桃華
六年四組九番、小楠桃華ちゃん。「おぐすももか」という名前に「すもも」が含まれているため、みんなからは「すももちゃん」と呼ばれていました。
すももちゃんは見た目もすもものようで、赤い実を膨らませたような顔をしています。私はそれを可愛らしいと思っていました。
みんながどう思っていたかはわかりません。
すももちゃんはクラスの中心にいるタイプではなく、昼休みは一人で机に伏して寝ているような子でした。
私は学級委員だから、すももちゃんと仲良くしてあげようとしました。
教科書を忘れたすももちゃんに隣から見せてあげたり、すももちゃんの筆箱を可愛いと言ってあげたり、放課後みんなで一緒に帰ろうと手を引いたり。
先生から「小楠さんと仲良くしていて偉いわね」と褒められたこともあります。
それなのに、すももちゃんは私にこう言いました。
「無理して優しくしなくていいよ」
だからすももちゃんに構ってあげるのはやめました。無視するほどではなく、ただ積極的には関わらないように。
すももちゃんが陰でいじめられ始めてからも、私はただ見ているだけでした。すももちゃんにそうするよう言われたからです。
ある朝教室に入ると、黒板に「すもも」という文字と共に顔を真っ赤に塗った豚の落書きがありました。
いつもならすももちゃんが自分で消すのですが、その日はすももちゃんが登校する前に先生が来てしまいました。
誰が描いたのか正直に言いなさい。先生はクラスに問いかけましたが、皆俯いたまま何も言いません。
そんな中すももちゃんが教室に入ってきました。先生はすももちゃんに、誰にやられたかわかる? と尋ねました。
すももちゃんは何事も無かったかのように席に着き、周りを見回します。
目が合った瞬間、悪寒が走りました。
「杏さんだと思います」
それは私の名前でした。
私は誓って何もしていません。私はもちろん、いじめていた子達も私の名前が出たことに驚いていました。
先生も「彼女がそんなことするはずないでしょう。男の子達にやられたんじゃないの?」と庇ってくれます。
すももちゃんは、何も言わなくなってしまいました。
結局うやむやになったまま、その日はいつも通り授業が進められました。
後からクラスの友達が「あんずちゃんは何もしてないのに可哀想」と私を気づかってくれたのを覚えています。
その日の帰り道、私は一人で歩くすももちゃんを追いかけ尋ねました。
「どうして私がやったなんて言ったの」
するとすももちゃんは立ち止まり、私の顔をじっと見ました。
「明日の朝、学校に早く来れる?」
それだけ言うと、すももちゃんはさっさと歩き出してしまいました。
下校路は他の児童達も多くいたため、二人きりで話せる機会が欲しいのだと私は理解しました。「ちゃんと教えてよ」と私はすももちゃんの背中に向かって叫びました。
そして翌朝、私がいつもより四十分も早く教室に着くと、すももちゃんは既に中にいました。
枝にすももの実がなるように、天井からくくりつけられたロープにすももちゃんの首がぶらさがっていました。
小さく揺れる身体の向こう側、正面の黒板に赤いチョークで大きく文字が書いてあるのが見えました。
『杏さんに殺されました』
以上が私の知っていることの全てです。
「全てを正直に話して欲しい」と言われたため、その通りにしました。
すももちゃんのお父さんとお母さんも、わかったと思います。
私は何もしていません。私はむしろ、すももちゃんと仲良くしようとしました。
だから私は、六年生で同じクラスになってすぐ、彼女に「すももちゃん」というあだ名をつけてあげたんです。
確かに彼女は嫌そうな顔をしていたかもしれません。「桃華」と呼んで欲しかったのかもしれません。でも私は自分のつけたあだ名が傑作だと思ったので皆に言いふらしました。
私がしたのはそれだけです。それがそんなに、いけないことですか?
(すももちゃん、一命は取り留めたようで安心しました。でも早く、意識が戻るといいですね。また学校に来られる日を楽しみにしています。)