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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

感情を失った傭兵の少年が、魔女と呼ばれた少女に恋をするまで。

作者: 安居院 奏

駄作でも許してください。

アイクという少年の人生は、はっきり言って不幸の連続だった。

五歳の時に両親に捨てられ、拾われた孤児院では虐待を受け、身体中に消えることのない痛々しい傷をつけられた。

十歳の時、王国の少年兵に志願し、下手をすれば死んでしまう訓練を毎日受け続けた。実際に死んだ者もたくさんいたが、アイクは文句の一つも言わずに耐え続けた。

二年間の訓練課程を修了した後、王国の少年兵として戦場へ送られ、本当の殺し合いというものを経験した。

初めての戦争の時、人を殺すことへの躊躇いを捨てきれずにいたが、戦いの中ではそんなことを気にしている暇などなく、何人も殺しているうちに、何も感じなくなっていた。

この時から、人を殺すことだけではなく、あらゆることへの興味、関心を失ってしまった。


感情を持たない殺人人形。


少年兵として戦う二年間で、アイクは傭兵の仲間たちからそう呼ばれるようになっていた。

戦場で絶対的な力を保持し、振るうだけの存在。

もはや人間として扱われなくなっていたが、アイクは気にしなかった。

怒りという感情さえも、アイクは持っていなかった。どう呼ばれようと、どう扱われようと、戦争で人を殺せば報酬が貰える。生きていくことができる。

生きることだけを考え、戦っていた。


当然、戦争というものは仲間も死ぬ。相手だけが一方的に死んでいくなんて都合のいいことは起こらない。

命の奪い合いには死は必ず存在すること。

これまでの戦争での死者の中には、アイクが宿舎を共にした者もいた。

しかし、アイクがそんな彼らを見て思うことは、悲しみでも、哀れみでも、復讐心でもない。

戦争を生き残る強さを持たなかった彼らへの……失望だ。


「君は弱かった。だから死んだ」


とある戦争の時、とある死体の前で、アイクはこう呟いた。瞳は感情を持たないほど無機質なもので、それこそ本当に人形のようだった。


「戦争で生き残るものは力のある者、死なない術を持っている者、そして、生に執着がある者だ」


そう言い残し、アイクは死体に背を向けて歩いて行った。

冷たい風が死体を包む布を小さく揺らす。


アイクの考えは、傭兵として……戦争に参加するものとして正しい考えだ。

だが、その考えは傭兵として優秀である代わりに、人として極めて落ちぶれた考えだった。



アイクが少年兵として戦争に身を投じてから四年。16歳の誕生日を迎え、少年兵から傭兵として扱われることになった。(少年兵は15歳以下の傭兵のこと)

一般の傭兵になったことにより、戦争だけではなく、魔獣討伐や薬草採取と言った一般的な仕事も引き受けることができるようになった。

そして現在アイクは王国から少し離れた場所にある小さな山で、その依頼を遂行中である。


(流石に数が多いな)


切り伏せた魔獣を一瞥し、両手に持った片手剣を腰に下げている鞘へしまう。

アイクは現在、王国付近を襲っているという魔獣の討伐へとやってきていた。周囲は緑の濃い木々しか見えず、目的の魔獣以外にも数多くの魔獣が生息している。

そんな森に一人で、しかも鎧も纏わず片手剣二振りと言いう軽装でやってきたアイクは正に格好の獲物。先ほどから数多の魔獣がアイクに襲い掛かっているのだ。

当然、アイクはそんな魔獣たちなど一瞬で切り伏せている。


「………」


魔獣の死体には目もくれずに森を進む。

魔獣の素材というのはそれなりの金になるのだが、アイクは戦争でとてつもない報奨金が支払われている。アイク一人ならば、働かずとも一生生活できるくらいには貯金が貯まっている。

今回アイクがこの依頼を受けたのは、単なる暇つぶしと鍛錬の代わりだ。しばらく戦争もなく自主的なトレーニングだけだと身体が訛ってしまうため、魔獣との戦闘も日常的に行っておくのが好ましいのだ。


