太陽と笑って(2/5)
今までのものと比べるとやや短いです。
「あっはっは!皆元気がいいじゃないか!もう知ってる人も多いとは思うけど!彼女が我が誉れ高き晴天傭兵団の新入りソウラちゃんだよ!仲良くしてやってくれ!」
誰だこいつ。
あたしの横に立ち、遠慮なく肩をバンバンとたたくのは赤髪の貴公子。間違いなくトオラのはずだ。だがトオラはあたしが覚えている中では不機嫌を周りにまき散らすような人間だったはずだ。間違ってもこんな陽気で頭がスッカラカンなしゃべり方をする男ではなかった。
トオラの紹介で傭兵たちはゲラゲラと笑う。嫌なところのない、すっきりとした笑いだ。
あたしは今一階のロビーで晴天傭兵団の傭兵に対する顔見せをしていた。本来なら朝にする予定だったらしいが、あたしが早々に宿からいなくなっていたから夜に持ち込んだらしい。
しかしこのトオラは、本当に昨日見たトオラと同一人物なのだろうか。ニコニコ笑うトオラの顔を見る。あ、こいつは確かに昨日と同じトオラだ。目も口も笑ってるくせに、器用に瞳の色が冷めている。昨日見たトオラと同じだ。
「さあ!別嬪さんのソウラちゃん!何か一言!」
ハイテンションなトオラの言葉で傭兵たちから手拍子やら、口笛やらが聞こえてくる。
「⋯⋯」
その中で主役のあたしはどうにも冷めていた。100人近い傭兵たちの中にカームの姿はない。日の昇っているうちは無我夢中で剣を振り、月が昇れば酒を飲んでバカ騒ぎ。山にいた頃、稽古の合間に騒ぐことも嫌いではなかったが、あの深みに落ちる感覚を味わった後ではそんなバカ騒ぎがあまりに愚かしく見える。
「ソウラよ。齢は17。よろしくね」
だからそれだけ言って自室に引き上げることにした。素っ気ないあたしの言葉に傭兵たちは静まり返ったが、トオラがフォローを入れてまた場が盛り上がるのが背中越しに聞こえてきた。その声を聞きながら階段を昇っていく。するとトオラが追いかけてきた。
「そこのお嬢さん!あんまりにもすげ⋯⋯」
「そのしゃべり方、耳に響くからやめて」
耳に手を当てながら言うと、にこやかだったトオラの表情が凍り付いた。それからスッと無表情になる。
「そうか。なら俺もそっちの方が話しやすいからいいや」
陽気で場を盛り上げていた男の顔が、理知的で思慮深い男のそれに変わる。
「すごい変わり身ね」
「『楽しいことがあったらとにかく笑え!』。それが先代から続く晴天傭兵団の鉄の掟でね。その流儀に従って俺は陽気で明るいトオラ副団長を演じている。それだけのことだよ」
「そうなの。それで何か要件でもあったんじゃないの?」
「カームと何か話したか?」
あなたには関係ない。そう言おうとしたが、トオラの表情はあまりに真剣でバッサリと切り捨ててしまうのもためらわれた。
「⋯⋯何も。ただ彼の業を見て、あたしもその技を真似ようとしてみただけ。彼の領域には到底たどり着かなかったけれどね」
「そう、か。いやならいいんだ。ただ⋯⋯」
ならいい、か。こいつは何を考えているんだ?
