月に嘆いて(2/2)
〈月に嘆いて〉の後半です。
「ちょっといいか?」
食事の後、片づけをしているとトオラに声をかけられた。普段の彼らしくない、あるいは本当の彼らしい真剣な表情だ。
「どうしたの?」
「話したいことがあって」
食事の片づけもちょうど終わったところだ。私はトオラとテントの外に行った。
外は雲一つかかっていない満天の星空で、夜空は澄んだ色をしていた。月明かりに照らされて、近くのベンチに私とトオラは二人並んで腰かける。
「それで、話って何?」
トオラは困ったような、どこか恥ずかしがっているような表情をしている。気まずそうにポリポリと頬を掻く。顔がいい男はそんな姿も絵になるから得だ。
「ああ。単刀直入に聞くぞ。ルリはカームのことをどう思っているんだ?」
「はにゃ!?」
月を見上げたまま問いかけるトオラを前に、私はどぎまぎする。
「な、なんで急に⋯⋯。そ、そ、そういえばなんかトオラ普段と雰囲気違わない!?」
「ごまかすなよ。こっちが素の俺だ。そんなことルリはとっくの昔から気づいてただろ」
むっとした様子のトオラにようやく私は正気に帰る。すーはー。すーはー。深呼吸をして気持ちを落ち着ける。
「⋯⋯それは、まぁ気づいてたけどね」
「カームは一向に気づく気配がないがな。全く⋯⋯あいつは変なところで鈍い」
「あはは⋯⋯」
「お前もな。ルリ」
「えっ!?」
私は自分で言うのも何だけど、結構人の感情の機微には敏いと思う。鈍い、だなんて始めて言われた。
「カーム限定で、だけどさ。それで、ルリはカームのことをどう思っているんだ?」
「どうしてその話を今?」
「じれったくて」
意味が分からない。疑問符を頭に浮かべる私にトオラは指を突きつけた。
「はぁ⋯⋯。いいか?俺は傭兵だ。カームも傭兵だ。俺もあいつも今じゃそこそこ強いからそうそうやられることはないだろ。けどな。いつ何があるかは分からない。二年前だって『紅蓮の魔女』がいきなり出てきて大変だっただろうが」
トオラが大怪我をして、カームも危うく命を落としそうになった戦争だ。あの時は中々目覚めないカームを前に不安でしょうがなかったけれど。
「つまり俺が言いたいのはだな。伝えたい気持ちがあるのなら後悔する前に伝えておけって話だ。今日カームを前にしたお前どこか様子がおかしかったぞ。何かあったんじゃないのか?」
「うぐぅ」
仲間思いのトオラは本当に私達のことをよく見ている。私はしぶしぶ父から結婚相手について話をしたことをトオラに話した。
「⋯⋯へぇ。良かったじゃん。ルリの場合一番の難関は団長だっただろうから。後は何の問題もない」
「何言ってるの。それじゃカームの気持ちを無視してるじゃない」
「は?」
トオラが何言ってるんだこいつみたいな顔をする。
「それ、本気で言ってる?」
「当然じゃない」
私はカームのことが好きだ。愛してる。だけどカームが私のことをどう思っているかは分からない。多分私のことは好きじゃないんじゃないかと思っている。嫌われてはいないだろうし、好かれてもいるだろうけどそれは仲間としての好きであって、男女のそれではない。
ということを話すと、いよいよトオラは達観したように空を見上げた。
「分かってはいたことだがカームも大概だけど、ルリも相当だな。まさかこれほどまでに鈍かったとは」
「何よもう」
「俺からあれこれ言うのも違うと思うから、結論だけ言うぞ。言いたいことがあるなら後悔する前にさっさと言っておけ。ためらうな。突き進め。以上だ」
言い終わるや否や、頭を押さえながらトオラはさっさと自分のテントに戻って行った。
「つまりどういうこと?」
結局トオラは何を言いたかったのだろうか。首をかしげながら私もテントに戻ろうとしていると、近くのテントに誰かが隠れていることが分かった。
「誰?」
もしかして聞き耳でも建てられていたのかな。果たしてテントの影から出てきたのはカームだった。思わず顏が赤くなる。
「カーム!?ど、どうしたの?」
「あ⋯⋯いや。たまたまトオラとルリが歩いているのを見て⋯⋯さ」
