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7.街へ出よう(3)

「これが……街?」

 優里は目の前の通りを呆然と眺めた。車二台は通れそうな大きな道に人が溢れている。

 両側には店があるようで賑やかな声が聞こえてきた。

 自分が知っている町とは何もかもが違う。

 まず道がまっすぐに舗装されているだけでもすごいのに、建物が道に沿って隙間なく整列して、十字路のところで横に長い通りと交差し、さらに続いている。圧巻の眺めだ。

 ここまで来る間に民家が並んでいる住宅地というところは通ってきたがそれとは密集度が違う。

「ここはシルル市という街の一部で、商店街といいます。様々な商店が並び、人が買い物にくるんです。服、アクセサリー、雑貨、医薬品、食品、嗜好品……大体のものはここで買えますよ。順番に見て回りましょうか?」

「は、はい」

 改めて行き交う人々を見る。ここにいる人たちは周辺の住宅地から来たのだろうか。これだけ人の流れがあれば誰かが他人に気を止めるということは少なそうだが……優里の頭に浮かぶのはすれ違う人からの何気ない罵詈雑言だ。

 その上こんなに人がいれば息が詰まりそうで行くのを躊躇う。

「大丈夫ですか? やはり……」

 その時、優里の目に幼い少女が母親らしき女性と手を繋ぐ様子が目に入った。

「はぐれないようにね」という女性の言葉に元気よく返事をしている。

 それを見て、温かいものがこみ上げてくるような……微笑ましいような気持ちになり、同時にこれだと思った。

「あの……手を、握っていただけませんか?」

 人混みを恐れる前に、このままでは人に流されて奏人とはぐれてしまうような気がする。だから手を差し出すと、奏人は暫し黙った後、

「これははぐれないための処置……ですよね」

 と確認をとるようなことを呟いて優里の手を取った。大きな手から温かい体温が伝わってきてなんだか嬉しくなる。

 勿論、優里は記憶にある限り人と手を繋ぐのは初めてだ。


「では、こちらです」

 まずは左側の通りから、順番に商店街巡りがはじまった。

 一番手前にはお菓子屋。それから服屋が続き、アクセサリーショップや雑貨屋もところどころに並んでいる。どの店もそれぞれ独特な雰囲気を持ち、優里が来ている可愛らしい服を売っている店もあれば、原色ばかりを使った派手な服を売っている店もある。パンク系というらしく、何故か絢音なら合いそうだと思った。他にも詩織に似合いそうな清楚な服が並ぶ店があったり、男性向けの服屋もある。偶然奏人が来ているパーカーと同じものが売られている店も見つけたため、彼はここで服を買っているのかもしれないと思った。

 他にも掃除道具を始め何に使うか分からない日用品までが売られている雑貨店があったり、多様な薬が売られている店もある。優里の知っている薬屋というのはもっと怪しげな雰囲気を持つ暗い店舗だったため、それが薬屋と分かるまで時間がかかった。

 それにしても……見たことのない様々なモノで溢れていて目が回りそうだ……優里がそう思っているとなんだか甘い香りが漂ってきた。

「この匂いは……」

 詩織が用意してくれるクッキーやケーキの匂いともまた違う。もっと蕩けるような濃厚な香りだ。

「ああ、クレープですね」

「クレープ?」

「はい。生地……えっとパンを薄くしたようなものに生クリームを乗せ、そこに果物やチョコなど好きなものをトッピングして丸めれば完成です。ほら」

  ピンク色の看板を掲げた店の前にはいくつもの写真が並んでいる。薄黄色の生地の上には生クリームと果実のようなものが並べられ、イチゴ、バナナ、ブルーベリーなど名称も添えられていた。優里の知らない果物の名前もある。