トオラは少しためらった後、迷いをにじませながら言った。
「普段のあいつ今日のあいつ、どこか違った気がしてな。何が変わったのかは言えないが」
「ふぅん」
昨日の時点ではカームはあたしに全く興味を示していなかった。それが今日になって何かが変わったのなら、それは歓迎すべきことだろう。どんな感情であれ、無関心よりはずっといい。それがあたしの剣技に対する興味ならもっといい。
「要件はそれだけ?」
「ああ。後一つ。明日から傭兵団は団を二つに分けて別々の戦場に行くことになる。お前の初陣になるな。そこでお前にはカームと同じ隊に行ってもらいたいが構わないか?」
「もちろん。こちらからお願いしたいくらいね」
意気込んで答えるあたしにトオラは少し気圧された様子だ。
「そうか。なら明日からソウラは俺の率いる隊に来い。都市国家間の小さな戦場だがな」
「そう。あたしは戦場に行って敵を殺せばいいんでしょう?」
「簡単に言ってくれるな。⋯⋯だがそういうことだ」
階下からトオラを呼ぶ声が聞こえた。それに返事をして、トオラはあたしの前からいなくなった。
一人になったあたしの中でむくむくと悪戯心がわく。対象はもちろんカームだ。
(カームの部屋に勝手には言ったら、どういう反応をするのかしら)
トオラの話で少なくとも彼はあたしに対して無関心ではなくなったらしい。ならもう少しつついてみてもいいだろう。はやる足を押さえて宿屋を歩き回る。カームの気配は独特だ。存在感が希薄で、だけど探ろうと思えば確かな存在感をもってそこに存在している。彼がいると思わしき部屋にはすぐにたどり着くことができた。
気配を殺し、音を立てないようにして部屋の扉を開ける。幸いなことに部屋の鍵はかかっていなかった。部屋の中に明かりはついていない。どうやらカームは寝ているようだ。ベッドに横たわってではなく、腰かけて眠っているが。
そろりそろりと足音を立てないようにしてカームに近づく。その顔を覗き込んでハッとした。
(泣いてる?)
カームは剣を抱いてその上に毛布をかぶっていた。その毛布に水濡れがある。ポタリ、ポタリと瞑ったままの彼の目から涙がこぼれていた。彼の寝顔は悲痛にゆがんでいる。
高揚していた気分が急激に落ちていく。見てはいけないものを見てしまった気がして、あたしは急ぎ足で部屋を出て行った。
翌朝、あたしはカームやトオラとともに20人くらいの集団で戦争をしているという都市国家のもとへ向かうことになった。荷馬車に乗って10日ほどの退屈な旅。空は雲一つない晴天で、吹く風が心地よい。
「退屈そうだな」
同じ馬車に乗っている、というよりもトオラとあたしと荷物しか置いていない馬車の中でトオラはあたしに声をかけた。
「ええ。戦争だって言うから期待してたのに、あんまりにも呑気で拍子抜けよね」
「全員が馬車に乗っているだけでも十分足は速いことになるんだがな。アウィスのところは徒歩で20日はかかるところだ」
「うえっ」
この場には二人しかいないからか、トオラは猫かぶりしていない。あたしとしてもその方が話しやすくていいけれど。
「傭兵といっても一年中戦争をしているわけではないからな。雇われた戦場にいる期間や次の戦場の場所にもよるが、年の半分くらいはこうして移動に費やしたり、次の戦場を探す時間に当てられる。それが嫌なら戦争の絶えない国の兵士になるか、国お抱えの傭兵団にでも入るしかないのさ」
「嫌よ。あたしはここにいるって決めたもの」
「カームがいるからか?」
「そうよ」
それを聞くとトオラは思い詰めたような顔であたしを見る。目を逸らすのも気に入らないからじっと見つめ返してやる。先に目を逸らしたのはトオラの方だった。
「⋯⋯今の壊れちまったカームのどこがそんなにいいんだ」
「今の、ね⋯⋯」
随分と含みのある言い方だ。移動に使われているのは二頭引きの馬車が3台。あたしの乗っているのは主に荷物を載せたもので、他2台は傭兵や後方支援をする女たちを乗せている。その中でカームは隅で剣を抱えてずっとうずくまっている。他の傭兵もそんなカームをまるでいないもののようにして扱っている。
「ひどい言い方。昔の彼がどんなだったかは知らないけど変に冷たいのね」
「お前は何も知らないから⋯⋯!」
