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競馬やります!

作者: 厠 達三

〜この作品を、野生のはいよるくま様に捧げる〜

 大柄大輔はその名が示すとおり、幼少の頃より巨漢だった。周囲の同年代の子供より頭が2つ、3つほど抜きん出ており、周囲からは4つか5つ上のお兄さんのように見られるのが常だった。

 運動神経も抜群でスポーツ万能。小学生の頃にはあらゆるスポーツで華やかな活躍を見せた。

 とはいえ、スポーツ万能少年に見られがちな傲慢さなど微塵もない。気は優しくて力持ち、面倒見の良い心優しき少年。少なくともネコ型ロボットアニメに出てくるようなガキ大将では決してない。ただ、アスリートとしては若干、心が優しすぎるきらいはあったが。


 それでも中学生になるとその恵まれた体格を活かして柔道全国大会三連覇。高校になると相撲選手権三連覇という前人未到の偉業を達成。もうこの頃になると大輔の身長は2メートルを超え、体重も120キロと、格闘界では申し分のない体格となっており、あらゆるスポーツ界が何としても獲得しようと躍起になっていた。


 両親もすっかりその気になり、大輔をどの道に進ませるか頭を悩ませ、町内では大輔くん後援会が早くも結成された。


 だが、そんな周囲の期待を裏切り、大輔は高校を卒業と同時に全てのスカウトを袖にして、誰も想像しなかった競馬の騎手になると表明。周囲を唖然とさせた。

 実は大輔、子供の頃から戦国武将に憧れており、競馬の騎手こそ現代の戦国武将だと将来を定めていた。また、動物好きな性格もあり、人馬一体となって活躍する競馬にも憧憬を抱いていた。


 しかし、周知のように競馬の騎手は体の小ささと体重の軽さを求められる。大輔が今まで活躍してきたスポーツに活かせる要素は何もない。大輔はこれまでの人生で常に有利な条件で勝負に挑めていたが、今回ばかりはマイナスからのスタートになるのである。


 もちろん、周囲は全力で止めた。理で説き、情に訴え、そんな気の迷いで将来を棒に振るなと大輔に忠告した。が、反対されればされるほど俄然、ファイトを燃やすのがアスリートなのである。結局、周囲の説得も虚しく大輔はほぼ身一つで競馬の世界に飛び込んだのであった。


 飛び込んだ当初はいろいろな意味で世間の注目を集めた。が、半年もするとすぐに忘れ去られた。なにしろ大輔がいかに努力をしようとも乗れる馬がいないのである。

 練習のために馬に跨がろうものなら馬は悲鳴を上げて逃げ出す始末。それでも無理に騎乗すれば決まって馬の方が潰れるのだから練習のしようがない。

 それでも本人のたゆまぬ努力もあってなんとかライセンスを取得。奇跡的にも騎手としての第一歩を踏み出したのであった。


 だが、大輔が乗れるような馬などやはり存在しない。騎手となりながらも、肝心の馬に恵まれず、バイトで糊口をしのぐ日々が続いた。

 そんなとき、運命は大輔に手を差し伸べる。

 なんでも体格は小さいのに気性が激しく、桁違いの馬力を持った誰も乗りこなせない荒馬がいるという。その噂を聞きつけた大輔はこれが最後のチャンスと思い、その馬の元を訪ねた。これぞまさしく運命の出会いであった。


 その馬の名はマキバカバタロー。体躯はポニー並みの小ささだがカバのような面構えに胴長短足のマンガチックな風貌に大輔は一目惚れ。この馬なら俺を乗せて走れる! 大輔は確信した。

 カバタローを見た瞬間に幻聴が聞こえたのである。ゴールラインを割り、大輔とカバタローを称える競馬ファンの熱い声援と祝福の声が。


 運命の邂逅を果たした大輔は早速その厩舎に志願。(ちなみに作者は競馬知識がほとんどありません)

 が、やはりといおうか、馬主の馬場房胤は大輔の体格を見て眉根を寄せた。


「その情熱は俺も嫌いじゃねえ。だがなあ、馬主にとって馬ってのは我が子も同然なんだ。その子供にお前さんみてえな巨漢を乗せて潰すわけにはいかねえんだよ。悪いが、他を当たってくれや」

