投げキャラVSドラゴン 『コマミス』
「ぐおわっ!」
胸元を食いちぎられて地に落ちるロザリオマスク。どうやら奪われたのは大半が衣服ではあるが、これは当然無傷とはいかず、胸からだくだくと血を流している。
休む間もなく、今度はレスラーの起き上がりに火の玉が飛んでくる! 火竜が口をすぼめて吐いたのは、この地を焼いた業火とは違い、砲弾のような火球であった。
とっさに全身で十字を描いて、クリスチャンラリアットの姿勢を取るロザリオマスク。だが、火球を前にして繰り出されたのは、一発のストレートパンチであった。
パンチで炎が消せるはずもなく、胴体無敵もあるわけがなく、ロザリオマスクは火球を食らって燃え上がる。
「くそっ、コマンドミスだ……!! 同時押しは案外と難しいからな……」
「火を! 急いで火を消してください!」
心配するシスター・コインの声を受けながら、ロザリオマスクは地面にゴロゴロと転がって、その身の炎を鎮火する。
「コマンドミス」なる理解不能の謎の言葉を口にしているのは、ダメージで意識が混濁しているのか、それとも?
真実を突き止める時間は、今はない。火を消して起き上がるレスラーに対し、竜の火球が再び放たれたのだ。
とりあえずガードでしのぐが、衣服をかじられてあらわになった肌は、これを防ぐたびに火傷が増えていく。ガードの上からゴリゴリと体力を削られているのだ。
「なるほど、この火球はゲージを使わない必殺技ということか……。超必殺技だけでなく、飛び道具、対空技、どっちも揃えてるとはやりやがるな、このドラゴンめ」
戦況は明らかに火竜優位。元より体格差を見ればキャラ差8:2は付くであろう両名である。
不利は体格差だけではない。ドラゴンが口をすぼめて撃ってくる火の玉が、遠距離攻撃を持たないレスラーに対してあまりに相性が悪すぎるのは、シスター・コインの目にも明白であった。
クリスチャンラリアットで飛び道具を抜けたとしても、左右に動いて近づける距離は微々たるもの。むしろ無駄にスキを晒して、長い竜の尾で反撃をもらうのは必至だろう。
せめてもう一歩、軽やかにステップでも踏み出せれば良いのだが。
当然のように火竜は更にもう一発、まるでシャボン玉を作って飛ばすかのように、気軽に火の玉を撃ってくる。
だがしかし臆することなく大男は、はちきれんばかりに筋肉が詰まった神父服の胸元を、でかい平手でバチン! と叩いてみせる。
これは彼特有の、自信を示すアピールではなかった。
ロザリオマスクはその時まるで、火の玉にぶつかりに行くかのように、ガードを解き、上半身を全面に押し出していた。
一歩踏み込んだ体重移動と同時に、両の手のひらで胸元をバチンと、力強く叩いたのである。
するとその衝撃で、火の玉が掻き消えた!
「ドラミングステップ!!」
* * *
俺の体格やパワー・レスリングっぷりを指して、「キングコング」だの「ゴリラに育てられた男」だの書きたてるマスコミは、後を絶たなかった。
そうした噂を逆手に取り、ファンサービスという側面もあって生み出されたのがこの技。第四の必殺技である、ドラミングステップだ。
「俺に任せろ」というアピールと、踏み込み攻撃を組み合わせたこの技は、プロレスの舞台ではあまり使うタイミングはなかったのだが、ストリートファイトにて真価を発揮した!
離れた場所から気功で攻撃してくるやつや、火を噴く大道芸人まがいが、リングを離れれば世界中にいるのである。
スキも大きく、ここぞという場面でしか狙えない奇襲技だが、初見の相手には実に有効だ。
これで間合いを詰められた時のドラゴンの顔と言ったら、ゴリラに睨まれたカエル同然!
