投げキャラVSドラゴン 『ゲージが必要』
歴戦の空手家、美脚の女戦士、職業軍人、野生児、怪しげな妖術使い、スモウレスラー、など、など、など……。
レスリングを遠く離れたストリートファイトという局面で、俺も様々な強者と戦ってきた。
俺に言わせれば、彼らも全員、異世界の化け物のようなファイターだった!
ドラゴンが相手とて、臆することはない。見知らぬ強者と俺は幾度も戦い、そして投げてきたのだから。
――ロザリオマスク(談)
* * *
翼をバサリとはためかせ、頭上に現れた一匹の火竜。
巨大な体は陽の光を隠し、戦士と神官に影を落とすも、新たな光源を眼下にまざまざと見せつけてもくる。それはたゆたう炎であった。
顎も裂けよと天地に開いた口中より、破壊の音を轟かせながら、渦巻く炎が解き放たれようとしているのだ。
既に一度この地を焼き、聖貨を収めた祠を消し炭と変えたあの、炎の息の再来である。
逃げる間もなければ、立ち向かう間もない。
禍々しい輝きとともにドラゴンの口から放たれたそれは、火球ではなくむしろ柱。火の津波と言ったほうがより近い。
この魔物は火炎ではなく、火災を吐いているのだ。
かくして視界一面を火の海で覆い尽くされたロザリオマスク。さあ果たして、これをどう受けるか?
クリスチャンラリアットを出せばこの男、数回転の間は胴体無敵である。頭上からの炎とは言え、胴回りだけでも無傷で済むなら、まずはこれにて一命を取り留めるかもしれない。
では、シスター・コインは何とする?
ロザリオマスクにとっての彼女はまさしく画面端であると、先程も述べたとおりである。レスラーが抜けた炎は、背後で見守るか弱き乙女を、骨と化すまで焼くだろう。
ギャラリーがいたほうが燃えるタイプだとビッグマウスをかましてはみたが、このままではギャラリーの方が燃え上がってしまう。
ならば、ガードだ! と答えを出した時には、ドラゴンの炎の息はもう、覆面の目と鼻の先にまで迫っている。
いいや、だが待て。巨漢のロザリオマスクの全身を包み込むほどの大きさで、炎は迫ってきている。足元だって焼かれるのは明白だ。もしや下段にも攻撃判定があったらどうする、ならばここはしゃがみガードだ!
いいや、待て待て。ドラゴンは空中から炎を撃っている。ジャンプ攻撃がしゃがみガードで防げないのは、彼の世界の常識だ。だったら立ちガードするべきなのか?
そもそも、第一だ。これほどの炎をガードできるのか?
スライム戦にて、この世界のガード不能攻撃も体験したばかりである。炎の壁は常識で考えて、ガードで防げるような代物ではない。
「だが、ガードだ!!」
両手を眼前でクロスし、シスター・コインをかばうような形で、ロザリオマスクは炎の息に立ちふさがった。
立ったりしゃがんだりガードポーズをしたり解いたり。その行動と瞬時の判断は、一秒間を六十分割した時間内での、とっさの対応である。
やがて炎が、周囲をすべて焼き尽くす――。
「……えっ……? 無事……なの、わたし……?」
シスターがゆっくりと目を開けると、ドラゴンが炎を吐ききったその後には、改めて燃やし尽くされた一面の焼け野原。
なのに傷一つ受けていない自分の姿。
そして、シスターの前にガードポーズで立ち続ける、黒衣の巨漢!
