遺跡荒らし
「だーっ! もう、もうっ! これだから!」
「どうどう。でも、残念だったね」
「残念どころじゃないわよ! いったい何を考えてやがるのかしらね! ぶっ殺してやりたいわよ!」
「荒れてるなぁ……」
帰路に着いている間、ガクはひたすら怒り狂っていた。
「これだから遺跡荒らしは! あの盗人どもは! 人のものをなんだって思ってんのよ!」
「え? ガク、さっき私に盗みをって……」
「さっきのことはさっきのことよ! これとそれは別!」
「あっ、はい……」
遺跡の中には当時の人々の生活がどうであったのか、どんなものを使っていたのかなどを窺い知れるものは多少残されていたが、金目になりそうなものはほとんど盗まれており、それを探すために壊されていたものも多々あった。
あの木が倒れて奥側が潰れてしまっていたが、柚希たちの入った玄関のある側の壁が妙な形に壊れていたのだ。壁の真ん中辺りに穴が穿たれていたので、苔豚などの野生動物が壊したとも考えられず、その先でも貴重品などはなかったので、同一犯と判断したのだった。
考古学者に森人が多い理由とほぼ同じ理由で、やはりこういった遺跡荒らしもまた森人が犯人であることが多い。トレジャーハントを目的としたハンターが犯人の可能性もあるが、彼らは金目のものばかり盗んでいくだけであり、書籍の類いを盗むことはしない。
「話ではよく聞いてるけど、実際に見ると違うねぇ」
「腹の立ちっぷりも雲泥の差よ! クソッタレ!」
伝聞ではともかく、実際に危険な道のりを歩んだ先でこういった状況になるのでは怒り心頭なのも仕方ない。何もないなら徒労で終わるのだが、それは考古学においてつきものであり、別に怒ることではない。
しかし、今回のように誰かが遺跡を荒らしたせいで徒労の結果に終わるのとでは話が違う。ガクが本気で怒っているのでそれを抑える役になっている柚希だが、彼女も少しは怒っているのである。もっとも、彼女の場合はガクががっかりする結果に対してではあるのだが。
「んー、でも……本とかって盗んでどういう価値があるのかな?」
「はあぁぁっ!」
「痛いっ!」
「こっちも痛い! ああもう、柚希のばかっ!」
「理不尽!?」
うっかり口を滑らせてしまったことで拳骨を頂戴する柚希。しかし、柚希以上に痛そうなのはガクだった。荒事と無関係に生きてきた人間が森人の頭蓋骨を殴れば手を痛めるのは当然だ。
「本つったら、当時のことを知れる最高のアイテムじゃない。そりゃあ盗むわよ。貴重品だもの」
「あ、違うよ。本って別に、誰でも買ってくれるものじゃないんだよね? たしか、前にそういう話をしていたような……」
「ん、まあ、たしかにそうだけど」
神代の書物を盗んだところで、その言語を読解する知識がなければ意味がない。そもそも、現代の一般人でも識字率はそこまで高くないのだ。世界中で言語が共通化されているが、それでも一生を農民として送るように文字を読めない者は多い。それをどうにかしようとしてガクは故郷の村で教師をしている。
柚希にしても文字は一応読めるには読めるが、速度は遅い。そして書くには及ばない程度だ。
遺跡で発見されたものの知識を持つのはほとんどが考古学者である。文字に関しては一応辞書も販売されているので手に入るが、あくまでも趣味程度のものなので流通もあまりしていないし、そもそも高価過ぎる。
よって、神代の書籍を手に入れたがるのはたいてい考古学者であり、そういった者は出所も気にする。どこのどういった遺跡にどのような状況で置かれていたのかによって、当時の人々がその書籍をどういう風に捉えていたのかも推測する判断材料になるからだ。ただの石だったとしても、それが無造作に放置されていたのか祀られていたのかによって、その価値や評価はいくらにでも変わる。
「だからさ、考古学者ってそういう遺跡荒らしからは買わないと思うんだ。買ったとしても、やっぱり本気で怒るでしょ? なにしろ自称考古学者のガクでもこれだけ怒ってるんだか――痛いって!」
ガクは涙目で痛む拳をぷらぷらとさせながら、それでも柚希の疑問について考えた。
「そう、よね。となると、やっぱり犯人は森人になるんだけど。盗んだところでどうするつもりなのかしら。読めないなら盗む意味がないし、売れもしないわけだし……」
「読める人が依頼した、とか?」
「それしかないわよね。けど、神代語を読めるような人がそんな依頼するとは思えないし……」
ガクは腕を組んで唸るが、どう考えても答えに辿り着くはずもない。少しすると諦めた様子で、それを見て柚希はこれからのことについて前向きな提案をすることにした。前向きなことを話していれば気分も晴れるだろうと考えたからだ。
