太陽と笑って 幕間(2/2)
炎。俺の異能は発火能力だ。けれどそれがずっと不思議だった。どうして俺の異能は発火なのか。この能力そのものに不満があるわけではない。強力で使い勝手のいい力だ。不思議なのはどうして俺がこの異能を持っているのかということ。
生まれついて持った異能はその人間の本質を表すという。ならばアルが俺の本質として炎を見るのは不思議ではない。しかし俺という人間の本質と炎は遠くかけ離れたもののように思えてならないのだ。
机に置かれたグラスを傾ける。鼻孔をつくさわやかな香りが俺の渦巻く思いを溶かしていく。だが溶けた先からまた名状しがたい思いは湧いて出てくる。
「決して大きくはない。揺らぎ、ふとした時には消えてしまいそうな炎。だけどその火はとても熱い。触れるものを全て焼き尽くしてしまいそうなくらい、あるいは君自身を焼き尽くしてしまいそうなくらいにその火は小さなくせに熱いんだ」
「⋯⋯それはどういうことだ?」
「さてね。本質が炎みたいな人には会ったことがある。えらく情熱的な人だったよ。よく笑い、よく泣き、よく怒る。それこそ炎みたいにすぐ感情の形を変えてしまう。彼の周りにいた人は皆彼に振り回されながらも楽しそうにしていたよ。何せ炎は周りにいる人を温めることができるからね」
「俺もそうだと?」
「いや、君は今揺らいでいるし、君の上辺は周りを笑顔にするんだろう。けれど君自身の本音、感情は冷めている。ああ、そう考えると君の上辺は君の本質とよく似ているね。周囲に熱を灯し、心を温める」
なるほど確かにアルの言う通りだ。この女が体ではなく、言葉を売り物にしている理由が分かった。見透かされるのは恐ろしいが、それ以上に長年の疑問が氷解していくのは悪くない気持ちだ。アルの語りは朗々としていて聞いていると心地いい。
「俺は揺らいでいる、か」
「そうだよ。僕の異能では君の記憶までは読めないから分からないけど、何かあったのかい?ここは一夜の夢の中。全てを話してみる気はないかい?」
少しの迷いの後、俺はアルにカームのこと、ルリのこと、そしてソウラのことを話すことにした。話すことに決めた自分への驚きはある。けれどアルになら話してしまってもいいと思える自分がいるのも確かだ。
それはきっとアルが娼婦として体を売らないと聞いたからだ。俺は誰かと肌を重ねるのが怖い。誰かと密着するのが恐ろしい。そんな衝動が幼い頃から俺の中に存在している。俺はいるだけで周囲に女を集めるから。そんな女たちは俺と肌を重ねたがる。そのことに嫌悪感を覚えるのだ。例外は幼い頃から一緒にいたルリやアウィスと言った古参の傭兵たちだけ。
だがアルからはそうした厭らしさがない。肉欲を誘う仕草をするくせに、肉欲がこの女からは感じられない。そしてそんな仕草に何も感じない俺自身に安堵する。上辺と本音がちゃんと違う自分に安堵する。
カームや妹分で、非業の死をとげたルリの話はとても素面では話せそうにない。話していくうちに杯は進む。それに合わせるようにアルもグラスを傾けた。アルは聞き上手で話しにくいところは聞かず、言葉に詰まるとそれとなく話題を変えてくれる。
俺とルリとカーム、ソウラの長い長い話を聞き終えてから、酔ってすっかり赤くなった顔でアルは言った。
「君は一度カームと話をしてみるべきだよ。君は自分の中で勝手に色々想像して、悪いようにしか考えないようになっちゃってるんだ。それでいきなり現れたソウラにカームを奪われたみたいで腹が立ってる。だからさ、大事な仲間で、友人で、弟分のカームと腹を割って話すといい。まずはそこからだよ。それでカームの中に君の居場所があることを確認するといい」
その言葉を酔って朦朧とした意識の中で俺は聞いていた。コクリ、と俺はうなずいたと思う。アルのクスリと笑う声が聞こえて、俺は意識を失った。
目が覚めると朝になっていて、昨日のことがそれこそ夢だったかのようにアルはいなくなっていた。だが財布の金は減っておらず、店主に聞けば昨夜アルが酒代を払っていったそうだ。アルは体ではなく、言葉で一夜の夢を売る女。だというのに泥酔していた俺から花代どころか酒代も取らなかったアルと言う女に、俺は首をかしげることになった。
