投げキャラVSスライム 『わからん殺し』
などと茶菓子揃えてお嬢様やら執事やらが、長老の前でのんきに話をしていた、まさにその時も!
焼け野ではロザリオマスクが、スライムと戦っていた!
突然の場面転換でうろたえる方もいるだろう。ロザリオマスクが戦う焼け野に話が戻ったのだ。
あわあわ言う女騎士のブレイクタイムは終わりだ、激戦の続きを見よう。
さて投げキャラは、投げられない相手を一体どう攻略しようというのだろうか?
まずこの軟体生物にはガードが通用しないと踏んで、レスラーはしゃがみから立ちに移行し、後方へ引き下がっていく。
とは言えあまり下がり続けるわけにも行かない。背後にはか弱きシスター・コインがいる。ある意味彼女は、ロザリオマスクにとって画面端なのだ。
「わたしも何か役に立たないと……。ええと……ありました!」
シスター・コインは荷物の中から書物を取り出してページをめくり、スライムに関する記述を見つけて、ロザリオマスクに口述する。
「異世界のモンスターに詳しくないであろうあなたに、お教えします! あなたが敵対しているその魔物はスライム。色的にグリーンスライムだと思われます。魔力で生み出された単細胞生物で、体内に酸を有し、時にそれを吹きかけて攻撃を……」
「ヘイ、シスター! ありがたい話ではあるが俺の試合にBookは要らない。シスターならBibleを持ちたまえ!」
啖呵を切ってレスラーは、ガードを捨て、軟体の化け物へにじり寄っていく。
ロザリオマスクはスライムに向けて牽制の足払いを放った。シューズの先が緑の体に触れると、ジュウっとつま先が溶かされる。
「ふうむ、なかなかに危険……」
「ですからロザリオマスク、相手のこともわからず戦うのは危険です。あなたはまだこの世界のことについておわかりでないことも多いでしょうし、一旦この場を離れて」
「いいや、だからこそなのだシスター!」
ひときわ強い足払いを、再びスライムに向けて放つロザリオマスク。溶かされたシューズの先からは、鍛え上げられた男の足が垣間見え始めている。
しかし今度はこの足が、スライムの酸にやられてしまう。爪が剥がれてダメージを被る巨漢のレスラー!
「ぐあっ! そう、これ……。これよ……! 知らない相手とは、戦ってみるまでどんな敵なのかがわからない。故に自らの身をもってその手口を知り、キャラ対策をせねばならないのだ」
「キャラ対策」
「ましてやここは異世界。どこへ行こうが常に横行する、わからん殺し!」
「わからん殺し……?」
出会ってからほぼずっと、会話するたびに首を傾げているシスター。ある意味もっともわからん殺しされているのは、彼女なのかもしれない。
「自分の知らない攻撃手段で、あれよあれよとやられることを、わからん殺しと言う。今ここで対戦から逃げれば、俺も君も生き残れるだろうが、では次は? いつこの化け物と対戦できる?」
「それは……わかりません」
「そうだ、わからない。そして次に戦うときが、負けることも逃げることも許されない局面であったとしたら? あらゆる場合を想定して訓練に励み、キャラ対策を詰めておくべきだ。だから俺はこの対戦機会に、身を持って学ぶこととする!」
「でしたら尚更、最低限のモンスター知識は聞いておいたほうが……」
「気遣いは嬉しいがね、シスター。実戦でしかわからないこともあるというものだ。俺はまとめwikiは最低限しか参照しないタイプでな!」
話の合間にずるずると地を這って近寄ってくるスライムに、三度の足払い。既に二回も酸で跳ね返されているとは思えない、渾身の力を持っての足払いがスライムにぶつかる!
するとこの単細胞生物の緑の体は、大男の足裏による物理的接触で、びしゃっと弾けた!
しかしこれも致命的なダメージにはなっていない。弾け飛ばされた先で、散らばった軟体をもぞもぞと寄せ集めて溶かし、体積を元に戻そうとするスライム。
蹴りを受けて死骸となった自分の一部をもりもり食って、すぐさま体を再形成してしまう。いいや、もしかするとそのサイズは、当初より増えている可能性すらあった。
何故なら、全力で足払いを放ったロザリオマスクのシューズは溶け落ち、足の裏の皮も強酸で焼けただれてしまっていたからだ。
「打撃は全く通じないわけでもない……か。しかしこれでは、こちらが一方的に不利な相打ちを繰り返しているだけだ。いずれ俺の足がなくなってしまう」
「ロザリオマスク……! せめてわたしのメイスを使ってください! これなら祝福されていますので、魔法生物のスライムにも一定の効果が見込めます」
「凶器攻撃に走るほど俺は落ちぶれていないぞ、シスター・コイン? ははははははは! 笑え!」
ロザリオマスクの自信に満ちた笑いは、スライムの体を震えさせる恫喝にも似た力強さ!
これはやけっぱちの笑いではない。ロザリオマスクには、見えたのだ。この戦いの光明が!
「小足払いでは分が悪い。中足払いでも効果はない。大足払いは通用するが俺の受けるダメージのほうが大きい」
「コア……? チュウアシ? なんですか?」
「俺がスライムに繰り出した、三度の蹴りについて話しているのだ。小はスキが小さいが相手に与えるダメージが低く、大は大振りだがダメージは高い。中はその中間だ」
「なるほど」
わかった気がしたので首を縦に振ったシスター・コイン。
冷静に考えると「小とか大とかってなんだろう……?」と思うのだが、ロザリオマスクの勢いに飲まれていた。
「物理攻撃は効果が薄いようだが、質量による圧迫には意味がある。大足払いを食らわせれば、スライムをわずかに蹴り飛ばせることがわかったわけだ。とはいえ俺の足の受けるダメージのほうが大きいから、これで相打ちOKとは行かないがな……」
「えっ、じゃあダメじゃないですか!?」
驚くシスター・コインの目前でロザリオマスクはスライムにずかずかと近づいて、力いっぱいに足払いを仕掛けた。
説明によれば、これは大足払いなのであろう。シスターにもそれは理解できた。だがその技で相打ちを取っても、痛い目にあうのは自分であると説明したのも、ロザリオマスク当人なのだ。
言ったとおりにレスラーの足裏は火傷のようにただれ、スライムはまたもグチャッと弾けて宙を舞った。
ロザリオマスクの足払いで押し込まれるようにふっ飛ばされたスライムは、べちゃりと地面に落ちた後、ちぎれて減った自分の体をすぐさま食い始める。
またも、何事もなかったかのように復元していくスライム。
「ここだ! ホーリー・オイル・レッグスルー」
ロザリオマスクは異世界にて、第三の必殺技を披露する。
両の手のひらを腰の辺りに構えつつ、相手に向けてのしりと突進していく覆面神父。その姿はさながら、つかんだものを下からすくい上げんとする、ブルドーザーのようであった。
スライムに向かって歩み寄るロザリオマスク、その手がついに標的をつかむ!