「せっかくだからさ、帰る途中でどこかに寄ろうよ」
「あー、それもそうね。汗も掻いちゃったし、お風呂入りたいな」
「そだね。ウーリエの村のみんなはお風呂どうしてんの?」
「ウチはウーリエじゃないからね。近いけど、違うから」
ガクの住む名前もないような小さな村に入浴施設などない。しかし、ほとんど隣といえる場所にウーリエという、同じくらいの規模の村がある。小さな、それでも二つの村民が使っても困らない程度の川を挟んでウーリエとガクの村は位置しており、行商人などは両方まとめてウーリエと呼んでいるのだが、ガクをはじめとして当人たちからすれば別物らしい。
ともあれ、ウーリエとガクの村は相互扶助で生活している。ガクの村の方が日当りが良いため農産業を主としており、ウーリエでは家畜を育てて乳産業などを主としている。
「あたしたちは一週間に二回くらいスガルに行ってお風呂を借りてるわね。交易にちょうど良いし」
スガルはウーリエとガクの村から川沿いに一キロほど下った先にある養蚕業と養蜂業が盛んな小さな町だ。小さいといっても、さすがにウーリエとガクの村を合わせたよりは大きい。それくらいの規模になると入浴施設も現れる。
ただし開かれている時間は限られているし、宿泊施設などはないため、利用してからまた歩いて帰らなければならない。けれども、そういった人々や行商人などが利用するため地面はしっかりと踏み固められているため、その道が境となって危険な獣もあまり現れたりしない安全な道だ。
「スガル……って、こないだ狼が道を塞いじゃったところだったっけ?」
「そうそう! 都合が良いタイミングで柚希が来てくれたから助かったわよ」
「あれで前の鉈折れちゃったんだよなぁ」
「前のやつはどれだけ保ったの?」
「三ヶ月くらい」
「あれからだから……今のそれは二ヶ月か」
「あ、いや。あれからすぐに折れたから、これは一ヶ月くらい」
「…………あんたね。物を大事にしないと祟られるわよ?」
それは憤慨だとばかりに柚希は頬を膨らませた。
「違うよ! 壊そうとしてるわけないじゃん!」
「それはわかるけどさ、結果が伴わないと」
「だって、戦ってるのにエレメント流すスピードとか落とせないもん。普通に使ってたら血とか脂で使い物にならなくなるからエレメント透さなきゃだしさ」
「それで壊れるってのがわかんないんだけど」
「あー、えと、なんて言われたっけな……」
柚希も以前にガクと同じ疑問を抱いた。エレメントは流動する物質であり、形も如何様にでも変わる。そのため、感覚としては風や水に近い。それが鉈であれ槍であれ、エレメントを透されて限界を迎えたときに壊れるというのが腑に落ちなかったのだ。それであれば余剰分のエレメントが溢れるようなものなのだが、実際はエレメントを流された側が壊れてしまう。
「みっちゃんに聞いたのは覚えてんだよね」
「なんて言われたの?」
「『おまえがヘタクソなのが悪い』って……」
「身も蓋もない……」
「それで夜さんに訊いて……あっ、そうだ! 思い出した」
柚希は右手でガッツポーズをし、明るい顔で答えた。
「袋に水を注ぎ込んで、袋を破裂させてるようなものだって!」
「あー、なるほどね」
「ちなみに、シノに訊いたときは、限界以上にごはんを食べさせられてるような感じって言われたよ」
「あいつもあんたと同レベルか……」
「ひどい! シノと同レベルとか嫌だ! 撤回しろ撤回!」
騒いでいると、上空からばさっと大きい音がする。見上げてみると、二人を鬱陶しそうな目で睨みながら怪鳥が空を飛んでいくところだった。翼を広げた状態では四メートルほどある怪鳥の瞳——それは赤色だった。正確にいうなら、真紅。
「び、び、びび、び……」
「びっくりしたねー」
「びっくりどころじゃないわよアンポンタン! あれ、緑持ちじゃないの!」
「そだね。目が赤かったから紅族かな。襲われてたら正直危なかった」
「アホ!」
「ぁ痛っ!」
ガクも学習したのか、柚希を殴るのはやめて尻を蹴ることにしたようだった。
「ああもう、痛い。酷いなあ」
「その台詞はあたしのでしょうが! やっぱり、あんたに護衛を頼むのは間違いだった!」
「そんなあ!」
「将来の、あんたと旅するって話だけど……絶対に! 強くて頼りがいのある仲間が居なきゃ一緒に行かないからね!」
「信用してよ!」
「無理! というより無茶!」
怪鳥の緑持ちが何故飛び去っていったのかは学習しない二人だった。