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投げキャラVSスライム 『投げられ判定』

 火竜の息で燃やし尽くされ、煙もまだ冷めやらぬ、この焼け野にて。

 死屍累々に転がるは、倒され尽くした小鬼の群れ。首領の大鬼も一匹ゴロリと転がっている。

 投げ飛ばされた彼らモンスターの落下地点には、十字の形の跡がふたつみっつ。

 その十字の跡にドロリとした体で侵食し、地を這い進む、不定形で半透明の異形。

 そしてその異形の生物の近くで、渾身のストレートパンチを空中に向かってぶんぶん振り回している巨漢レスラー(覆面)。

 なんだこいつは! そう、ロザリオマスクだ!


「娘の顔に向けて強酸を放つとは、いかなる悪役ヒールでも許されんぞ! ぶっ潰してやる!」

「あの、ロザリオマスク……。ええと、そういう気遣いはちょっとうれしいのですが、頭に血を上らせないでください。どうか、冷静に!」

「俺は冷静だ!」


 地を這うスライムは、ロザリオマスクの足元で酸を吹きかける。

 かたやロザリオマスク当人は、自分の顔と同じ目線の高さに、当たらないパンチを繰り出し続けているので、もちろん当たらない。

 殴っている位置と敵の位置が、全くもって2メートル近くズレているのだ。

 でもスライムの酸はロザリオマスクの膝にかかる。こっちの攻撃は縦軸があっているからであり、傍で見ている分には、なんだかスライムのほうが賢そうだ。


「あっぐあっ……! くそう!」

「一体どこを攻撃しているのですか、ロザリオマスク? 敵は足元です!」

「そんなことはわかっている。俺はな、こいつを投げているんだ!」

「投げている……?」

「シスター・コイン。コマンドなどの知識が君にはないようだから、わかりやすく基本を教えてあげよう。つまり、相手の近くでレバー横+大Pをしているのだ」

「ええと、はい……?」


 わからないなりに、ロザリオマスクの言葉から知ってる単語を寄せ集め、理解しようとするものの、『相手の近くで』『レバー横』『+大P』全部わからないのでシスター・コインは脳細胞をフル回転させた。

 頭の中で、十字の形でぐるぐる回る覆面レスラーが浮かんでは消える。結局何もわからないまま、ロザリオマスクは話を続けた。


「俺の通常投げは、プリーストドライバー。この液状の軟体生物に対して、先程からそれを試みているが、パンチを空振りするだけで投げが全く出ない」

「た、確かに……。パンチを空振りするだけで投げが全く出ていませんね!」


 自分の理解がおっつく話になったので、コインは少し表情が明るくなった。

 そんな彼女を背にして戦うロザリオマスクには、表情の変化がわかるはずもなく、この男は奇妙な行動を更に繰り返す。

 今度は何もない空間に両手を振りかぶり、何もない空間をかき抱いた。もちろん、何も起こらない。

 空間をつかみ損ねた覆面レスラーが、そこにいるだけである。

 コインはまた「えっわからない」という顔になりつつある。


「明らかに投げ間合いに踏み込んでいるにも関わらず、プリーストドライバーが成立するどころか、必殺技のスクリュープリーストドライバーも投げスカリポーズが出るだけだ!」

「投げスカリポーズ?」

「なるほど、これは……わかったぞシスター・コイン。このモンスターは、投げられ判定がない」

「投げられ判定……?」


 言葉そのものは通じているものの、異世界同士の未知の概念がコミュニケーションを阻害し、「通訳ほしい」とシスター・コインは一瞬思った。

 一応ロザリオマスクの説明は続くが、相変わらず彼女には言っている意味がよくわからない。

 これを読んでいるあなたにも意味がよくわからないかもしれないが、シスター・コインと同じ気持ちで、戸惑う彼女の味方になったつもりで読んであげてほしい。


「相手に投げられ判定があるのであれば、間合いに入ればつかめるし、先程のオーガのように体格差があっても問題はない……。だがこいつは、体が小さすぎるのか、もしくは空中判定なのか、投げられ判定自体がないのだ。これではボーナスステージの車同然だ!」