「……?」


しばらく森を進んでいると、森の中には似つかわしくない奇妙な光景が目に入った。周囲よりもたくさんの木々に覆われている奇妙な場所に、一軒の小屋があった。

壁は草花で覆われ、屋根には煙突らしきものが一つ。


「誰か、住んでいるのか?」


訝し気に首を傾げながらアイクは小屋の入口へと近づき、二回ノックを繰り返す。

こんな怪しげな小屋にノックをするなど普通はありえないが、アイクは人が住んでいるというかなり少ない可能性を切り捨てず、マナーというものを守った。

無論、中に人がいて、いきなり襲い掛かられるという可能性も考慮し、片手には剣を構えている。


「誰もいない……か」


どれだけ待っても返答らしきものがないので、アイクはゆっくりと小屋の扉を開け、中に入る。


「……人、なのか?」


一人の少女が、小さな椅子に腰掛けて本を読んでいた。


流れるような銀髪と、美しい蒼の瞳がとても目につく、この世のものとは思えない程の美貌。

少女はアイクに視線を移すと、開いていた本を閉じた。


「誰?」


小首を可愛らしく傾げながら問いかける。


「……僕は、この森に住む魔獣を殺しに来た人間だ」


剣を持ったままアイクは答える。

少女を見た瞬間、その美しさから人形なのではないかと疑ってしまった。が、少女から質問が来た瞬間にその疑念は消え去り、魔獣の森に住む謎の少女という認識に変わった。


「……本当に人間ですか?」

「なに?」


少女がアイクを見つめた後に放った言葉に、目を細めながら質問で返す。


「あなたは……なんだか人形みたいですね」

「………どうしてそう思った?」


一目見ただけの彼女に一体何がわかるのだろうか。それに、アイクはただの人形ではなく、殺人人形と呼ばれている。それを、こんな森の中に住んでいる少女が知っているとは思えない。


