奏人は優里の肩に手を置くと「作戦を変えます」と囁く。
それから周囲をぐるりと見た後、
「イーストプレインを統治するイーストプレイン家の一人娘、優里・イーストプレイン様のご慈悲ですから無駄にしないようにしてくださいね」
と、敢えて声を張り上げて伝えた。
それに伴い、彼らを囲んでいた野次馬たちもざわつき始める。
「だって、優里・イーストプレインはいなくなったと……」
「ええ、十年前にそのような話が出回りましたね。しかし彼女が亡くなったなどと誰がいいました?」
奏人は懐からナイフを出すと、慌て出す男たちを他所に自分の腕を軽く切った。みるみるうちに血が出てくる。
「か、奏人さん……何をされているんですか!?」
奏人が何をしているのか分からず、優里は慌てて彼の腕に触れ……治癒の能力を使った。
触れるだけで傷を治せる。それが、イーストプレイン家に伝わる能力だ。それくらいは、イーストプレインに住む者なら誰でも知っている。
優里が触れただけで奏人の傷が治った。それが優里がイーストプレイン家の人間であるという何よりの証拠だった。
「後継争いで一時的に隠しておりましたが、優里・イーストプレイン様は再びこの地に戻ってまいりました。今後もこの街の治安を乱すようでしたらそれなりの対応を取らせていただきますのでご了承ください」
奏人はそう言って優里の肩を抱いて歩き出そうとするので、優里は慌ててその手から逃れた。
作戦を変えるというのは、お忍びであることをやめて正体を明かしてしまうということらしい。
だとすれば……イーストプレイン家の者として言ってみたいことがあった。
「優里お嬢様?」
「あの、奏人さんは厳しく言っていますが、私はイーストプレインに住む方が辛い思いをすることなく幸せに暮らしていただきたいと思っています」
自分のように辛い思いをする人など今後一人も出て欲しくない。
「だから、困ったことがあったらなんでもおっしゃってください。まだ私は頼りないかもしれませんが……それでも少しでもお力になりたいと思います」
そう言って一礼すれば皆黙り込んだ後、すぐに拍手が湧き上がった。
「え? あの……」
「皆様優里お嬢様のことを歓迎してくださっているということです。さあ、そろそろいきましょう」
今度こそ奏人に手を引かれ、優里は街を後にする。
お忍びで行くという当初の目的は失敗してしまったが、それでも街の人たちに温かく迎えられてよかったと思う。
少し嬉しくなって奏人を見上げると、何故かまた眉を下げられ溜息を吐かれた。
「奏人さん?」
どうも今日は困らせてばかりのようだがやはり理由が分からない。
「その……優里お嬢様は本当にお優しい方です。どんな相手にも偏見を持たず正面から向き合える……それが貴女の素晴らしいところだと思っています。けれど、人類皆が分かり合える訳ではありません。元に貴女を殺そうとした人々もいたのです。警戒心というものも少しは覚えて欲しいですね」
「す、すみません」
どうやらよかれと思ってやったことが裏目に出たらしい……と、俯く。そんな優里の頭を大きな手が撫でた。
「まあそれでも……貴女に迫る危険は必ず俺たちが倒します。ただ本当に無理だけはしないでくださいね」
見上げれば奏人は随分と優しい顔をしていた。それはまるで儀式の時に見た慈悲深い顔で……彼が本当に優里のことを大事に思っていると……そのことが十分伝わってくる。
「あの、私は何も考えていないわけではありません。あの人たちが暴力を振るうかもしれないことは分かっていました。でも、私の隣には奏人さんがいた……だから、安心して対話しようと思ったんです。だって何かあったら奏人さんが絶対に守ってくださると思ったから……」
優里は自分を撫でる手とは反対の手を握る。
「でも、いくら私の能力を見せるためだからといって自分の腕を切るなんてことしないでください。お互い無理はダメです」
優里に見上げられ奏人はふっと息を吐いた。
「そうですね、お互い気を付けましょうか」
もう、日が傾き始めた。車に乗り込むと、優里は窓の外をぼんやりと眺める。奏人たちに出会い自分の世界は大きく広がっている。けれど本当にこれでいいのだろうか。
何か長い夢を見ているような気がして怖くもなる。もっと頑張れば……彼らの期待に答えられればこの不安や恐怖もなくなるのか。
右手で自分の左手をぎゅっと掴むと段々近づいてきた屋敷の姿をぼんやりと見つめた。
次回、ウェストデザートからの使者が登場!
(登場人物)
イーストプレイン
■優里・イーストプレイン(15歳)……元灰被り。庶民に育てられたお嬢様。
■奏人・サンチェス(22歳)……優里に仕える執事。過保護気味。
■詩織・サンチェス(25歳)……優里に仕えるメイド(メイド長)
■絢音(15歳)……新米メイド。要領が悪く敬語が苦手。
■千尋・シュナイダー(12歳)……新米使用人。何でも効率よくこなせる少年。
■愛子・レイクサイド(17歳)……無口なイーストプレイン家の用心棒
■優作・イーストプレイン……イーストプレイン家の現伯爵。少々親バカなところがある。
■灯里・イーストプレイン……伯爵夫人。表情は分かりにくいが家族を大事にしている。
ノースキャニオン
■舞紗・ノースキャニオン(12歳)……北の赤頭巾。赤い頭巾を被ったお嬢様。
■虎徹……元猟師の舞紗の付き人。
■玲生・ノースキャニオン……ノースキャニオン家の現伯爵。優しい性格故に苦労が絶えない。