だがアルから最後に聞いた助言は覚えている。二日酔いでズキズキと痛む頭を押さえ、珍しく朝帰りした俺をからかう傭兵たちに上辺で接しながら、俺は一人剣を振るカームの元へたどり着いた。
剣を無心に振るカームの表情は真剣そのものだ。立ち直り、ソウラという恋人を得た後もカームは暇さえあればこうして剣を振っていた。最近はいつもソウラと剣を振っているが、今日ソウラはいないらしい。
「カーム。ちょっといいか?」
カームにすんなりと声をかけることができたのは、アルにひとしきり話して気持ちを整理できていたからだろう。カームは手を止めて俺の方を向く。
「どうしたの?トオラ」
風にふかれてカームの青い髪がフワリと揺れた。元は夜空のような色だったカームの髪はルリの死で白になり、ソウラと出会って青に染まった。毛先はまだ白いままだが、数か月もすれば青空のような色になるだろう。
「ちょっと散歩しないか?話したいことがあるんだ」
「珍しいね。トオラがこうして僕を誘うなんて」
「そうだな。ソウラがいつも隣にいるから声がかけにくいんだ」
かつてはカームにも上辺を装っていたが、今はもうやめている。以前とはまるで違う俺の態度に始めカームはびっくりしていたが、すでに慣れたようだ。
「はは。トオラはソウラが苦手みたいだからね」
「まあな」
なにせ、傭兵団で誰よりも付き合いが長くて深い俺やアウィスができなかったことをやってのけてしまった女だ。腕っぷしでも敵わないし、もしかしたらカームへの想いも⋯⋯。
「ソウラは最近よく町中をふらついているよ。仲のいい友達でもできたんじゃないかな」
「あれと仲良くできる友人か。想像がつかないな」
ソウラは我が強い上に戦うことにしか興味がない。誰に対しても自分を貫く彼女と対等な友人関係を結ぶのは骨が折れそうだ。
「うん。でも楽しそうに部屋を出て行くから気があったんじゃないかな」
「⋯⋯そうか。なぁ、カーム」
「何?」
「カームはソウラのことをどう思っているんだ?お前はずっとルリのことを⋯⋯」
ずっと気になっていたこと。分からなかったこと。聞けなかったこと。ルリを失いカームは壊れた。今こそ立ち直っているが、カームにとってルリは大切な人だったはずだ。そしてルリにとってもカームはかけがえのない人で、そして俺はルリの最期に立ち会っていない。
俺にとってルリは大事な妹分だった。そこに異性へ向ける情はなかったが、今も昔も俺にとって最も大事な女性はルリだった。
「うん。僕はずっとルリのことが好きだった。ルリも僕のことが好きだったってわかったのは、本当に最期の最期だったけどさ。想いが通じ合っていたことは嬉しくて、だけどその嬉しさが僕の心を苦しめる。鋭い刃になって僕の心をずたずたにした。こんな思いはもう二度と嫌で、だから皆を遠ざけた。失うのが嫌で全てを捨てて剣を振った。馬鹿みたいな異能を身につけて、敵を殺して強くなった」
朝の町の喧騒の中でカームは自分の想いを吐露する。そこにもう迷いや揺らぎはない。ああそうか。カームとルリは最期に想いを通じ合わせることができたのか。あの日の前日。俺はルリに後悔しないように想いは伝えておけと言った。戦場でのきな臭さを感じての言葉だったが、あの言葉が意味のあるものだったかは分からない。けれど俺は後悔していた。あの言葉がルリやカームのその後を壊してしまったのではないかと、余計なことをしてしまったのではないかという想いは消えず、俺をずっと苛んでいた。
「だからソウラには感謝してるんだ。彼女をどう思っているのかと聞かれれば恩人だと答えるよ。関係はと聞かれれば恋人だと答える。でも僕のソウラに対する感情は感謝が強くて、彼女のことを一人の女性として見ることが難しいんだ。⋯⋯僕はルリのことが好きだった。その自分は忘れない。一生抱えて生きる。けれどソウラはその荷物を分け合おうと言ってくれた。だから僕はソウラと手をつないで生きていきたいと思える。僕の重荷を分けたいと思えるほどにはソウラのことが大事。ごめん、考えがいまいちまとまっていないんだ」
「いや、いいさ。カームの想いは伝わったよ」
そうか。カームは本当に大事な人を見つけたのか。ルリを失い、月のない夜にいたカームは強い光を見つけた。