「話がところどころ理解できないのですが、ロザリオマスク。つまり……?」

「こいつは投げたりつかんだりが、一切出来ないということだ」

「えっ! 大ピンチじゃないですか……?」

「空振っていたのは大パンチだがな、ははははは!」


 気持ちよく笑っているが、笑い事ではない。ロザリオマスクの最大の持ち味である投げが通用しない敵が、酸を放ちながらすぐそこを這い回っているのだ。

 さながら移動する緑の水たまりといった風体のスライムは、動きこそ緩慢なものの、時折ズルッっと急激に間合いを詰めて、足元に攻撃を仕掛けてくる。

 とっさにしゃがんでガードを固めるロザリオマスク。ところがスライムの軟体は防御の腕をかいくぐり、じゅうじゅうとレスラーの体に侵食するのだ。


「ぐあっ! なんだ、こいつは……!? 明らかに下段攻撃なのに、しゃがみガードで防げない! まさか中段か? いいや、これは……ガード不能か!!」


 ロザリオマスクと一部の懸命な読者諸氏には、周知の事実の単語の羅列。『下段』『中段』『ガード不能』。

 やはりシスターにはその意味はわからなかったが、今や単語を理解しようとしている場合ではない。

 スライムは酸性の体でもってロザリオマスクの足を、服を、覆面を襲っているのだ。これは衣服のみを溶かす都合のいい粘液などでは決してない!

 鍛え上げられたレスラーの鋼鉄の肉体であろうとも、美しき女騎士であろうとも、この場にとどまれば骨まで溶かし尽くすことだろう。

 一方その頃、村に立ち寄っていた美しき女騎士は、長老の家で話を聞いていた!


 ここはシスター・コインが旅立った村。火竜に襲われ怯える人々の、住まう土地である。

 突然の場面転換でうろたえる方もいるだろう。これはいわゆる伏線である。この女騎士が一体何者であるのか、後の話でいずれ詳細は判明するので、今はそんなに気にしないでおいて構わない。

 女騎士は長老に、言葉を向ける。


「聖遺物は……この村にはないということですね……」

「ああ、そうだ。聖貨教せいかきょうの神官に取りに向かわせている。だが、時を同じくして、火竜の飛び交う姿を見たものもいるようだ……。一体どこから沸いたのか、魔物共も祠に押し寄せている。ともすればもう、間に合わなかったのかもしれん……」

「くっ……! あんな奴らに……!」


 女騎士は自らのロングスカートをぎゅっと握り、悔しさを押し殺した。

 整った端正な顔には、あまり感情の変化は見られない。表情と行動とセリフの間に、いささか不自然な溝が感じられた。

 彼女の傍らには、全身を金属鎧に包んだ護衛と、軽装の執事らしき男の姿が並んでいる。


「討伐に……向かうか」

「お待ち下さい、お嬢様」


 剣を携えて意気揚々と祠に向かおうとした女騎士を、執事が口頭で制する。


「焦って動くのは、お止めになったほうがよろしいかと。主に、ふたつの理由が考えられます」

「ふたつの理由……? 言ってみろ」


 女騎士が鋭い目つきで促すと、執事は静かに指を一本立て、「まず、ひとつ」と語ってみせた。


「聖遺物はそう簡単に壊れるようなものではありません。たとえ火竜の襲撃を受けたとしても、傷ひとつ付くことはないと思われます。また、財宝を溜め込む性質のある竜とは言え、あの巨体ではコイン一枚を持ち帰ることは容易ではない。ましてや魔物がそこかしこに蔓延はびこっているというのであれば、今は様子を見るほうが賢明でしょうね」

「あわわ」


 中年執事の声には、年相応以上の落ち着きがある。その抑揚に、静かな説得力をたたえていた。

 説得力のあるセリフをいっぺんに叩きつけられたことで、女騎士は表情を変えぬままに変な反応を返していたが、その場の全員が、一旦なんかスルーした。


「……ふたつ目は?」

「我々は祠の場所を知りません。お嬢様、どちらに向かわれるおつもりで?」

「あわわ……」


 しまったという様子で、女騎士は自らのロングスカートをまた、ぎゅっと握った。表情に変化はほとんどない。でもまた、「あわわ」って言った。

 そこに全身鎧の護衛も口を挟む。


「まあ、この辺でそろそろ休みたいしな。疲れた体で火竜の相手はゴメンだぞ。これで票数は二対一だ、お嬢様?」

「しかし……聖貨教せいかきょうの神官が、危険にさらされているかもしれないの、だから……!」


 女騎士が両手を握りこぶしにして、新たな理由を思いついたとばかりに、反論を始める。ジェスチャーは大振りだったが、顔つきは相変わらず、美しく整ったままだった。

 執事は女騎士の反論に対し、「たしかにそれは心配ではありますが」と前置きをした上で、説得の言葉を付け足す。


「実はお話していなかった、みっつ目の理由もありましてね。これは多分に憶測なのですが……」

「……なんだ、言ってみろ」

「お嬢様。我々が赴かずとも魔物退治は現在、着々と進行している可能性があります」

「どうして……そんなことが言える?」

「見えたのですよ、彼方の丘に十字の光が。異世界からの戦士が、既に来ているのかもしれません」

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