「目に、感情が見えません」

「………」


アイクは無言で少女の視線を固定する。この時初めて、アイクは少女に対して驚きの表情を見せた。

自分に感情が欠けていることを、一目見ただけで見抜いたことに対しての、戦慄故に。


「君は一体、何者なんだ」


アイクは問いかける。

目の前の少女が、一体何者なのかを知る必要があると考えた故に。

少女は椅子から立ち上がり、アイクの目を真正面から見据えながら、問いかけに答えた。


「私は、リリー。リリー・ハーデンベルギア。人は、私を禁忌の魔女と呼んでいました」


少女は──リリーはそう答え、思わず見とれてしまうほどの笑顔を作った。





「禁忌の魔女?」


聞き覚えのない言葉に首を傾げながら、アイクは少女の言葉を復唱した。

テーブルを挟んで座っているリリーは頷きながら目を伏せる。


「はい。私はそう呼ばれていました」


少女は机上に重ねた手を置き、話し始める。


「私は五歳の時に親に捨てられ、孤児院に引き取られました。その捨てられた理由が──」

「魔法を使うことができるから?」

「その通りです」


この時代、魔法が使えるものは忌み嫌われる。そして、魔法が使えるものは魔女と呼ばれ、人がいない場所へと追放されたり、処刑されたりしてしまう。

俗に言う、魔女狩りだ。


「引き取られた孤児院の中でも、私は色々と虐待まがいのことを受けて、ちょっとした事件を起こしてしまったんです」

「魔法で人を傷つけたとか?」

「……なんだか、見透かされているみたいですね」


苦笑しながら、口元を手に当てるリリー。


「虐待に耐えきれなくなった私は、魔法を暴走させてしまい、孤児院にいた子達を含めて、皆を殺してしまったんです」

「………」


それが禁忌の魔女と呼ばれる所以。孤児院にはそれなりに人がいたのだろうが、その全てを殺してしまったとなれば、そう呼ばれるのも頷ける。



「私は、魔女の中でも特殊なんです」

「特殊?」

「はい」


リリーの顔が一瞬曇ったのをアイクは見逃さなかった。だが、彼女はアイクが言葉にする前に話し始めた。


「私は、魔法の術式を一目見ただけで理解し、自在に扱えるのです。」

「それは、この世に存在している魔法全てを使うことができると言うことか?」


リリーは無言で頷く。それは、その事実は、とてつもないことだ。

あらゆる魔法を扱うことができると言うのは、利用価値が高いと言うのと同時に、脅威になった場合の危険度も高いのだ。


「当時偶々覚えた魔法を暴走させてしまって……」

「危険な魔法を覚えたのだな」


回復魔法などでは人は死なない。殺傷性の高い魔法を偶然覚えてしまったのも、また不幸だと言える。


「術式は簡単に見ることができるものではない。ですので万能というわけではありません。今、私にできる魔法は限られています」

「詳しくは聞かない」


あまり、自分の手の内を明かすのは良くない。知られれば、対策を練られるのは戦争で嫌というほど学んできた。


「ありがとうございます。でも、一つだけ言わせてもらいます」

「なんだ?」

「私は、禁忌の魔女です。万能ではありませんが、危険な魔法を使用することができます」


それは、ある種の警告とも言える言葉だった。自分に危害を加えるようならば、容赦はしないという。

アイクはその言葉を涼しげな顔で受け止め、リリーに向かって話し出す。


「一つ質問させてほしい」

「なんですか?」

「初対面の僕に、ここまで話したのはどうしてだ?」


普通、幼少時に虐待を受けてきたのなら、人間不信になったり、アイクのように感情に欠陥が生じることが多い。にも関わらず、リリーはアイクに対して警戒をするどころか自分のことを色々と教えた。最後に警告のようなことを言ったが、それ以外はとてもフレンドリーに接していた。


「そうですね……多分、飢えていたんだと思います」

「飢え?」

「はい。人との会話に」


彼女は笑顔でそう言った。おそらく、長い間、たった一人でここに住んでいるのだろう。アイクと違って、感情が豊かな少女に、孤独というものは辛いものだろう。


「……そうか」


アイクはいつもと変わらない無表情のまま、しかし何かを決心したように少女を見据える。


「じゃあ、時々、ここに来ることにする」

「え?」


リリーがアイクの言葉に驚いたように短い声を漏らす。

大きく目を見開き、ポカーンとしながら呆けている。

アイクはその姿に苦笑を漏らしながら、言葉の続きを口にする。


「丁度、しばらく暇が続きそうだし」


それを聞いたリリーは、二、三度瞬きを繰り返した後、口に手を当てながら笑った。


「フフッ。なんだか不思議な気分です」

「何がだ?」

「こう言った関係の人ができることが」


彼女はそう言い、柔らかな笑みで微笑んだ。

その笑顔に、アイクはなんだか形容しがたい感覚に襲われながらも、至って冷静に答える。


「まぁ、暇な時な」


しばらく暇……というよりは、戦争が起きるまで暇だ。今日もほとんど暇つぶしで来たわけで。


「はい。これから、よろしくお願いします」


差し出された手に、アイクは──彼は一瞬驚いたような表情(・・・・・・・・・・)を見せた後、無言で手を握り返した。





それから、アイクは傭兵の訓練施設には週に一度ほど顔を出す程度になり、それ以外の時間はリリーと過ごすことがほとんどとなった。

傭兵の訓点施設に顔を出す時には、必ず魔獣の死体を持っていくので、誰かに会いに行っていると疑われるようなこともない。代わりに、殺人人形が魔獣を鏖殺しだしたという話が度々耳に入って来るようになったが。


「アイク。今日は何をしましょうか」


リリーは静かな、それでいて美しい声でアイクへと話しかける。

すでに二人が出会ってから4ヶ月ほど経った。


その間に、二人は色々な場所へ行ったり、やりたいことをした。主にリリーの要望で。


遊びたい盛りの頃、既に少年兵としての訓練を受けていたアイクと、この森で人から離れて暮らしていたリリー。

その時間を取り戻すように、日々をたのしんだ。


山の頂上まで行き、お昼を食べたり

川に行って、二人で水遊びをしたり

草原に出向き、暖かな日の光を浴びながら昼寝をしたり(アイクは危険が迫ったら勝手に起きる)