(なら俺がいなくてもカームはだいじょうぶだ)
いや、もともとカームに俺なんか必要なかった。カームは俺よりもずっと強い奴だ。
「トオラ?」
「ああ、何でもない。しかしこの町は活気があるな」
話を変えるように周囲を見渡す。目抜き通りには露店が立ち並び、値段を交渉する人であふれている。喜怒哀楽。様々な感情が渦巻くこの通りをアルが見たらどう思うだろうか。そう、あの銀髪の⋯⋯。
「ん?」
目を疑った。しかし目をこすってみても目の前の光景は変わらない。長い銀髪を後ろで一つ結びにし、黒いドレスの代わりに粗末な町娘の服装をしているが間違いない。アルは露店で果物を買っていた。
俺の視線に気づいたのか、アルと俺の目が合い、アルが目を丸くする。彼女が驚いた顔は初めて見たので、胸のすく思いがした。だがすぐにムラムラと怒りがわいてくる。速足でアルの前に立つ。
「うわぁ。まさかこんなところで出会うとは⋯⋯」
アルはなぜかバツの悪そうな顔をしている。無念、というか残念という感じだろうか。
「何か問題でもあるのか?」
「いやいや、夜に夢を売る女が朝から果物買ってるなんてそれこそ夢がない。ロマンがない。夢売女失格だよ⋯⋯」
およよとアルはわざとらしく泣き崩れる。だがすぐケロリとして首をかしげた。
「ところでどうしてそんなに怒ってるの?」
俺は無言でアルの手の平に金貨を押し付けた。アルは手の平の金貨を眺めて「ああ」とつぶやいた。
「仕事には対価が必要だろうが」
「なるほど⋯⋯でもなぁ。参ったねこりゃ」
アルはひとしきりあーだこーだ言った後、酒代だけを受け取って残りの金は几帳面に過不足なく返した。
「どういうつもりだ?」
「花代はいらないってことだよ。申し訳ないけど深くはつっこまないでくれると嬉しいかな。僕にも色々あるんだ。仕事には対価が必要。だけど僕は対価を受け取ってるからなぁ。うん。色々聞きたいことがあるとは思うから、明日になったら話すよ。大丈夫、君の不利になることはなにもない。神様に誓うよ」
アルは口を挟めないほど流暢に話す。何かをごまかそうとしていることは丸わかりだ。
「おい⋯⋯」
「ねぇトオラ。この人は誰?」
問い詰めようとした俺をやんわりと止めたのはカームだ。アルはカームに目を向け、「ありゃま」と言った。
「ほう。君が彼女の⋯⋯。なるほど納得。『水晶でできた大空』と『果てまで歩く賢者』。彼女の隣に立つにふさわしい人だね」
「あの⋯⋯」
「ああ、ごめんね。初めまして僕はアルカントゥーム。アルと呼んでほしい。そうだな⋯⋯そこにいる名乗りもせず、実は今初めて名前を知ったトオラの⋯⋯なんだろう。友人?だよ」
俺は客ではないのか?
「そうですか。僕はカームと言います。トオラがお世話になってる?のかな」
「どうだろう。僕もトオラとは昨日飲んでいたんだけどさ。なぁ~んにも話してくれないの。無言で僕の顔をジロジロ見ながら飲むばっかりで。嫌だよねぇ。むっつりスケベ」
「おい!」
冤罪だ!そう叫ぼうとしたが、すぐにアルの意図に気づいた。一夜の夢。ならば夢のことは夢の時間だけで。あえて冗談めかすことでこれ以上の言及を避けるつもりなのだ。
「というわけで、カーム君このむっつりスケベちょっと貸してもらってもいい?」
「ど、どうぞ⋯⋯」
勢いに押されてカームの了承を得たアルは俺の手を掴んでこっちに来いと裏路地へ誘う。人肌に触れるのは怖い。しかし触れたアルの手からは嫌な感じはしなかった。
「お前な⋯⋯」
「まあまあ落ち着いて。ほら。リンゴ食べなよ」
そう言ってアルは俺の口にリンゴをねじ込む。口をもごもごさせる俺にアルはケラケラと笑った。
「もがが!もごもがががが!」
「そう怒らないで。明日の昼頃またここにきて。そしたら全部話すからさ、ね?」
服装は違ってもアルはアルだ。きれいなウインクをして彼女は路地の奥へと消えていった。
翌日、俺は気になって昼よりも少し早い時間に昨日訪れた路地裏に足を運んだ。そしてそこで目にしたものに目を丸くする。
「てめっごぼぉ!」
「はいはい。うるさい雑魚は黙ってあたしにやられてなさいな」
「ソウラ本当に強かったんだね」