カームは目を泳がせながら言い訳するように言葉を連ねる。そして気まずそうに頭を下げて「ごめん」と謝った。
「えぇ!?⋯⋯話を聞いてた?」
「あ、いや全然、その⋯⋯聞こえなくて」
「そ、そうなんだ」
「⋯⋯どんな話をしていたの?」
カームの問いかけに私の顔は真赤になる。まさか私がカームのことを好き、だなんて言えるはずがない。『言いたいことがあるなら後悔する前にさっさと言っておけ。ためらうな。突き進め』というトオラの言葉が脳内で聞こえたけれど、まだ心の準備ができてない。
「な、内緒!」
言い捨てるようにして私はカームの前から逃げ出した。そう、逃げ出してしまった。⋯⋯つまるところこの時の私はトオラの言葉をかけらも理解していなかったんだと思う。トオラはトオラでこの戦場から不穏な空気を感じ取っていて、それであんなことを言ったんだと思うから。でもそのことを理解するのはもう少し後のこと。
「い、いってらっしゃい」
「行ってきます」
次の日、私はカームをぎこちない感じで送り出すことになった。昨日のことを思い出して恥ずかしかったから。カームもそんな私の様子を感じ取っていたようで、表情がいつもより暗かった。小さく手を振ってカームを送りだしてから、私はいつものように皿洗いや洗濯に勤しむ。いつも通りの生活。傭兵団の皆を支えるために奔走する日々。それがいつまでも続くと思っていた。
異変が起きたのはお昼を回った頃。私は父やロイさんと一緒に書類の整理をしていた。その時だ。
「なんだ?」
父が書類から顔を上げた。そういえば外が何だかやかましい。
「様子を見てきましょう」
ロイさんが立ち上がり、テントの外に出た。そしすぐさま彼の叫び声が聞こえた。
「ルース!敵襲です!」
「え?」
嘘だ。そう思いたかったけれど、外から激しい剣戟の音なんて聞こえてこない。でも逃げまどう人の悲鳴は聞こえてくる。父の顔が傭兵団を率いる者から、戦う傭兵のそれに変わる。
「ルリはテントの中で隠れていろ!」
「う、うん」
険しい表情の父は地面に寝かせていた大剣を手に取るとテントの外へ飛び出していった。それなりの広さのあるテントだけどいるのは私一人。父の怒号とロイさんの悲鳴。争いの音は次第に遠ざかっていった。不安になってテントの扉を少しだけ開けて、外の様子を伺う。そして私はそうしたことを後悔するのだ。
「嘘⋯⋯」
テントの外はパニックに陥っていた。襲撃者はたった一人。なのにその一人に駐屯地は滅茶苦茶にされていた。テントがいくつも壊され、地面には四肢を欠損させた兵士や傭兵が転がっている。その中には私の知っている人もいて、彼らのもう何も映さない目が空を見上げていた。
その惨状を作りだした襲撃者はやや離れた場所で父と激しく斬り結んでいる。襲撃者は黒ずくめで手に長い剣を持っている。どうやら父はわたしのいるテントから襲撃者を遠ざけたいようで、次第に距離が離れていった。
「ル⋯⋯リさん?」
「ロイさん!?」
近くで声が聞こえた。ロイさんが血を流して倒れている。いや、ロイさんは両手を肩のところから失った状態で倒れていた。彼の周りを血が濡らしていて、私は父の言いつけを無視してテントから飛び出す。
「待っててください!今治癒を⋯⋯」
「駄目、です」
傷を今すぐ塞がないと命が。そう思っての行動をロイさんは制した。⋯⋯分かっている。私の治癒は万能じゃない。私の異能は重症を治せても致命傷は治せない。
「にげ、なさい。あい、手は⋯⋯しにが、み」
「しにが、み?⋯⋯死神!」
戦慄が私の中を突き抜けた。『死神』そう呼ばれる傭兵がいることを私は知っている。いや、傭兵の中でその名前を知らない者はいないだろう。一世代前の傭兵最強が父なら、現在最強の傭兵と言われているのが『死神』と呼ばれる傭兵だ。
曰く、群れることを好まずいつも一人で行動している。曰く、黒い衣を身に纏いたった一人で千の敵すら薙ぎ払う。曰く、気の触れた狂人で話が通じない。そして曰く、敵は女子ども構わず殺す。
「あな、たの⋯⋯し、あ」
