投げキャラVSオーガ 『胴体無敵』
足元に砂埃を巻き上げつつ、ロザリオマスクは回る回る!
鍛え上げられた丸太の如き腕が、寄らば折るぞと言わんばかりにグルリと回って振り回され、さながら大男メリー・ゴー・ラウンドである。
この腕の破壊力であればオーガの投げ槍も、はたき落とすことが出来るのかもしれない。
そうシスターが期待の目を向け、オーガが不安を感じた次の瞬間、彼らの想像を上回る異常事態が発生したのであった。
明らかにロザリオマスクの腕や胴に当たり、刺し貫いたと思われたオーガの投げ槍が、巨漢レスラーの身体をすり抜けて背後に飛んで行ったのである。
十字の形の両腕ラリアットの、回転を終えたロザリオマスク。彼をすり抜けて後方で地面に刺さった、オーガの投げ槍。
これは一体どういうことであろうか。どんなマジックをロザリオマスクは使ったのであろう?
「この世界でも俺の技は、変わらず通用するようだな。となればこの程度の飛び道具、恐るるに足らず!」
「槍を叩き落とすでもなく、ましてや触れることもなく、すり抜けましたが……??」
「そう、これが俺の第二の必殺技、クリスチャンラリアットだ」
「クリスチャンラリアット」
「クリスチャンラリアットは回転中に胴の部分に無敵時間があるため、飛び道具をすり抜けてかわすことが可能!」
「無敵時間……???」
「しかもそれだけではない。俺はこの技の研鑽を重ねてバージョン・アップしたことにより、回転中に少しずつ左右に移動も出来るのだ!」
「無敵……時間……??? 無敵ですか?」
* * *
シスターはこの世界の常識でものを考えているため、俺の言うことがよくわかっていないようだ。「無敵」の部分に引っかかって、思考停止をしてしまっているな。
まあ、おいおいその辺りは説明してやることにしよう。
なお補足すると、クリスチャンラリアットは俺のオリジナル技ではなく、その歴史には数千年の重みがあると聞く!
十字の形で横回転するこの技は、磔の状態で槍に刺されたのを回避するために生まれたのが最初とも言われている。
クリスチャンラリアットを使いこなす俺に対して投げ槍で勝負とは、オーガも運がなかった!
鍛え上げれば、いいヒールレスラーになったかもしれん男なのだが……。
――ロザリオマスク(談)
* * *
投擲をかわされてひるむオーガは、噛みタバコを苦々しげにベッと吐き捨て、続けてもう一本槍を投げる。
ぐるぐる回るでかい的に向かって、狙いを定めて投げる槍。これが当たらないわけがない。
だが、当たらない! 槍が接触したはずのロザリオマスクの胴は、まさしく無敵と言わんばかりに飛び道具を通過する。
それどころかその胴体無敵の男が、両腕を広げて横回転しながら、ちょっとずつオーガの方に移動しているのだ。オーガすごく困惑。
シスターもすごく困惑。
びびったオーガが次々に、槍や拾った岩や消し炭や干し肉を放り投げるも、ロザリオマスクはクリスチャンラリアットの胴体無敵でこれらの飛び道具を抜け続け、徐々にオーガとの距離を縮め――ついには互いの距離は数メートル。
長く屈強なオーガの腕が岩を投げて伸び切ったところに、クリスチャンラリアットの拳が全力でぶち当たる!
「飛び道具の出際、捉えたり!」
2メートル超えの巨漢レスラーの腕とは言え、当たったのは拳の先でしかない。そして当てられたのは5メートル超えのオーガであり、接触したのは互いの手の先、所詮はかすり傷程度のダメージだ。
と、思われたのだがロザリオマスクの常識は違う!
バチン! と音を立ててオーガは吹っ飛び転倒した。
何故ならこれがそういう技だからだ。彼がそういうキャラだからだ。
ロザリオマスクは投げキャラだった。
そしてこの技クリスチャンラリアットは、当たれば相手は転ぶ。人間サイズをゆうに上回るモンスター、オーガが敵であろうが関係はない。飛び道具をすり抜けて移動し、当たれば対象は転んでしまう十字の姿のラリアット。
投げキャラであるロザリオマスクにとっては、生命線である。
「俺の前で転ぶということがどういうことか。お前に教えてやろう、オーガよ」
ロザリオマスクは、彼の世界の『選ばれし戦士』には常識的な力とされる、例の驚異的なジャンプでオーガにドロップキックをぶちかます。
早速起き上がってこれを迎撃しようとするオーガだったが、振った拳が伸びるよりも先に、重ねられたドロップキックがオーガの腕を蹴り飛ばす。
「オガァァアアアッ!」
クリスチャンラリアットを受けた利き手に今度は飛び蹴りを受け、叫びを上げてのけぞるオーガ。
唯一放り投げなかった最後の武器である、棍棒を腰布から引きちぎり、ブンと振り回し始める。
同じ徒手空拳で同じ巨漢、であればより大きくリーチの長いオーガの方が圧倒的有利。ましてや武器を手にしてしまった。
白兵戦が可能な状況に持ち込んだとは言え、相も変わらずリーチと間合いの問題は歴然とそこにある。
巨漢の両者の間には、人一人分以上の距離が未だあった。たとえ長身のレスラーと言えども、手を伸ばして投げ技が届くような距離ではないのだ。
ところがその間合いを無視してロザリオマスクが、オーガをつかんでしまう!
繰り返すが、手を伸ばして投げ技が届くような距離ではないのだが!