「当たり前よ。ってあら?トオラじゃないの」
路地裏に転がるごろつきたち。死んではいないが顔面を殴打され、気を失っている。その光景を引き出したのは鞘に収まったままの双刀を操る美貌の剣士。カームの恋人ソウラだ。
路地の中央にいるのはソウラとその後ろに隠れているアル。ごろつきは皆倒れ、彼女らと向かい合うように娼婦と思わしき女が数名。娼婦は怯えたようにソウラを見ている。そのうちの一人が俺の姿をとらえて目を輝かせる。
「助けて!襲われているの!」
女はそう言って俺の腕に抱き着く。胸や腰をこすりつけ、俺の手を自身の陰部へと誘う。婀娜っぽい視線で俺を見つめる。
鳥肌が立った。
「放せ」
「へっ?」
湧き上がる嫌悪感と吐き気。女ごと掴まれた腕を目一杯振り払う。振り払われた女は絨毯のように広がるごろつきの上に墜落して、蛙みたいな汚い声を上げた。
「俺に触れるな」
怒気をあらわにする俺を見て、他の娼婦たちは腹の底から怯えが走ったのか、ほうほうの体で散って行った。ソウラの呆れ顔とアルのびっくり顔が目に入る。
「ソウラ。アル。何があったのか説明しろ」
怒りを隠さぬまま言うと、ソウラとアルはそろって肩をすくめて話し始めた。
「⋯⋯つまり、アルのやり方が気に入らないっていう娼婦に目をつけられて困っていたところに俺らとソウラが町にやってきたと」
「そうそう。前から折り合いは悪かったんだけどね。向こうの頭やってる人の男を取っちゃったみたいでさ。それで決定的に。しばらく逃げ回ってたところにソウラに会ってね」
「ええ。追い詰められてたみたいだったから声をかけたのよ。それからの付き合い」
それが俺とアルが出会った日の昼のことだったらしい。ソウラと意気投合(することがすごいとは思うが)したアルは気が楽になって夢売女として久しぶりに酒場を回っていた。そこで俺を見かけたらしい。
「次の日に変な奴がいた~ってソウラに話したら、その男はうちの副団長かもってことになってね。君くらい顔のいい男はそういないから。間違ってはなかったね」
「それで助けるついでにアルに頼んだのよ。最近トオラの様子がおかしいみたいだから話を聞いてくれないかって」
ソウラも戦いにしか興味がないようで、意外と人のことを見ている。
「まぁ君が次の日もあの酒場に来るかどうかは分からなかったけれどね。来てくれてよかったよ」
「そういうことか」
俺から花代を受け取らなかったのはソウラからお代をもらっていたからで、俺のことを知っていたのはソウラから聞いていたからだ。以前言っていた傭兵団の知り合いというのはソウラのことだったのだ。そのことに俺は気づかぬうちに安堵のため息をこぼした。
「それにしてもさっきのトオラはすごかったね。そんなに嫌だった?」
「吐き気がする」
腕を振ってさっきの感覚を消そうとするが、生ぬるい肌の感覚は中々消えてくれない。
「ふぅん。ん?それってもしかして誰かに触れられること自体が嫌なの?」
「そうだな」
「なら手を握ったりするのもまずい?」
「親しくない奴ならゾッとする」
「あー。昨日僕君の手を握っちゃったけど、嫌じゃなかった?」
あの時は君の方を見てなかったからと、アルは本当に申し訳なさそうにしている。そんなアルに俺は首を振った。
「嫌じゃなかった」
「ほえ?」
「お前の手はどうしてか分からないが嫌じゃなかった。⋯⋯なあアルカントゥーム、お前はこれからどうするつもりだ?」
「どうするって⋯⋯そうだなぁ。さすがにもうここにはいられないだろうから、他の町に行こうかな」
「なら俺のところに来ないか?」
「はい?」
俺は何を言っているのだろう。そう思う気持ちもある。だが言葉は自然と口から出てきた。
「行くあてがないならうちの傭兵団にくればいい。幸いというか、人手はいつでも足りてない。後方支援の女はな。だから⋯⋯」
「なら」
アルはすっとたたずまいを直して、少年のような笑顔で言った。
「これからよろしくお願いします。トオラ」
その決断の早さに俺はポカンとする。ソウラの笑いをこらえる様子が視界の端に映った。
次回は最終章的な感じです。第5章は後日談っぽい感じなので。
よかったら見て下さい。