ロイさんの体から力が抜けていく。その姿を見て、私はへたりこんでしまった。さっきまで話をしていた人のあまりにあっけない死。それに打ちのめされて体が言うことを聞いてくれない。頭も働いてくれない。どれくらい時間が経ったのか分からない。だけど天の真上に座する太陽が眠りにつき、月に入れ変わろうとしていた。その予兆である夕焼けが空には広がっている。呆然とした私の耳が争う音をとらえた。
「あ⋯⋯」
「ぐあぁ!」
私の隣に飛んできたのは紛れもない父で、だけど左腕の一部が大きな獣に食べられたかのように抉れていた。右手一本で大剣を操る父の目が私を捉える。
「ルリ⋯⋯」
父が私に気を取られたのは一瞬のこと。だけどその一瞬を見逃してくれる『死神』ではなかった。
「ごばっ⋯⋯!」
父の下半身を黒い何かが通り抜けていった。たったそれだけ。たったそれだけで父から下半身が失われた。
「お父さん!」
「ル、リ⋯⋯」
最期に私の名前を呼んで、父は死んだ。死んでしまった。へたりこんだ私は涙を浮かべて『死神』を見上げる。
夕焼けの空に影が射したように『死神』は立っていた。首から下は真っ黒な蠢く闇に覆われていて、わずかに手足の形が分かる程度。闇に覆われた手には同じく真っ黒な剣が握られている。古びた包帯を巻いたから覗くのは淀みきった灰色の瞳と乱雑に切られたボサボサで黒ずんだ青い髪。
どうしてだろう。私はこの『死神』をどこかで見たことがある気がする。『死神』はじっと私を見ている。そこからは何の感情も図りとることができない。
ドクン、ドクン。心臓の音がうるさい。はぁ、はぁ。吸って吐く息がうるさい。『死神』の持つ剣がゆっくりと持ちあがっていく。この剣が私を殺す剣なんだ。魅入られたように私はその剣から目が離せない。
(ああ、こんなことになるならトオラの言う通り、カームに気持ちを伝えておけばよかった)
『死神』の剣が振り下ろされて私の体を真っ二つにするその瞬間。
「ルリ!」
「え?」
『死神』の剣は軌道を変え、背後から迫ってきた戦士の剣と衝突する。
「どう、して」
『死神』と相対する戦士。それは小柄だけどしなやかな体。夜空みたいな髪と澄み切った灰色の瞳がきれいな一人の傭兵。私の想い人、カームが立っていた。
「駄目だよ」
震える声で私は言う。カームの隣にはトオラもアウィスもいない。まるでおとぎ話に出てくる英雄みたいに、たった一人でそこに立っている。だけどカームは英雄じゃない。古びた革鎧を身につけて、よく手入れされているだけの数打ち品の剣を持っただけのまだ幼い傭兵でしかない。『無双の傭兵王』と言われた父ですら勝てなかった相手だ。魔法も異能も使えないカームが勝てるはずがない。
「逃げて⋯⋯」
「嫌だ!」
そう叫んでカームは『死神』に斬りかかっていった。『死神』は私から完全に視線を外してカームに正対する。だけどどこか変だ。『死神』の動きが鈍い。まるでカームと戦うことを躊躇してるみたいだ。だけどそのおかげでカームは『死神』と対等に渡り合っている。
カームはまるで魔法を使っているかのように変幻自在に立ち位置を変えながら『死神』に襲い掛かっている。正面から攻めて、右へ、左へ。背後に回って下から。
それでも。ああ駄目だ。カームの剣は『死神』にまるで通用していない。『死神』の纏う黒い衣がカームの剣を阻む。だからカームは唯一衣の存在しない首から上を狙っているけれど、狙いがばれているせいで当たらない。
やがて『死神』の雰囲気が変わった。躊躇やためらいが消えて、冷徹で黒々としたマグマのような、まさに『死神』というにふさわしい殺気を醸し出す。黒い衣がカームを襲う。衣の端を蛇のように形を変えて、カームの肉体を喰らおうとする。初撃は、カームはかろうじて剣を犠牲にして凌ぐことができた。
カームの剣が刃の根元から消滅した。腹を空かせた蛇の如き黒い衣はカームにナイフを抜く暇さえ与えず攻めたてる。カームも必死に避けているけど、余裕がまるで見えない。中央に立って一歩たりとも動かない『死神』とカームのダンスは終わりを告げる。カームが私の丁度前に来た時、カームが血で足を滑らせた。