射殺すようなトオラの視線。だが自分の中に矛盾を抱えた視線だ。そんな視線であたしを脅せると思ったら大間違いだ。
「そうね、何も知らない。でもあたしは今のあのカームがいいと思ったの」
「それは⋯⋯お前はカームのことを好いていると思っていいのか?」
「ええ。炎のように熱く、全てを壊してしまう位に破壊的なこの気持ちを恋と呼ぶならね」
トオラは考え込むように目線を下に向ける。迷いと祈るような感情が胸の内に渦巻いているようだ。
「⋯⋯その感情は絶対にカームに伝えるなよ」
迷いに迷った挙句、トオラそれだけを口にした。
「そう」
あたしはその言葉に返事だけはした。
トオラとアウィスのカームに罪悪感のようなものを抱いている。しかし他の傭兵たちが抱いているのは嫌悪感。ひたすら剣を極めようとしているカーム。夜眠りながら涙をこぼしていたカーム。トオラはあたしがカームに惹かれていることを言うなと言う。鍵になるのは多分カームの過去。だけど今トオラにそれを聞いても答えてはくれないだろう。
悶々としたものを抱えながら荷馬車に乗っての旅は過ぎていった。
それから特に大きな問題が起こるわけでもなく、戦場に到着した。時間は夜。戦争は数日前にもう始まっているらしく、寝床に提供された場所には都市国家の兵士もいて、どこか高揚とした空気が漂ってきた。その隙間を縫うように入りこんでくる血と薬草の臭いも。
傭兵団のテントを張り終えると、後は明日の戦争の開始を待つばかりになった。夜襲の危険はないのかとは思ったが、見張りが立っているから大丈夫だろうとのことだ。
眠るにはまだ早い。駐屯地の中をフラフラしていると、酒盛りをしている兵士が多く見られた。やっているのは若い兵士が多い。トオラが言うにはこの都市国家は成立してまだ日が浅く、軍としてもまだまだ未熟らしい。その弱点が露呈しないように短期決戦を都市国家は望んでいるそうだ。
明日の殺し合いに行くというのに酒盛りとは暢気なものだとは思うけれど、それも戦場に行った興奮を鎮めるためにやっていることなのかもしれない。恐怖や狂乱の感情を鎮めるためにあれも必要な儀式なのか。
「あれ?お嬢ちゃん可愛いね。いくら?」
酔った男に声をかけられた。しまった。あたしは思わず顏に渋面を作る。感情を鎮めるために男は女を抱くという。山にいた元兵士から聞いた話だ。そしてあたしは目を引く外見をしている。一人でフラフラ歩いていたらこう言う手合いに出会うのは当然じゃないか。あたしの迂闊者め。
しかもトオラから入団の時のようなことはするなと言われている。兵士と問題を起こすなとも。いざとなれば容赦はしないが、面倒ごとは避けたい。
だがあたしのことを遊び女だと思っていることには心底腹が立つ。腰に差した刀が見えないのか。男の数は3人。首を切り捨てるのは簡単だが、どうにか口でごまかせるか?
「悪いけど、あたしはそういうのやってないの」
「そうなの?ならこれくらいでどう?」
男がヘラヘラ笑ったまま指を3本立てた。ピキリ。額に青筋が浮いたのが分かった。値段交渉だと思われた。さてはこいつあたしの話を聞くつもりがないな?
「そういう問題じゃないの。切り捨てるわよ」
「強気な女は嫌いじゃないよ。なら4本で⋯⋯」
駄目だ。斬ろう。あたしが刀に手をかけた時、男の肩に誰かが手を置いた。このあたしが間近に来られるまで気配を察することができなかった。それは真似ができるのはあたしは一人しか知らない。
「なんだよ。男に用はねぇよ」
男の肩に手をかけたのはカームだった。男はカームの外見にたじろいだが、その外見ゆえに強気に出る。後ろにいた男たちもいきり立った様子だったが、そのうちの一人がアッという顔をした。
「お、おい。こいつもしかして例の『幽鬼』じゃねぇか?」
「は?『幽鬼』ってあの?」
カームは黙って男に手をかけたまま、その澱んだ目で見るだけだ。次第に気味が悪くなってきたのか、男たちはそそくさと退散していった。
「ありがとう」
助けてもらったようだ。お礼を言うと、カームは目を泳がせコクリとうなずいた。
「ねぇ、一つ聞きたいことがあるの」
そのまま立ち去ろうとしたカームを呼び留める。カームは無言のまま振り向いた。
「どうして壊れたふりをしているの?」
カームの瞳の揺れが止まった。