序章
頭の奥であの日の光景が今でも鮮明に蘇る。地を埋め尽くす炎と煙、それと動かなくなった人間と怪物の山。異臭が立ち込め、呼吸をするたびに喉と肺が焼けそうになる。むせ返るような感覚が数秒おきに襲ってきては、何も入ってない胃から透明な液を吐き出す。
半分に折れた刀を握りしめて足に力を入れ立ち上がる。眼下に広がるそれらが鼓動を早めていく。煙の奥から一つの人影がこちらへやってくるのが見える。あれだけの高さから落ちたというのに、まだ動けるとは化け物にもほどがあるとぼやくも、自分もこうやって立ち上がれるもだから似たものかと内心思う。
「まだ生きているか、しぶといな」
男がニヤリと言う。
「お前もな、塔さえ崩壊しなければ確実に首をはねていたのに……悪運の強いヤツだ」
刀を構え直して男を睨む。先程の崩壊で肋骨を数本折ったが、まだ戦える。いや、戦わなければならない。
この男を今ここで倒さなければ、世界がこの国のように絶望と闇、死が広まるだけだ。
「威勢のいいことだ。さすがわ、我が娘」
「黙れ!!貴様など、父親ではない!」
男の言葉に声が荒くなる。男は、歪な笑顔を貼り付けて両手を広げ天を仰いだ。
「これが、人間の理だぁ!だが、この腐りきった世界を変えるのもまた人間だ!選ばれた人間のみが、新しい世界へと向かい、新たな歴史と繁栄、永遠の平和を手に入れるのだ!」
男は高笑いした。すると地面が大きく揺れる。
「何だ!?」
振動に体が揺れると、地面に亀裂が走りこちらへやってくる。それは、男を避けるようにまるで自分を狙っているかのように迫ってくる。
「だが、その世界にお前の席も用意してあるぞ?お前は優秀だからな。世界を作る礎となり、私の配下で働くと言うならーーー」
「断る!!」
男の言葉を遮るように叫ぶ。
その瞬間男が勝ち誇ったように嗤うと、地面の亀裂から炎が吹き荒れる。足元の地面も崩れ始め、とっさに男のもとへと走り出す。
男も対抗するかのように、片手をこちらへ向けると周りの瓦礫が集まり鋭い矢の如く放たれた。刀の柄を握りしめ、飛んでくる瓦礫を刀で弾き飛ばすもすべてを避けるのは不可能で肩や脇腹を掠り鋭い痛みと共に血が滲む。
それでも走るスピードは緩めない。それどころかどんどん速くなっていく。
「お前は、ここで倒す!!」
叫ぶ。地面を蹴る足に力を入れる。もう、何も奪わせない。たとえこの命と引き換えになったとしても。
「倒されるのはお前だぁ!!真ぉ!!」
男が両手を突き出すように真へと向ける。炎が意思を持つかのように龍のような形になって襲いかかる。
「ぁぁぁぁぁああああああああああーーー!!」
刀を振り下ろし龍を斬り倒すかのように突き進む全身を焼き尽くすようなほ熱さと痛みが襲う。だが、その炎の先に男が嗤っていた。真は叫びながら刀を振り下ろす。
静寂が訪れると、男が足元で倒れ荒い息の中口元に笑みを浮かべている。
「はぁっ……はっ、これで私に勝ったつもり、か……甘いなっ」
「お前はもう終わりだ。最後に言い残すことは?」
隣に跪き、刀の切っ先を男の喉元に当てる。
「……いつか、私の意思を受け継ぐ者がっ……現れる、その時こそお前の負け……だ」
「たとえ敵が現れようと、何度だって戦うさ。大切な者を守るためにな」
男は最後、不敵な笑みを浮かべる。その瞬間に喉元に付き当てていた刀に力を入れると、血飛沫と共に刀の切っ先が地面に突き刺さった。
再び静寂が訪れる。轟音が微かに聞こえると、見覚えのある車がやってきた。中から長身の男が出てくると、真の姿を見て安堵の表情を浮かべ近寄ってくるなり彼女を抱き締めた。
「良かった、塔が崩壊したのが見えたとき、俺がどれだけ心配したか」
男の声が微かに震えている。柄にもなく泣いているのか、と確かめる暇もなく痛みが全身を走る。
「あまり、きつくするな……骨が折れてるんだ」
「す、すまん!大丈夫か?」
「あぁ、大したことはない。もう、全部終わった……」
そう呟くと真は、足元を見つめる。そこには、骨となった男の体が横たわり、やがて風が吹くと灰となり散っていく。黒く暑い雲が避け、やがて朝日が顔を出す。その光景を眺めながら、死に際に男、真の父親が放った言葉が胸に突き刺さったが、ゆっくりと目を伏せ今はすべて終わったこの瞬間に浸っても良いだろうと体を支えてくれている男に寄りかかり、やがて体が鉛のように重くなりどっと全身の力が抜ける。やっとの思いで男に抱きかかえられるようにゆっくりと目を伏せ、そのまま深い眠りに誘われていく。