「しまっ⋯⋯」
カームの体がよろけて傾く。『死神』の魔の手は容赦なく迫る。このままだとカームが殺される。
私は迷わなかった。へたりこんでいた足に力がわく。立ち上がって、立ち上がった勢いで彼を横に押し飛ばした。
「ルリ?」
カームが目を見開いているのが見えた。良かった。これでカームが死なずに済む。カームがいた位置に私がいる。そこには『死神』の生み出した蛇が迫っている。
「ルリ!!」
何の解決になっていないことは分かっている。一時凌ぎだってことも、彼の寿命がほんの少し伸びただけだってことも分かってる。だけど。
「良かった」
私の体を真っ黒な死が突き抜けていった。
全身から力が抜けていく。衝撃。倒れ込んだ私は欠落を感じた。
「ああ⋯⋯」
右腕がない。わき腹も。真っ黒な死に喰い散らかされたんだ。血がとめどなく溢れて止まらない。寒い。力が抜けて、意識が遠のいていく。
暗い視界で私はカームを探した。カームは涙を流して私を抱き上げようとして、だけど怪我の具合を見て断念したみたい。
駄目だよ。まだ後ろには『死神』がいるんだよ。戦って。逃げて。お願い。
「カー、ム」
唇から出てきたのはそんな力ない呼び声。カームは唇をかみしめて、私に向けた目線を切って、それから憎悪をこめた表情で『死神』をにらんだ。
「お前はぁぁぁ!」
私が作ったほんの少しの猶予時間。その時間でカームはナイフを抜いた。虹色に輝くきれいなナイフ。それを見た『死神』の瞳が大きく開かれた。衣の動きが止まる。
「死ねっ!」
自失する『死神』にカームはナイフを振り上げた。反射のように『死神』の衣が蠢く。
「いや⋯⋯」
声が裏返った。カームのナイフは覆う衣を裂いて『死神』の胸を浅く切り裂く。だけど『死神』の衣がカームの体の真ん中を貫いていた。
「ありえない⋯⋯」
しゃがれた『死神』の声。彼の手は震えていた。その震える手で頭を強く押さえつける。
「カーム⋯⋯?」
『死神』はそうつぶやいてどこかへ走り去ってしまった。だけどそんなことどうでもいい。私は地面に倒れるカームに残っている左手を伸ばす。
「死なせない」
コプリと口から血があふれた。そんなことどうでもいい。
「カーム」
私はカームの右手を強く握りしめた。カームの体に空いた大穴から大量の血が流れだして地面に染み込む。そんなことどうでもいい。
「カーム」
カームの手を強く、強く握りしめて私は治癒の異能を使う。私の異能は重症を治すことができても致命傷は治せない。でも。
「カーム」
そんなことどうでもいい。
お願いだから。誰でもいい。神様。カームを救って。私の命をあげるから。魂の全てをあげるから。もうすぐ死んじゃう私の全てをあげるから。だから。
「カームを、助けて!」
私の手からまぶしいくらいの光があふれた。意識が途切れる。
「⋯⋯リ!ル⋯⋯!ルリ!」
「よ⋯⋯かっ、た」
うっすらと目を開ける。そこにいたのは涙でぐしゃぐしゃのカームの姿。空はどこまでも綺麗な色をした夜空になっている。月が夜空のてっぺんで私達を照らして、その周りから星々も見守ってくれている。
おろおろと目をカームに向けると、彼の傷は完全に塞がっていた。奇跡が起きたんだ。カームは生きている。そのことがどうしようもなく、嬉しい。
「ルリ⋯⋯」
「わら⋯⋯て。カー⋯⋯ム」
カームに涙は似合わない。カームには笑っていて欲しい。そう伝えたいけれど、もう口を動かすことも辛い。
「どうして、僕のことを!ルリが!ルリが助かれば⋯⋯」
そんなことないよって言いたい。その代わりに私はゆっくりと首を振る。
「き、いて?」
「ル、リ?」
「わた⋯⋯しね。じつは、ず、と。かーむのこと」
好き。それは言葉にできなかった。息の代わりに血が出てきたから。だけど想いは伝わったはず。この想いは届いてくれたはず。カームは涙でくしゃくしゃの顔で一杯の驚きを作る。カームは震える口を開いた。
「ぼ、僕も」
え?