 馬場は煙草の煙を吹きかけながらやんわりと大輔の申し出を断った。だが、そんなものはもとより承知のうえだ。


 それから大輔は馬場の厩舎に泊まりこみで下働きから始めた。生来の素直な性格と馬に対する情熱で大輔はたちまち厩舎の信頼を獲得。馬の世話も任せてもらうようになった。

「ふん……」

 その状態を馬場はしばらく黙認していた。


 そんなある日、いつものように厩舎の清掃に汗を流す大輔のもとに馬場がふらりと現れた。

「よお。騎手が掃除ばかりじゃ、勘が鈍っちまうぞ。少し、乗ってみろや」

「え……いや、お気持ちは嬉しいんですが。俺はご覧の通りの体格ですからね。馬が可哀想なので、遠慮しておきます」

「面白え奴だな。馬に乗るのを騎手が遠慮してどうする。お前さん、ここに一体何が楽しくているんだい?」

「あはは。お恥ずかしいことに、貴方の育て上げたマキバカバタローにぞっこんでして、彼のそばにいたいんですよ」

「ふん。ますます面白え。心配すんな。お前さんほどの有名人をそこらの駑馬に乗せるつもりはねえよ。ちょっくら、アイツを乗りこなして見せろや」

 そう言って馬場が親指を向けたのは、マキバカバタローがほぼ軟禁されている厩舎だった。


 大輔がカバタローの手綱を曳いてグラウンドに出る。久々の運動にカバタローも高揚しているのが伝わる。大輔も胸がドッキンドッキンと高鳴っていた。

 

 そして二人は風になった。まさに人馬一体。カバタローは大輔を乗せ、力強く大地を蹴り、大輔は手綱をしっかり握り、カバタローを見事なまでに乗りこなした。まるで大輔は重賞のウイニングランをしているような感動を、確かに覚えたのだった。

 しかし至福の時はあっという間だった。数百メートルも走るとさすがのカバタローも息を上げ、そこでダウンとなった。


「まったく……呆れた野郎だ。初乗りでコイツをここまで乗りこなしちまうとはな。惜しむらくはそのガタイだな。それさえなけりゃあ、菊の花も夢じゃなかったろうになあ」

「お願いします! 馬場さん! 俺を、カバタローの騎手にしてください! レースに勝てなくってもいい! 俺、カバタローとレースがしたいです! もちろん、出走するからには勝ちにいきます! そのためには俺、なんでもやります!」

 その場に土下座して懇願する大輔。馬場はしばらく煙草の煙をくゆらす。


「正直、俺はお前さんをいけ好かねえ奴だと思っていた。才能に恵まれながら、あらゆるスポーツ界の誘いを蹴って競馬界に鳴り物入りで飛び込んだ期待の新星。大方、話題集めのために面白半分で入ってきたんだろうと思っていた。それがどうだい。騎手として生活もままならねえってえのに、なにが楽しいのか、こんな馬にぞっこんときてやがる」

 馬場の口ぶりに怪訝なものを感じつつ、大輔は黙って耳を傾ける。

「俺はな、もう二度と奴に騎手を付けようとは思ってなかった。やっぱり奴に惚れ込んで、乗りこなそうとしたバカな騎手がいたんだよ。もっとも、奴を乗りこなせず騎手生命を断たれちまったがな。……俺の、息子だ」

 馬場は目頭を押さえつつ、大輔に向き直った。

「もう一度、夢を見てみるか……この厩舎きっての疫病神と、そいつに惚れ込む大バカヤロウのゴールデンコンビ、ってやつをよ」


 こうして大輔とマキバカバタローはデビューを果たす。しかし、それは苦難と現実の連続であった。


 やはり大輔の体格というハンデは如何ともしがたく、どうしてもレース終盤で失速してしまい、後塵を拝するばかりだった。

 デビューから一勝も上げられないどころか、最下位に甘んじることの方が少なくない。前代未聞の巨漢騎手と最初は騒いだマスコミも、勝てなければ掌を返すのは早かった。


「やはり、無謀な挑戦だったか。この戦績じゃ、スポンサーが音を上げるのも時間の問題だな。こんなこと言いたかねえが、お前さんも将来を潰さねえ内に、折り合いをつけちゃあどうだい。現実ってやつとよ」