時には、アイクが魔獣を狩っているいる姿をリリーが眺めたり

剣を振るって見たいと言いだしたリリーに、アイクが剣を一本貸しあたえて遊ばせて見たり


それまで色褪せていた二人の世界に、段々と色が染み渡るような日々を過ごしていた。


「そうだなぁ……あそこに行ってみるか」

「あそこ?」


剣の手入れをしながら、アイクはリリーに向かって声をかける。

リリーは場所の検討がつかないようで、首を傾げながらキョトンとした表情を作る。


「少し離れた林を抜けたところにある草原なんだけど、そこに咲いている花がすごく綺麗だって話を聞いたんだ」

「綺麗な花の咲いてる草原ってことですか?」

「そんな認識でいい」


アイクが王都聞いた話だ。単なる噂話かもしれないし、実際に花を見たことがあるわけでもないのだが、どうせ暇なのでこの際行ってしまうかと思ったわけである。


「うん。じゃあ、そこに行きましょうか」

「了解」


アイクは剣の手入れを早々に終わり、出かけるための準備をする。


「俺はいいから、準備をしておいで」

「わかりました」


女性は男性と違って準備に時間がかかる。そのことを、リリーと過ごしていく中で理解したアイクはそう告げ、自分は先に外へ出て待機することに。

その十分後、リリーが家から出てきたため、二人は目的の場所へ向けて出発した。





森の家を出発してから3時間ほど経過し、二人は目的の草原まで到着した。

地平線の彼方まで続く大草原に、リリーは驚きながらも一面に広がる草花達を優しげな目で眺めていた。


「すごく綺麗な景色……」

「そうだな」


色とりどりの花が地面に咲き乱れ、遠くには野生の草食動物と思われる生き物達がそれらの草を食べれいるのが確認できる。

アイクは無言でその場に寝転がり、空を見上げながら深い息をついた。


「なんだか、以前と同じような過ごし方になってしまうな」

「それもいいと思いますよ。私は、こうやって落ち着いて過ごすのも好きですから」


アイクの横に座りながらそう答えるリリーに、口元を綻ばせながら答える。


「本当に……前までは考えられないことだな」


傭兵時代……今も傭兵だが、殺人人形と呼ばれ始めた頃なら、こんな風にのんびりと過ごすようなことは考えられなかった。

だが、リリーと出会い、色鮮やかな日々を過ごしていくうちに、冷え固まっていた心が溶かされていくような感じがした。

目を瞑っていると、右の掌が少しひんやりとした手に包み込まれた。


「私はアイクの昔を知りません。ですが、とても険しい道を辿ってきたのはわかります」

「………」

「初めて会った時に、その瞳がなんの感情も持たない冷え切った瞳をしていたことを、よく覚えています」


囁きかけるように話すリリーの言葉に、アイクは無言で耳を傾ける。


「あの時と比べて、アイクは変わりました。最初は顔の筋肉が機能していないのではないかと思っていたくらいですが、ここ最近では、笑顔を浮かべることも多くなりました」


アイク自身、自分が笑顔を浮かべていることに気がついていなかった。だが、リリーはしっかりと彼の変化には気がついていたようだ。


「そうか……笑っていたか」

「はい。ほんの少しですけど」

「よく気がつくものだな」

「一緒にいるんですからわかります」


こうして話している間に、アイクは自覚していた。


──嗚呼、これが楽しいという感覚。


久しく忘れていた感覚に襲われながら、隣にいるリリーの方へと顔を向けた。

相変わらず美しい容姿。いや、容姿だけではない。性格や声、その存在自体が、アイクにとって、何者にも負けないほど、美しいものとなっていた。