「僕も、ずっと君のことが、ルリのことが⋯⋯」
好き。カームの口から生まれた言葉が私の胸に染み込む。じんわりと実感がわいてくる。嘘みたいだ。嬉しいな。こんなに幸せでいいのかな。
愛する人の胸の中で死ねる。きっとこんなに幸せなことはないよね。だけど。悲しい。カームは捨てることのできない人だ。だからカームは私のことを捨ててはくれない。一生背負ってしまう。そのことが幸せで辛い。
カームのことが好きだから。想いは通じ合っていたのだから。もう、いいの。私はここまでだから。カームには前を向いて進んでほしい。でもそれを伝える時間はない。
「かーむ」
だから。
「何?」
「いき⋯⋯て、ね」
これだけ。いつか言っていたみたいに、生きて、生きて、生き抜いて。そして素敵な人を見つけて。そうしてくれれば満足だから。私は幸せだから。だからカームも幸せになって。「ただいま」のいらない「いってらっしゃい」を私は言うんだ。
世界が遠のいていく。
真っ暗な世界に私は一人立っている。もうすぐ死んじゃうんだ。でも幸せだからいいか。最期に思ったのは『死神』のこと。どうして『死神』はあのナイフを見て動揺したんだろう。どうして『死神』はカームの名前を知っていたんだろう。
⋯⋯ああ、そうか。そういうこと。私は全てを理解した。『死神』に感じた既視感も氷解する。でも、だとするとカームは。
最期にそう思って、私の意識は溶けて消えた。
夜の冷たい世界にカームは一人座り込んでいた。胸に抱くのは愛した人の亡骸。想いはとっくの昔に通じていて、だけどそれを知った時にはもう全てが遅かった。
カームはおろおろと顔を上に向ける。そこには輝く月の姿があった。かつてカームはルリの笑顔を月明かりのようだと思った。優しくて、柔らかで温かい。
なのに今はどうだろう。月明かりは何て冷たい。一陣の風がふいて、ルリに残ったわずかな温もりすら奪い去ってしまう。
「あぁ⋯⋯」
なんて寒い。なんて暗い。なんて。
「重い」
月は無慈悲にカームを照らす。カームは冷たい月灯りの下で大きく口を開き絶叫した。喉が涸れ、血が出るほどにカームは叫んだ。叫んで、泣いて、哭いて。涙は果てて声も消える。それでもカームは叫び続ける。叫ぶように慟哭した。
月明かりを見上げながら、決して捨てることのできない重荷に縛りつけられて、カームは冷たく、暗い世界の中で己の無力を嘆き続けた。
月に嘆いて 終わり
というわけでビターな終わり方でした。戦争をしているのだから、仲間が一人も死なないのはおかしいと思うのです。それこそ味方全員が不死身のチート能力でも持っていない限りは。
次回は第3部の前日譚みたいなお話です。よかったら見てね。⋯⋯読んでくれている人はいるのだろうか。