 馬場に悪意は決してない。大輔の将来を心から案じているのは痛いほど分かった。これ以上、恩人に迷惑をかけたくはなかった。カバタローと出走するという夢は叶った。それだけで大輔は残りの人生も満足できると、どこか諦観していた。


 荷物をまとめ、大輔は厩舎を後にする。だが、最後にカバタローに別れだけは告げようと思い、カバタローの元に向かった。見慣れた大輔の姿を認めるとすぐに寄ってくるカバタロー。が、大輔の心中でも察したのか、射抜くような目で大輔を見つめたのだ。


「大輔くん! もしかして、諦める気? ボクは嫌だ! 勝てないまま逃げるなんて嫌だ! ボクは大輔くんと一勝でも挙げたい! いや、ボクは大輔くんに重賞で優勝してほしいのねんのねんのねん!」

 馬のカバタローが人語を話すわけもないが、大輔にははっきりとカバタローの意志が伝わった気がした。


「馬場さん! 俺に、もう一度チャンスをください! 俺の将来なんかどうなってもいい! 厩舎に損害を出したら一生かかっても償います! ですから俺に、いや、カバタローに、もう一度だけチャンスをください!」


 そんな覚悟を見せられては馬場も折れないわけにはいかなかった。


 こうして二人の特訓が始まった。カバタローは馬場と共に本場モンゴルに渡り基礎体力の底上げ。大輔はボクシングライセンスを取得しボクサーとなり減量に打ち込み、なんと日本チャンプにまで昇りつめた。それだけではない。今度は相撲の入門試験を受け、名門、黒双羽山部屋へ入門。幕下付け出しデビューを果たしたかと思うとたちまち平幕優勝。世間は再び大輔に注目した。


 が、それもこれも競馬で一勝を挙げるための布石に過ぎない。優勝すると大輔はすぐさま不祥事を起こして相撲を電撃廃業。マスコミはここぞとばかりにバッシングした。実はこの廃業劇は大輔の心中を慮った滝音(たきおん)親方の粋な計らいだったのだが、それはまた別の話である。


 さらに大輔はインドの山奥で修行を積み、座禅を組んだまま空中浮揚できる反重力エネルギーを会得。この特訓を経た大輔とカバタローは日本で再開を果たすと奇跡の走法を編み出した。

 それは競馬界に革命をもたらした「ランデブードッキング走法」

 まずゲート開放と共にカバタローが勢い良く後ろ足を跳ね上げ、大輔の体を地上数百メートルまで射出。身軽になったカバタローは全頭ゴボウ抜きにしてゴール付近でジャンプ。ゴール前で落下してきた大輔と空中でドッキングし、そのままゴールラインを割るという必勝法であった。


 普通落馬したら失格ではないのかと物議を呼んだが、「ゴール前でドッキングするので落馬ではない」という理屈で暫定的にセーフとなった。

 競馬界に戻った二人はこの必勝走法を引っさげ、連勝街道を突き進んだ。地方レースで敵なしとなるや、重賞レースを怒涛の勢いで総ナメにしていった。

 そして夢にまで見たG1ステークス(くどいようですが作者は競馬知識がほとんどありません)では不世出の最強馬とまで言われたライバル、マスカレードを抑え堂々の優勝。多くの競馬ファン、いや、国民全てに感動を与えたのだった。


 が、夢の代償は大きかった。体に大きな負担をかけるランデブードッキング走法を連発したことにより、大輔は騎手生命を断たれ、優勝と同時に引退を表明。事情を知らぬマスコミは面白おかしく憶測を並べ立てた。

 また、暫定的にセーフとされたランデブードッキング走法も翌年から反則になり、事実上、カバタローも競争馬として戦えなくなってしまった。


 だが、夢はまだ止まらない。


 奇跡の優勝から三年後、正式採用された一人の調教師が馬場の厩舎にやってきた。


「おお! やっと来たか。しばらく見ねえうちに、ずいぶん見違えたもんだなあ」

 馬場がそう声をかけたのは、調教師となり、身長も体重も小学生サイズにボリュームダウンした、大柄大輔であった。


……こういうことやね?

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