投げキャラVSゴブリン 『一回転+P』
「ゴブリンだと? 俺の世界では、おとぎ話の魔物か何かだったはずだが……要はつかんで投げてしまえば良いわけだろう」
レスラーマスクの大男は、そう言うなりゴブリンの両手をガッシとつかみ、回転しながら宙を舞った。
身動きを封じられたゴブリンは、黒衣の男と共に空へと引っ張り上げられる。つかまれた腕を引き剥がそうと、もがく暇すら与えられず――。
上昇の頂点から一転、きりもみ状にて男とゴブリンは一斉降下!
ともに落下する二者を分かつ大きな違いは、着地時の立場の上下だ。レスラーのほうが上、ゴブリンのほうが下。
つまりは哀れなこのゴブリン、大男に突然両腕をつかまれたかと思えばグルグルと回転しつつ宙を舞い、平衡感覚を失ったところで急激に落下、地面に激突した暁には筋骨隆々の浴びせ倒しをその身に受けて、巨漢レスラーの下敷きという有様なのだ。
腕を強引に極められて左右に引かれたその形は、投げた側も投げられた側も、まるでその身で十字を描いているかのように見えた。
とか考えてる間に地面にビターン! ゴブリンの骨ボキィー!
焼かれた野には潰れたゴブリンとともに、十字の形の落下跡が残った。
「武器も持たずに、なんというすさまじい力……! おお、神よ……我らをお救いくださるために、このような戦士を遣わしてくれたこと、心より感謝いたします……」
「祈っている場合ではないぞ、そこの小娘! まだ敵は残っている。試合終了のゴングも鳴ってはいない!」
そう、ここは異世界――。リングではない。
空は青天井、大地は煙りくすぶる焼け野であり、対戦相手はルール無用の悪鬼どもだ。
だがしかし臆することなく大男は、はちきれんばかりに筋肉が詰まった神父服の胸元を、でかい平手でバチン! と叩いてみせる。「俺に任せろ」と言わんばかりの猛々しいアピールだ。
続いてゴブリン軍団の一人に向かって飛びかかり、200キロはくだらないであろう体でボディプレスを仕掛けたのだから大したもの!
ましてや助走もないその場でのジャンプとはとても思えない、人間一人ゆうに飛び越えるほどの尋常ならざる高度のジャンプは、コーナーポストから飛びかかったかのような重みと勢いと破壊力と神の恩恵。
ゴブリンはまた一匹、ぺしゃんこにならざるを得なかった。
「斯様なザコ、何匹いようとこのロザリオマスクの敵ではない!」
2メートル超えの身長から振り下ろされる頭突きは、小さき身のゴブリンにはまるで杭打ちである。三匹目は地面に刺さった。今の頭突きで。
強烈無比のヘッドバットを食らわせたマスクマンの額には、先程自らが名乗ったリングネームを象徴するかのように、金のロザリオが掲げられている。
そう、彼こそはロザリオマスク。
ロザリオの十字架部分を額にあしらった覆面をかぶるレスラーであり、衣装は特注サイズの神父服だ。
これが実際に神父であるというのだから恐れ入る!
体格のいいレスラーの中でも、2メートル超えの重量級。異世界へと呼び出された屈強なる戦士は、神父でありマスクマンだったのだ。
「ロザリオマスク……。あなたが額に掲げるその『聖印』は、わたしたちが扱うものに非常に似ています。やはりあなたも神の使徒で?」
「そういう小娘もやはり、信徒の類か? 先程から祈りの十字を切る姿が見える」
「はい! 神官です!」
「異世界と言えど、聖職者の仕草や雰囲気には共通する物があると言うわけか。とは言え衣装は、まるでファンタジーRPGのようだな。コスプレまがいのその風貌、俺はてっきりラウンドガールか女子レスラーかと思ったぞ」
「ラウンドガー……? おっしゃっている意味がよくわかりませんが、ロザリオマスク」
「話は後だ。まずは小鬼の群れをなぎ倒そう。どうやらこいつで最後のようだからな、とうっ!」
神父服の覆面男は、再び宙を舞った。広きその背で陽の光が一瞬覆われ、ゴブリンは暗き影に包まれる。
人間離れした跳躍力は四匹目のゴブリンとの距離を一足飛びに縮め、目前に着地したかと思えば、目にも止まらぬ早業で小鬼の両手をつかみ上げ。
かくして再び! ダンスにエスコートするかのごとく相手の両手を握っての、十字のポーズの回転運動。そしてゴブリンとの間合いを詰めた際のあの跳躍力をさらに上回る、驚異的な上昇力。空中スピンからの急転直下ボディプレス!
地面にビターン! ゴブリンの骨ボキィー!
焼かれた野には潰れたゴブリンとともに、十字の形の落下跡(ふたつめ)が残った。
「ロザリオマスク、その神がかった技はなんなのですか? 相手をつかんで離さない腕力も、異常なまでのジャンプ力も、とても信じられない力です……。それがあなたの持つ『絶技』なのでしょうか」
「いいや? 俺のいた世界では、この程度のジャンプは皆こなしている。とは言え俺のような選ばれた戦士にしか、実現不可能な御業ではあるが……。特筆すべきは、この投げ! これぞ俺の必殺技!」
「必殺技?」
「その名も、スクリュー・プリースト・ドライバーだ!」
「スクリュー・プリースト……。あなたは司祭様なのですね?」
「ああ。コマンドはレバー一回転+Pになる」
「レバー一回転……なんですかそれは」
「ははは、そう驚くなシスター! たしかにレバー一回転には上要素が入っているからな、入力中にジャンプしてしまうのは自然の摂理だと思いがちだ。しかしそうした問題を解決するために、ジャンプすかしプリーストなどでコマンド成立を容易にすることも可能なのだ。安心したまえ」
「言っている意味が大半わからなくなってきました」
「他にも小技を当てての当てプリーストや、ジャンプを経由しない立ちプリーストというのもあるぬうおっ!?」
話の腰を折ったのは、ロザリオマスクの腰に激突した岩だった。
振り向くとそこには、距離を取って更なる岩を振りかぶる、半裸の大男の姿があった。
神父服の大男と、腰布ひとつの大男は対峙する。だが悲しいかな両者の間には十数メートルの開きがあり、かたや徒手空拳、かたや投石の準備中。これでは勝負は一方的ではないか!
その事実を知っての笑みであろう。半裸の大鬼は牙をむき出してニヤリと笑って見せた。
「あれは……オーガ! 危険ですロザリオマスク、まずは一旦この場を離れ、態勢を整えましょう!」
「いいや、異世界転移早々の対戦乱入者を無下に断るわけにも行くまい。俺は受ける!」
敵を組み敷こうとでも言うのか、両の手を左右に構え、相手の出方を伺う姿勢でにじり寄るロザリオマスク。
しかし向かってくる攻撃は当然のごとく、オーガの投げた岩。出方を伺うも何もない、レスリングでは抗いようもない物理攻撃であり投石だ。若干ゴツゴツしていて尖っている部分もあるので当たったら絶対痛い。
果たしてこの攻撃をどう受けきるのか、そもそもこの男・ロザリオマスクとは何者か? 彼はどうしてここにいるのか。レバー一回転コマンドとは何なのか。
それらの解説は次回以降に譲るとしようではないか。
次回、異世界二回転!!
対戦者、『岩投げの大鬼』オーガ!!