思えば、アイクは初めて彼女と話し、笑顔を見た時、奇妙な感覚に襲われた。

あの時はそれが一体なんなのか分からなかったが、今なら、わかる気がする。


それは、きっと──。


「なぁリリー」

「なんですか?」


彼女の顔を見るたびに、アイクは心が温かくなるのを感じた。

なんだか気分が落ち着くような、そんな気分とともに。


「僕は君とこの数ヶ月を過ごしていく中で、変わったと思う。それで、たった今、俺にとって一番変わったことがわかったよ」


言葉にすると、なんだか気恥ずかしい。だが、この感覚も、彼女と過ごしていく日々で培ったもの。この感情も、心に刻んでおきたい。


「それは──ッ」


言葉を紡ぎかけた時、全身に悪寒が走り、アイクは反射的にリリーの手を取ってその場から跳び離れた。


──瞬間、先ほどまで二人がいた場所に、大きな穴が穿たれた。


「こ、これは……」

「リリー。下がっていろ」


リリーを後方へと下がらせ、アイクはその事象を起こした張本人の姿を視界に捉え、にらめつけていた。


「やっぱりか。バジリスク」


アイクの2倍はあろうかという大きな身体をし、身体は鶏、尾は蛇、足はリザードマンのような姿をした怪物。

以前、リリーに出会う日に討伐を予定していた魔獣だ。


「アイクッ!」

「もしもの時は魔法を使って身を守れ!僕が倒す!」


リリーの返事を待っている余裕はなかった。バジリスクが嘴から猛毒見られる液体を発射した。おそらく、先ほどの地面もあれで穿ったのだろう。

その猛毒の液体を回避しながら、アイクはバジリスクに斬りかかる。


「ぐっ……」


が、胴体に剣が振るわれる寸前、バジリスクの尻尾がアイクの身体に振るわれ、すっ飛ばされてしまった。


「アイクッ!」

「擦り傷だ!」


思わず飛び出しそうになったリリーを声で静止させ、アイクはバジリスクに向き直る。


「クソッ」


もう一本の剣を引き抜いた瞬間、


「これは……食らったら一発であの世行きだな」


生物兵器と呼ぶに相応しいほどの力。自然界にこんな生物がいては、生態バランスが崩壊してしまう。


だがひとまず、次の毒が連射されないうちに、離脱しなくては………。


「………毒を打ってこないのか?」


アイクは目を細めながら、バジリスクの行動を訝しげな目で見やった。

アイクが毒で一瞬ひるんだ隙を突いて毒を打ってくるものかと思ったが、いつまでたっても毒を打つ素振りを見せない。

ここで打てば、バジリスクにとってかなり優位な戦況となるのだが……。


「一定時間の感覚がいるのか」


思い返してみれば、二撃目、三撃目とともに少し時間が経っていた。およそ、三十秒の時間だが、隙はあるということだ。


「……次の毒が来てから三十秒の間に仕留める」


三十秒という短い時間の中で、奴を仕留めると決意したアイクは、二振りの剣を構えなおし、集中する。


(落ち着け。毒さえどうにかできれば、僕の勝ちだ。尻尾の方はなんとかなる。なにより──)


チラリと後ろで手を組んで、祈るようにアイクを見守るリリーに視線を向ける。


(僕が──俺が死んだら、次にやられるのはリリーなんだぞッ!)


そう自分を奮い立たせ、アイクは意を決してバジリスクに向かって駆け出す。


「来たッ!」


バジリスクが毒を吐き飛ばすモーションを見せた瞬間、アイクはその進路上から避ける。

だが──。


(ッ!?)


バジリスクは毒を吐き飛ばさず、再びアイクへと照準を合わせたのだ。


(フェイントッ!?)


