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「ようこそっ。ようこそお越しくださいましたっ」



 リディアは屋敷のエントランスでクレイヤンクール家の老執事によって丁重に迎え入れられた。老執事の目には僅かに光るものが浮かべられている。


 ジョエルと過ごした丸二日間の馬車の旅はあまり快適なものとは言えなかったけれど、こうして感極まって喜ばれるとなんだか面映(おもは)ゆい。自然と口元に笑みが浮かべられた。



「アルマン。久しぶりね。元気そうでなによりだわ」

「お嬢様も拝見しない間にさらにお可愛らしくなられました」

「ふふっ。ありがとう」



 持ってきていた荷物を全て従僕に預け、リディアは中へと案内されるのに身を任せた。


 勝手知ったるのはもちろんだが、それはクレイヤンクール家の先代当主夫妻、つまりジョエルの両親が健在だった五年前までのことである。


 馬車の事故で揃って亡くなってしまった両親の跡を継いで当主となったジョエルは若干十五歳でクレイヤンクール家の若き当主となった。次期当主と当主では仕事の量は桁違いに違う。もともと一年のほとんどを領地で暮らすリディアと近衛士官となり王都に詰めるジョエルでは幼馴染といっても年に数回会うくらいだった。それがさらにジョエルの仕事の量が増えたことによってとうとう風の噂で聞くくらいになってしまっていた。


 廊下ですれ違う使用人の顔を見るにいくらか知らないものはあるものの、見知った顔もアルマンのようにちゃんといて、気取られないようホッと胸をなでおろした。



「ですが、本当にようございました。お嬢様のご気性からして、今回のお話、お受けしていただけないのではないかとこのアルマン、この四日ほど心配に思っておりましたから」

「おじ様にはうちの父がとてもお世話になったらしいから。困っているのならお互い様よ」

「なんとっ。お嬢様は本当にお優しい……」



 アルマンは胸ポケットからハンカチを取り出し、よよっと涙をぬぐい始めた。


 と、ここでジョエルが片眉を上げた。



「仲間外しはよくないな」



 なんとも子供のような物言いだ。


 要はジョエル青年、自分の家の執事と幼馴染が自分そっちのけで会話に花を咲かせているものだから自分も入れろということらしい。普段は常人離れしたような雰囲気や言動を纏わせているくせに、たまにこうして酷く人恋しいような発言をする。



「これは失礼いたしました、旦那様。……お嬢様、お部屋はこちらでよろしいでしょうか」



 ふふっと笑ったアルマンが部屋の前で立ち留まり、ドアを開けた。


 そう広いわけでもない王都の中だというのに、この屋敷には広い庭がある。その美しさは他の貴族たちがこぞって見学へ来たがるほどだ。もっとも、それはジョエルが当主になってめっきり減ってしまったようだが、それでもクレイヤンクール家の邸宅の庭は有名である。


 その庭が一望できる二階の一部屋をリディアが過ごしやすいように用意してくれていた。



「えぇ。こんな良いお部屋をありがとう」

「いいえ。ご満足いただけたようでなによりです」



 居間にお茶の用意をしているということで、リディアは再びアルマンの背についていった。


 居間に着くと、中で女中頭のオルガがテーブルセッティングの見直しをしているところだった。オルガはリディア達が入ってきたことに気づくと、顔をあげ、パッと満面の笑みを浮かべた。



「まぁ! お嬢様! ようこそおいでくださいました。お待ちしておりましたよ。これから幾久しくお願いいたします」

「あ、オ、オルガ……頭を上げてちょうだい」



 リディアが婚約、果ては嫁入りしに来たのだと信じて疑わないオルガはリディアの様子に首を傾げるしかない。リディアの表情は何か後ろめたいものがあることを感じさせたからだ。


 リディアのことを小さい頃から知っているオルガとアルマンは二人揃って顔を見合わせ、彼女をキョトンとした目で見た。



「えぇっと……その、ジョエルと道中話合ったんだけど。今回のことは陛下がお忙しい公務の合間の気まぐれで言ったことだからってことで、一時的に婚約することにしたの。だからお嫁に来るわけではないのよ」

「えぇっ!?」

「なんですって!?」



 二人の声が室内に響き渡った。


 老体二人にしては十分な発声量である。


 主人であるジョエルを信じられないものを見る目でもって無言の抗議とする二人に、ジョエルは片眉をピクリと上げた。



「リディア。嘘は良くない」



 この言葉に、老いた執事と女中頭はホッと安堵した。


 ジョエルの口から出る言葉は確かに時として辛辣だったり、人の気持ちを一切考えない容赦ないものだったりするが、その言葉に嘘も一切ない。だからこその安堵だった。


 だったのに。



「気まぐれなんかじゃなくって、思いっきり遊びだって本人が言ってたって言っただろう?」

「「そこですかっ!!」」



 国王陛下など、使用人である自分達にとっては謁見する機会など一生ないだろうお方の言動は正直この際どうでもいい。別にそう重要でもない部分を修正するくらいなら、彼自身の、クレイヤンクール家の、そしてひいては自分達の将来に関わる最も重要な部分を修正できるくらいの話はつけておいて欲しかった。


 昔からこの表情がくるくるとよく変わり、天真爛漫に使用人の自分達にも接してくれるこの少女をとても好ましく思っていた彼らは自分達の大事な坊ちゃんの奥方はこの子がいいと密かにずっと思っていたのだ。


 少女が愛らしく成長していると彼女の父親から便りがジョエル宛に届く度にいつかいつかと待ちわびて。思いもかけず国王陛下からの命令という形で果たされることになった時は驚きもしたが、同時にとうとうこの時が来たかと小躍りさえしていた。


 だというのに! この、朴念仁(ぼくねんじん)主は!



「そういうことだから、一年ほどの間、よろしくね。もしあれだったら、自分の屋敷に行くから」



 こうまで言わせるとはと内心失望に失望を重ねている二人の使用人達の気持ちなど知るわけもなく、リディアはニコリと微笑んで見せた。一応彼女なりに気を使っての笑顔である。だがしかし、それは逆効果であることは間違いない。


 ジョエルはというと、他人事のように一人で先に用意された菓子に手を伸ばしている。



 ハァーっと深いため息を隠しもせずつく二人。普段ならば絶対にしないし、してはならないのだが、この時ばかりは誰もが彼らに同情するだろう。


 二人を(とが)めるべき立場にあるリディアとジョエルも、そんな二人をそれぞれ(いさ)めることはしなかった。できなかった。




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