「食べますか?」

「いいんですか……でも」

「街の食べ物を味わうのもまた学習の一環です」

 鉄板の上で生地を焼いている店主と目が合う。食べてみたい……そう思って奏人の目を見る。

「あの、お金は」

「学習ということで、イーストプレイン家の財布から出しましょう」

 もし奏人が出すというなら断ろうと思ったことも見抜かれてしまったのかもしれない。

「では、おすすめはなんですか?」

「んー、俺なら……ブルーベリーですかね」

 ブルーベリー……看板の文字を読む限り、それは紫色の小粒の果実がいくつも乗ったクレープのことなのだろう。優里はもう一度看板を確認すると店の前へ行き、

「ブルーベリーとイチゴを一つずつください」

 と、注文をした。

「……え」

 優里に手を引かれ店の前まで来た奏人は困惑するも、店主に値段を告げられれば逆らえない。仕方がなくその金額を払い、呆然と職人の作業を眺める。

 生地を薄く円状に敷いて、鉄板の上で鉄製のヘラを使いながら綺麗にひっくり返す。次にまな板の上に乗せて生クリームを絞り、果実を丁寧に乗せてからくるくると丸めていく。それをさらに薄い紙で巻き、上部には乗せられる限りの果実を存分に乗せれば完成。薄く焼かれた香ばしい生地の匂いと果実の甘酸っぱい香りが食欲をそそる。優里は受け取ったクレープを見つめてうっとりとした後、

「ありがとうございます、大事に食べますね」

 と店主に頭を下げた。

「おう、後ろの彼氏さんと仲良く食べな」

「彼氏……?」

「行きましょう」

 奏人は優里からブルーベリーのクレープを受け取ると、彼女の手を引いて店が途切れる十字路の曲がり角辺りまで強引に進んだ。

 優里には奏人が慌てている理由が分からない。

 彼氏という言葉は男性の恋人という意味だっただろうか。であれば自分たちは違うのだから慌てる必要もないはずだが。

 それよりも、目の前のクレープについつい目が惹かれる。

「奏人さん、もう食べてもいいでしょうか?」

「ええ。どうぞ……というか何故俺の分も?」

「え……と、折角二人で来たのだから一緒に食べたかったのです。ダメでしたか?」

「いえ……嬉しいです」

 自分が食べているのに奏人だけ何も食べられないというのは寂しいし、どうせなら二人で味わいたかった。

 それが叶って優里にとっては満足だ。

 よかった、と呟いてクレープに口を近づけ、まずは先端に乗っているイチゴを口に入れる。

 途端に果実の甘く瑞々しい味が口いっぱいに広がった。

「甘くて……温かくて……幸せな気持ちになりますね」

「ええ、そうですね」

 奏人もクレープを口に入れる。美味しそうなのに少し困り顔なのは何故だろう……もしかしたらまだ申し訳なさでも感じているのだろうか。

 だとしたら、なんとしてもそれを払拭したい。

 そう思った優里は自分のクレープを奏人の方に突き出す。

「あの……奏人さんもイチゴ食べますか?」

「え?」

「甘くてとっても美味しいんです。是非……」

 イチゴを包むホイップクリームもまた美味だ。じっと奏人を見つめていると、彼は溜息を吐いて、

「では、ブルーベリーをどうぞ」

 と、自分のクレープを差し出す。お互いのクレープを交換する形になった。

「お、美味しい……」

 ブルーベリーは初めて食べたが、イチゴとは違う甘酸っぱさがあってこれもクセになりそうだ。

「ブルーベリーって甘酸っぱくて……イチゴと一緒に食べても合いそうですね。みんなで作ってみたいです」 

 前からキッチンには入ってみたかった。夕食はダメだと言われているがお菓子作りなら許されないだろうか。

 そう思っていると奏人は眉を下げて、

「仕方がないですね」

 と、やっと笑ってくれた。

(登場人物)

イーストプレイン

■優里・イーストプレイン(15歳)……元灰被り。庶民に育てられたお嬢様。

■奏人・サンチェス(22歳)……優里に仕える執事。過保護気味。

■詩織・サンチェス(25歳)……優里に仕えるメイド(メイド長)

■絢音(15歳)……新米メイド。要領が悪く敬語が苦手。

■千尋・シュナイダー(12歳)……新米使用人。何でも効率よくこなせる少年。

■愛子・レイクサイド(17歳)……無口なイーストプレイン家の用心棒

■優作・イーストプレイン……イーストプレイン家の現伯爵。少々親バカなところがある。

■灯里・イーストプレイン……伯爵夫人。表情は分かりにくいが家族を大事にしている。



ノースキャニオン

■舞紗・ノースキャニオン(12歳)……北の赤頭巾。赤い頭巾を被ったお嬢様。

■虎徹……元猟師の舞紗の付き人。

■玲生・ノースキャニオン……ノースキャニオン家の現伯爵。優しい性格故に苦労が絶えない。

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