盲点だった。バジリスクには一般的な魔獣よりも高い知能がある可能性を失念していた。


(まずい、このままでは……)


次の瞬間にはバジリスクから毒が吐き出され、アイクの身体は一瞬のうちに溶かされてしまうだろう。


(すまない。リリー)


迫り来るであろう猛毒に、覚悟を決めたように心の中で謝る。

しかし、猛毒は発射されなかった。


「アイクッ!今です!」


リリーが掌に魔法陣を形成し、魔法を繰り出していた。その魔法の影響からか、バジリスクの動きは完全に停止していた。

否、完全に停止しているわけではない。魔法の拘束から逃れようと、必死にもがいているのがわかる。それに比例するように、リリーが苦しそうな声を上げていた。おそらく、もってあと数秒だろう。


「うおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!」


アイクは雄叫びを上げなが全力でバジリスクへと肉薄し、とてつもない衝撃とともに、頭部へ二つの剣を突き刺した。



「……はぁ、はぁ」


リリーは荒い息を吐きながら、大きな音を立てて倒れるバジリスクをぼーっと見ていた。


「や、やったね。アイク」


信じていた彼が見事にそれを達成したことへの嬉しさと同時に、はやく彼の元へ行きたいという思いが同時に湧いた。

リリーは小走りでバジリスクの近くにいるであろう彼の元へと向かった。


「リ、リー」


リリーの予想通り、アイクはバジリスクの前で大の字のなって倒れていた。だが、その声には覇気がない。

疲れたのかと、一瞬思ったが、その考えは瞬時に捨て去ることとなる。


「あ、アイクッ、ち、血が」


アイクの横腹には大きな穴が穿たれており、赤い鮮血が湧き水のように吹き出していた。


「わ、るい。最後、に、食らっちま、った」


弱々しい声とともに、リリーへと謝るアイクの姿は、すでに手遅れということ事実をリリーの脳へと刻み込んだ。


バジリスクは頭部へと剣を突き刺されながらも、拘束が消えた瞬間に毒を放っていたのだ。


「り、リー……リリー、よく、聞いてくれ」


アイクが最期に残った気力を振り絞り、声を震わせる。


「俺は、この数ヶ月で、君から、沢山のものを貰ったよ」


笑顔のまま、どんどん血の気がなくなっていくアイクだったが、言葉は止まらなかった。



「悔しさも、悲しみも、楽しみも、怒りも、何もかも失ってしまった俺だけど、君と過ごしていくうちに、その失ったものを、取り戻すことができた」


アイクは感じた。失ったパーツが、今この瞬間、全て戻ってきた、と。


リリーと過ごした日々に感じた、楽しみも

リリーに自分のことを話さなかったことへの、後悔も

もう、彼女へ会えなくなってしまうことへの、悲しみも

彼女を忌み嫌い、蔑んできたものたちへの、怒りも


今この瞬間、全てが戻った。


「俺は、君に会えたことがとても嬉しい。本当に、心の底から、幸せに、なってほしい」

「………」


大粒の涙の粒を、無数に溢れさせながら、それでもアイクから目を離さずに、話を聞き続ける。


「これからも、リリーには、厳しい現実が、待っている、だろう」


魔女が忌み嫌われるこの世界で、彼女には数多の困難が訪れる。


「それ、でも、自分を、否定しないでくれ」


それは、最初で最期のお願いだった。


「自分を見捨てないで、くれ。俺は、いつでも、君を見守っている」


アイクの顔から笑顔が消え、代わりに、悔しそうな顔と、目尻にたまったが頬を伝い流れる。


「最期、に」


アイクの声が消えそうなほどに力を失くし、その時が近いことを否応なくわからせる。


「君と過ごした日々は、本当に、幸せだった。好きな人と、過ごす、時間、が」


それは、告白。

リリーはそれを聞いた瞬間、アイクに叫ぶように伝える。


「わ、私もッ!私もアイクが心の底から好きッ!」


叫ぶ。消え逝く最愛の人への、愛の言葉を。


それを聞いたアイクは、弱々しく腕を持ち上げ、最愛のリリーの頬に手を当て、人生で一番の笑顔を見せ、言った。


「リリー・ハーデンベルギア」


最期の愛の言葉を


「君に、僕の愛を捧げる」




これは、感情を失った少年が、魔女と呼ばれた少女に恋をした物語──



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