――ロザリオマスク(談)
* * *
手の内は極力明かさず、決着寸前までとっておくもの。火球に追いつめられたふりをして、ロザリオマスクはこの第四の必殺技を使う機会を、虎視眈々と狙っていた。
優位に立って余裕を感じ始めたドラゴンの吐いた火の玉を、大男がステップしながらのドラミングで打ち消して、近づいてきたのである。
そう、それがそれこそが、ドラミングステップ。
何が起こったのか、火竜には理解し難かった。シスター・コインも同様である。
だが、この女神官にはわかっていることもある。これはロザリオマスクの逆転の一手であり、そのステップで詰めた間合いが、いかに重要なものであるのか。
ドラミングで火の玉を消して前方へ移動し、立ちポーズに移行したレスラー。飛び道具で間合いを保っていたのに、ぐっと大男に近づかれたドラゴン。
懐に入ったと言うには、まだ遠い。両者の間には、人一人分以上の距離が未だあった。たとえ長身のレスラーと言えども、手を伸ばして投げ技が届くような距離ではないのだ。
ところがこの間合いを無視してロザリオマスクなら、つかむ!
スクリュー・プリースト・ドライバーが届く距離まで、この男はドラミングステップで近づいている。敵は大きくリーチが長いが、それ故に近づいて尻尾をつかんでしまうことも、容易である。
いや、常識的に考えればこの体格差、容易につかめるわけなど無いのだが。ロザリオマスクの常識は違うということを、シスターも既に理解していた!
「くらえ! ファイヤー・ドラゴン・バスター!!」
覆面神父が叫んだ技名は、今まで聞いたことのないものだった。しかしなんと雄々しく、頼もしく、この場に相応しき技名であろう。
きっと千載一遇の好機に向けて隠しておいた、奥の手なのではないか。シスターはそう期待の目を向ける。いざ戦い、決着の時!
ところがロザリオマスクは、どういうことかドラゴンをつかまなかった。
例の驚異的な跳躍力で、竜の顔に届くようなジャンピングボディプレスをぶちかまし、厚い胸板で竜の背に一撃、わずかにダメージを与えるのみだった。
「えっ……?」
「なんたることだ、また……! コマンドミス……!」
「えっ。……えっ?」
シスター・コインの最初の「えっ」は、「どうしてロザリオマスクは投げでなくジャンプ攻撃をしたんだろう」の意味であり、その後の「えっ」は「だからコマンドミスって何?」の意味であった。
ともあれ、ドラゴンに一撃加えることには成功した。そのダメージは微々たるものだが、炎の息を生身で受けきり、尻尾の一撃でもノーダメージ、噛まれようが燃やされようが立ち向かってきてドラミングで火を消し、間合いを詰めたらボディプレスで飛びかかって、一撃加えたのだ。
火竜は身構えた。この男、只者ではない!
小刻みに爪を振るって追い払おうとするが、これも上下ガードでことごとく防がれてしまう。
なにせこの大きさのドラゴンが放つ爪である。指の一本が人の腕一本に相当するようなサイズで切りかかってくるのだから、小刻みも何も、本来なら即死レベルの攻撃だ。
しかしロザリオマスクはガードで無傷で受けてしまうのだ。なぜならこれが通常攻撃だからである。
ドラゴンは対処法を考える……。しかし、わからない! 慎重に爪を繰り出してみる以外に、方法が浮かばなかった。
「ヘイ、シスター!」
「は、はい! なんでしょうロザリオマスク!」
爪をガードする防戦を強いられて、またも徐々に火竜との距離を離されているロザリオマスクが、シスター・コインに提案をする。
「まずは一旦この場を離れ、態勢を整えよう」
「へ? え、ええええ!?」
ドラゴンの攻撃の合間にガードを解き、ささっとロザリオマスクはシスターのそばに駆け寄り、これをつかむ。さすがの吸い込み間合いであった。
片腕で娘の体を抱き、そのままぴょんぴょんとジャンプしてドラゴンから離れる姿は、本格的にキングコング風だ。
「えっ、あの? あの?? な、なんで跳んで……!? あの???」
「ジャンプして移動するほうが歩いて移動するよりも早いからだ!」
シスター・コインを抱えたまま、ロザリオマスクは燃える茂みの方へと逃げ去っていく。
火竜はその後姿に忌々しげに火球を放ったが、届く寸前に弾けて消えた。