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投げキャラVSスライム 『異世界ごと投げろ』

 レバー一回転+Kで放たれる技、ホーリー・オイル・レッグスルー。

 俗に歩き投げと呼ばれるこの技は、コマンド成立と同時に一定距離を歩き、その途中に相手がいればつかんで足元からひっくり返す、力任せの投げ技だ。

 これは司祭による塗油とゆの秘跡に端を発するものであり、足に油を塗って病を追い出す儀式を、俺なりにレスリングにアレンジしたということになる。

 よりにもよって、油そのもののような体のスライムに向かって、この技を使うことになるとは……。

 しかし相手が相手だ、使えるものはなんだって使う!


――ロザリオマスク(談)


* * *


 数歩進んでホーリー・オイル・レッグスルーの投げ間合いに対象を捉え、下からぐっとつかみ上げるロザリオマスク。

 塗油とゆの秘跡に端を発し、本来は足元を狙ってひっくり返す技である、このホーリー・オイル・レッグスルーだが、足のないスライムはつかむことが出来ない。

 それよりもまず、スライムはその体のどこにも、投げられ判定がない。

 だが、しかし。人体や衣服を蝕むこの軟体生物も、どうやら地面は溶かせないようだと、ロザリオマスクは気づいたのだ。


 レスラーがつかんで持ち上げたのは、スライムではない。スライムがいる地面、そのもの!

 このまま異世界自体を持ち上げて投げるつもりか、ロザリオマスク?

 さすがに彼もそこまで無謀な男ではない。むしろ彼は思いの外、知的に戦う試合巧者であった。

 先程の大足払いでスライムを蹴り飛ばした方向に、焼け落ちた石碑があるのを彼は既に確認していたのである。

 そう。牽制の足払いは、ダメージ勝ちするためのものではなく、この間合いを調節するために必要なものだったのだ。


 火竜の炎で吹き飛ばされた祠の石碑。物であれば、投げられ判定はある。

 投げられ判定のない敵が対戦相手なら、投げられ判定のある物ごと、投げてしまえばいいのだ。

 思い至ったとして普通実行するかそれは? というほどに石碑は重かった。人間サイズの岩石をつかんで投げようとするか、普通?

 もちろん普通ではない。彼はオーガを物ともせずに投げ倒した男、ロザリオマスクなのだ!


「ぬおおおおりゃああああっ!!」


 全力でひっくり返された卓袱台ちゃぶだいのように、岩とスライムが空中に跳ね上がる。

 地面ごとつかんで放り投げられたスライムは、放物線を描いて落下し、したたか大地に叩きつけられた。

 石碑と地面にサンドされて、その身は無残に四散。物理攻撃はあまり効かないようではあったが、体積で押しつぶすことに効果があることは、ロザリオマスクが自身の足裏の肉を失ってまで証明している。


「まだだ、もうひとつオマケだ! ホーリー・オイル・レッグスルー!!」


 ロザリオマスクは攻撃の手を緩めず、またもや両手を腰に構えての歩き投げを敢行する。

 その右足は、スライムに向けて放った数度の足払いにて、酸にまみれてボロボロである。

 歩くたびに激痛が彼を襲う。それでも歩いた、このレスラーは。

 狙うはあいつ。倒されて寝そべっているオーガだ!


 オーガが異様な気配を察知して目を開くと、そこには両手を構えて歩み寄ってくる覆面レスラーがいた。

 逃げる間もなく、両足をつかまれて空中に無造作に放り投げられる、見事極まりないレッグスルー。

 でっぷりとした腹をボリボリとかき、腰布から取り出した新たな噛みタバコを口に含みながら。オーガは諦めて、目を閉じた。

 はいスライムの上に落下。


 地面にビターン! スライムの体ベチャァー! オーガの牙ついでにボキィー!

 難敵・軟体強酸生物は、復元不可能なまでにすり潰された。オーガの腹の下で少しジュウジュウ言ってたけれども、すぐにその音も収まるのである。


「……投げ勝った!」

「ロザリオマスク、あなたという人は……!」


 驚きと感動と呆れが入り交じった感情で駆け寄ってくる、シスター・コイン。

 幾分混乱していた彼女だったが、祠が火竜に襲われたときと同じように、まずは神官としての矜持を示してみせた。

 ロザリオマスクのただれた足に、回復の祈りを捧げ、その傷を癒やしていく。


「おお、これは見事なものだな、シスター・コイン! いわゆる回復魔法というやつか? 痛みが引いて傷が治っていく! アンビリーバブル(信じられない)

「もう……ここまでにもっと驚くことがいっぱいあったはずですよ? わたし程度の回復魔法で、驚かないでください」

「この世界では、常識――か?」

「ふふっ。そうですね」


 戦いの緊張から解き放たれ、シスター・コインも思わず笑みがこぼれてしまう。


「君も一度、その常識を勝ち誇ってみたらどうだ。やってみると楽しいものだぞ」

「わたしがですか? ええと、じゃあ……。やれやれ、この程度のことはこの世界では常識なんだがなー」

「なんだって! この回復魔法がか? すごい!!」

「……確かに、ちょっと楽しいですね。でも、そんなにわざとらしく驚かないでください。今は安静にですよ、回復中なんですから」


 シスターにそう制されて、レスラーはファイター(戦士)の顔つきを取り戻し始める。


「そうだな。いつまた次の敵が現れるかも知れん。回復は出来るときに万全にしておかないとな」

「ロザリオマスク、まずですね。次の敵が出てきても戦わないでください。わたしは何度も、一旦この場を離れて態勢を整えようと」


 その時だった。

 二人の顔に、一瞬にして暗い影がのしかかった。これは比喩ではない。

 晴れ渡った空を覆うかの如き、巨獣の飛来がそのときあったのだ。


 耳に届いた羽音から想定される、最悪の事態を胸の奥で打ち消しながら。娘は空を見上げた。

 そして絶望する。

 そこには、宙を舞う火竜の姿があったのだから。


「嘘……でしょう……? 火竜が……戻ってきたの……?」

「なるほど、次の対戦相手が現れたわけだ。恩に着るぞシスター・コイン。おかげで俺も、回復はバッチリだ!!」


 今度はシスターは、絶望とは違う意味合いでの「信じられない」という視線を、ロザリオマスクのほうに向けた。

 上空で口を開く火竜に対して、このレスラーはなんと、ファイティングポーズを取り始めたのである。


「待ってください。嘘……でしょう……? あなたはまさか、ここで火竜と戦う気ですか……?」

「勿論だ」

「絶対に、ダメです……!! いかに実力者であろうとも、戦士一人で戦うようなモンスターではありません!」


 ロザリオマスクは、太い人差し指を一本立てて、「チッチッチッチッ」と舌を打ちながら横に揺らしてみせた。


「野良でこうして強者とまみえることは、よくあることだ。言っただろう? 対戦機会を避けていては、いつまでたっても勝てやしない。それに、シスター・コイン。戦士一人ではない。俺と君、二人もここにいるではないか」

「そんな、わたしは、何もお役に……!」

「そこにいるだけでいいさ。俺はギャラリーがいたほうが燃えるんでね!!」


 次回、異世界二回転!!

 対戦者、『火竜』ファイヤー・ドラゴン!!

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