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 リディアはクレイヤンクール家に戻るでもなく、これまた自分の家の屋敷に行くのでもなく、先程会ったばかりの男と共にとある場所を訪れていた。


 何が起こっているのか分からないまま連れてこられた男は、周囲を心配そうにしきりに見渡している。



「これは一体」

「ね? 一刻も早く警部に知らせた方がいいと思ったのよ」

「ご協力感謝いたします。……ところで、今日はクレイヤンクール家のご子息とはご一緒じゃないんですか?」

「……警部は私がジョエルがいないと何もできない娘だとお思いなんですか?」

「あ、い、いえ! そのようなことは!」



 ムッとした表情を見せるリディアに、この王都を管轄しているヴェルリエ警視庁のオーレリーは慌てて首を振った。


 以前ひょんなことから知り合いとなったオーレリーを訪ねて警視庁へ足を運んだわけだが、というのも、リディアが男に見せられた紙切れが原因だった。



「しかしまぁ、これを渡したという知り合いはどういうつもりで渡したのだか」



 オーレリーがそう言うのも無理はなかった。



 “彼は犯罪者集団アリアドネに命を狙われている”



 そう走り書きというにも酷い悪筆で書かれた一文である。命を狙われているとはまったくもって穏やかではない。


 犯罪者集団アリアドネとはその名の通り、フロランスを中心として周辺各国への犯罪シンジケートで多大な影響力を持つ集団のことだ。盗み、詐欺はもちろんのこと、密輸に空き巣、麻薬売買、果ては殺人までなんでもござれ。

 アリアドネの首領を捕えることはフロランス警察の威信をかけてでも必ず成し遂げなければならないとまで言われている。


 というわけで、これが本当なのであれば何らかの措置を講じなければいけない。ここで他の訴えと同じように被害が出てから来るように言うと死体が出かねないからだ。

 それに、他でもない貴族であるリディアが連れて来ている者だし、本人もこの国の言葉を流暢に話す身なりのいい男である。きっと彼の国ではそれなりの身分にあるに違いない。


 オーレリーが考えること僅か数秒。



「分かりました。後はこちらで引き受けますからリディア嬢は安心してご帰宅なさってください。今、馬車を呼びましょう」

「ちょっと待って」

「え?」



 リディアは不安げにしている男に向かってニコリと笑った。



「外国から来られて色々心許ないっていうのに、こんなことまで起きて、可哀想だわ。私も警部に協力して我が家の屋敷の一室を提供いたします」

「え?でも」

「そんな遠慮なさらないで。警部、ということだから、彼は私の屋敷で匿うわ。警備も人の目が多い方がやりやすいでしょう?」

「い、いや、リディア嬢。これはアリアドネが関わっているかもしれないことですよ。貴族の、それも女性である貴女も危険な目に合うかもしれないっていうのに、それは飲めん提案です」



 冷や汗をかくオーレリーに、リディアがなおも言い募ろうとつめ寄ろうとすると、スッと視界に見覚えのある軍服が目に入った。



「その通りだよ、リディア」

「ジョエル!」



 入口のドアにもたれかかり、軍服を着たままで立つジョエルがこちらをジッと無表情で見つめてきた。


 チラリと横を見ると、オーレリーが天の助けとばかりにジョエルの方を拝んでいるではないか。


 オーレリーを今すぐ問い詰めたい気持ちをぐっとこらえ、リディアは精一杯胸を張ってみせた。


 自分一人でも何でもできることを証明してやらなければならない。そう決意して口を開いた。



「なに?また抜け出してきたの?」

「君が腕を絡ませて楽しげにしながら若い男を連れ歩いてたってタレコミがあったから」

「なっ!誰が言ったのよ、そんなことっ!」

「僕の同僚。親切に教えてくれたんだ。お前の女が浮気してるぞってね」

「はあぁっ!?」



 リディアは貴族の淑女というには少々毛並みが違うが、それでも貞淑であれという言葉には従ってきたつもりだ。婚約者や夫でもない男と“腕を絡ませて楽しげにしながら歩く”など、言語道断である。ましてや浮気などと。


 侮辱だと憤るリディアをよそにジョエルは淡々と言葉を続けた。



「だから僕もお返しに教えてやったんだ。君の奥さんもねって。そしたら顔を赤くしてたのをさらに赤くしてどこかへ行ってしまったんだ。おかしな奴だ。熱があるなら上司にそう言えばいいのに」



 一歩引いていた所で聞いていたオーレリーは、ジョエルがその同僚を怒らせて言われたことに対して、彼自身に言わせると“お礼”をしたのだと悟った。そして、そのお礼は当然ながら同僚にとってジョエル本人の意図に関わらずかなりのダメージを与えたことも。


 不思議そうにしている方がよっぽど不思議なくらいだというのに、彼は本当に頭が良いんだからそうでないんだか。



「ちょっと!その人が誰か教えてよ!否定しなきゃ」

「どうして?」

「そんなの、事実無根だからに決まってるじゃない!」

「でも、現にリディアはここにいて、若い男と供もつけずに出歩いている」

「そ、それは……」



 ジョエルはここでやっと当事者だというのに一人放っておかれている男へと目を向けた。


 男はどうしようもなく、眉を下げるしかなかった。




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