「ロザリオマスク!」
「怪我はないかね……シスター・コイン」
「わたしは平気ですが、あなたは全身真っ黒じゃないですか……! 無事、ですか……?」
「おう! 元より神父の服は黒いものだ!」
衣服の煤を払いながら、ロザリオマスクは笑う。
「どうなることかと思ったが、経験値が物を言ったな。対戦経験が豊富であると、攻撃モーションなどでその攻撃がガードできるか否か、上ガードなのか下ガードなのか、だいたいわかるものなのだ」
「でも、完全に無傷というわけでは、無いようですね……」
ロザリオマスクの拳に浮かんだ火ぶくれを見て、シスター・コインは心配そうに言う。
「ああ。やはりこの炎は必殺技のようだな。ガードの上からでも体力を削ってくる。しかも5回もだ!」
「回数がどれほど重要なのかは、わたしにはわかりませんが……」
「なあに、大したことはないさ。この程度の地獄の業火、インドの妖術使いで経験済みだ。そして、重要な事がひとつ!」
いまだ彼らの頭上で羽ばたいているドラゴンに指を向け、レスラーは高々と宣言をしてみせる。
「我々が悠長に話している間も、次の炎を撃たず、こちらの様子をうかがっている。光とともに放たれる5回ガードの極大炎撃。これはつまり、ゲージが必要な超必殺技と見た!」
「ゲージ……? ドラゴンにそんな特性ありましたっけ……」
首を傾げながらシスター・コインは、スライムの詳細を調べたときのあの書物をまた開き、ドラゴンについて探り始めた。
「炎の息は体内に炎を貯める必要があるので連発が出来ない……とは書かれていますね。でもゲージって何だろう……?」
そんなシスターに対してロザリオマスクは、読者諸氏も予想外のことを言う!
「シスター・コイン。メイスを貸してくれ」
「えっ?」
「君はメイスを持っていると言っていたな。貸してくれ」
「あ、は、はい! どうぞお使いください!」
非力な女性が振るうための小振りなメイスは、この世界の戦士が通常扱うものに比べて、一回りも二回りも小さい。
ロザリオマスクがそれを片手に握ると、戦闘用の鈍器というよりは日曜大工のハンマーのようでもあり、凶器攻撃用の隠し武器にも見える。
そんなメイスを、覆面レスラーは自らの口元に持っていく。
「おいコラ、ドラゴン!! お前やる気あるのか! 何をいつまでも空飛んでんだ! ああ!? これじゃこっちの攻撃が届かんだろうが!!」
ドラゴンに向かっての抗議をメイスを通して行う、メイスパフォーマンスの開始であった。
「こちとらペットショップ見物に来てんじゃねんだぞ! 降りてこい!! 投げられるのが怖いのかコラ!! 炎の大地をお前の血で染めてやろうか!?」
「あの、ロザリオマスク? そのメイスは祝福されているので特別なメイスではありますが、声を大きくするような効果はなくってですね」
「わかっている! だがこうしないと、なんだか格好がつかんのだ!」
――するとそれは、風を巻き上げながらゆっくりと降下した。
挑発が功を奏したのか、単なる気まぐれなのか、それとも別に理由があったのかは、わからない。
ただひとつ確実に言えることは、大きすぎる。
頭上にとどまっていた時にはまだ、その大きさが実感としてはわかりにくかったが、目の前に降りてきたとなると。
ヒグマでも足りない。ゾウでも及ばない。現代世界では地上にこれほどの大きさの生物はいない。
海中になら近いサイズの生き物もいるだろう。この大きさでは、浮力がなくては生存が困難だからだ。
だが目の前の化け物はその大きさで空を飛び、火を噴く。それが火竜だ。
とても人間が、ましてやたった一人で、武器も持たずに戦うような相手ではないのである。
戦慄する二人の前で、火竜は咆哮を上げて尻尾を振り回し、目前の男と女を薙ぎ払おうとする。
ちりちりと燃え上がる野原を根こそぎさらいながら、横殴りに襲い来る竜の尾。鋼の鱗を精密に貼り合わせた丸太の如き、一撃であった。
だがこれをロザリオマスクは、ただのガードで防いで見せる! 高らかに響き渡るガード音!
「炎と違って、こっちは通常技だな。立ち大キックと言ったところか?」
必殺技はガードをすれば削りダメージを受けるが、通常技はガードしてもノーダメージ。
脅威の理屈でドラゴンの尾の一撃を受け止めて、ロザリオマスクはジャンプに移行。ボディプレスで飛びかかるさまを、固唾を呑んで見守るシスター。
それに対して火竜は、尻尾を振って背を向けた状態のままで、首をぐいと伸ばして迎撃する。
なにせリーチが十倍近く違うのだ。振り向いて顔を向けるだけで、どこからでもゆうゆう攻撃が届いてしまうのである。
飛びかかったロザリオマスクを、下から突き上げるような噛みつきで落とすドラゴン! さながら昇り龍であった!