走って距離を縮めたのでも、もう一度ジャンプして近づいたのでもない。ロザリオマスクとオーガはともに地上にいたにも関わらず、ドロップキックから流れるような動きで、気づけばオーガはつかまれていた。
それを横で見ていたシスターには、まるでオーガがロザリオマスクの投げの間合いに、一瞬で吸い込まれたように見えたという。
「お前は大きく強く小賢しかったが、俺よりも投げ間合いが狭かった。それが敗因だ、オーガ!」
さあ、異世界転移してからこれを見るのは、三度目! スクリュー・プリースト・ドライバーの開始だ。
自分よりも更に大きな体のオーガの両腕に、左右の手をかけたロザリオマスク。今回は相手の腕をつかむのではなく、肘を極めるような形となった。
つかんだらもうこの男の握力は、投げきるまで対象を離さない。オーガの豪腕を無理やりに横に引き伸ばし、特注サイズの十字を巨漢同士で作り上げる。
大男二人分の重量を無視するかのようなスピン、重力をあざ笑うかのような上昇。
太陽に近づく姿はまるで、そのまま天にも昇るようではあったのだが――。
当然落下するのである! 身動きを封じられたオーガが下、ロザリオマスクが上になって地面にビターン! オーガの牙ボキィー!
焼かれた野にはひしゃげたオーガとともに、十字の形の落下跡(大)が残った。
「ふうむ、スクリュー一発で勝負が決まったか。自重でダメージが倍加した、か……。どうやらその大きすぎる体が仇となったようだな、オーガよ。お前も受け身を覚えればもっといい試合が出来るように」
「危ない、ロザリオマスク!」
シスターは叫びを上げる。オーガとの戦いに夢中になっている間に、ゴブリンの残党が忍び寄っていたことに、いち早く彼女が気づいたからだ。
必死で飛びかかってくる生き残りの数匹を見て、ロザリオマスクは「でいやー!」と一声、クリスチャンラリアットでぐるり大回転。
腕の圧力と拳の威力が二回三回と回り回って、ゴブリンの顔や腹をとらえて吹っ飛ばす。ザコの一掃にはうってつけのクリスチャンラリアットをかまされて、ゴブリン改めて全滅!
ロザリオマスクは拳を高々と掲げる!
「ウィー!!」
シスターを見ながらまた拳を高々と掲げる!
「ウィー!!」
「……えっ。これ、わたしもやったほうが良いやつですか?」
「そうだ、勝利の雄叫びをあげよ、シスター! ウィー!」
「う、うぃー」
「ウィー! アー!」
「うぃー……あー?」
「ウィー! アー! メーン! ウィー、アーメン!!」
「ア、アーメン!」
「ははははははははは! よし!!」
異世界に呼び出されたかと思えば、未知のモンスターと連戦し、しかし疲労も迷いも一切見せることなく。
男は勝利し、野太い声で笑った。
マスクでその素顔は見えないが、それでもシスターに安心感を与えるには、充分だった。
思わず彼女も、笑みがこぼれてしまう。
「なあ、シスター。我々は互いにわからないことだらけだ。腰を落ち着けて話をしよう。相互理解が必要だろう、そうは思わないか?」
「まったく同感です! 今のところわたしは、あなたがとても頼りになる人だということしかわかっていません……」
「それだけわかっていれば充分とも言えるがな。だが俺としても知りたいことはいくつかある。中でも、真っ先に知りたいことと言えばだ……」
神妙な面持ちでシスターを見やったあと、再び口元に笑みを戻して、ロザリオマスクは問いかける。
「シスター、君は名前はなんと言う?」
「ああ、そういえば……名乗る暇もありませんでした。申し遅れましたロザリオマスク。わたしの名はコイン」
「コイン……?」
「フルネームはワン・C・コインですが、皆さんわたしのことはラストネームで、コインと呼びます。これはわたしの一族が聖貨教という教えを受け継いでいるからで――」
コインと名乗る娘は、炭と瓦礫と化した祠の残骸から、一枚の銀の『コイン』を取り出す。
「聖貨教の聖遺物、『コイン』です。火竜に燃やされてしまったかと思いましたが、祈りが通じてくれたようで……。この銀貨からあなたが呼び出されたのです、ロザリオマスク」
「ははは……! はははははははは!! そうか、そうなのか! ははははは!」
「……どうされましたロザリオマスク? 何かおかしいことでも……?」
「ははははははは! これはな、シスター・コイン。出来すぎた偶然に笑いが止まらんのだよ。そうか、俺はコインでこの世界に呼ばれたのだな? くっくっく……はっはっはっは……! ワン・コインぬぐあっ!?」
話の腰を折ったのは、ロザリオマスクの腰に吹きかけられた酸だった。
振り向くとそこには、半透明で不定形な異形が地を這って忍び寄り、ロザリオマスクの足元から酸を放っている。
「全く同じ展開で話の腰を折られるとは……想定外だったぞ、不覚! これは何だ? ずっとこの調子で次々にモンスターに襲われるのか?」
「祠が崩されたこともあり、魔物が数を増しているのだと思います……! まずは一旦この場を離れ、態勢を整えましょう!」
「いかん、シスター!」
新たに放たれた酸がシスターの柔肌に浴びせかけられ、それをロザリオマスクが身を挺してかばいに走る。
今度は背中に酸を受け、強靭なレスラーと言えどもこれには声を上げた!
「ぐああっ……! おのれこのやろう! シスターの顔に酸がかかるところだったじゃないか! 許さん、お前は絶対に倒す!!」
「えっ、でもスライムですよ? つかめますか……? ロザリオマスク……?」
「つかめない気はするが、キャラ差を覆してこその投げキャラというものよ。どうにかしてやる!」
次回、異世界二回転!!
対戦者、『不定形強酸生物』スライム!!