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グリーン・インパクト  作者: どんぐり男爵
第一章
4/85

友達

「ほ、本当にもう少しなんでしょうねっ」

「ほんとほんとー」

「て、適当なことばっか言ってないでしょうね!」

「ほんとほんとーぁ痛っ」


 大樹の下から出発して二時間ほどが経ち、二人は遺跡の周辺まで来ているはずだった。しかし、朝になって活動し始めるのは彼女たちだけでなく、樹海に棲息する野生の獣たちも同様だ。

 森は活気に満ちており、あちこちから鳥の鳴き声や小動物が梢を揺らす音、獣の唸り声などが聞こえてくる。天然のオーケストラに、ガクは少々どころでなく緊張していた。


「ガクもさ、もう少し緊張解いた方がいいと思うよ? せっかくの初樹海なんでしょ? いろいろ、見たことないものばかりだと思うんだけど」

「命の危険がなかったらね!」

「そんなに心配しなくてもいいと思うけどなぁ」


 いくら野生動物が多いといっても、森人である柚希の敵ではないのだ。ただの熊や虎くらいならなんとかする自信があった。ただ相手も緑持ちだと話は変わるのだが、緑持ちと緑持ちはある程度接近すると、直感的にその存在に気付けることが多い。なので、今のところ柚希はまるで気にしていなかった。


「そ、それに、緑持ちとか来たらヤバいでしょ」

「まあね。それは確かに。けどいまのところはそんな気配ないよ」


 実は昨夜襲われかけたよ、とは言わない方が良いのだろうなと柚希は口を噤む。知らない方が良いことは、知っておいた方が良いことと同じくらい多いのだ。

 ミルクティを丸めて粘土状にしたような果物が大好物だったのだが、実は毒性があると知ったときの衝撃は凄まじいものだったと柚希は思い起こす。その毒は体内に蓄積されていき、一定量を超えると毒性を発揮するというものであったためなんともなかったのだが、それから柚希は食べるのをなんとなくやめるようになった。実際は森人なのだから、その程度の毒なら自浄作用でどうとでもなるのだが。


 昨夜の雨もあり、柚希の見覚えのある土道はびっしりと苔が生えていて緑色に染まっている。滑って転けそうになるガクを何度も助けながらゆっくりと進むことにした。

 濃密な草葉の臭いはまとわりつくかのようだ。それも気のせいというわけではないのだろう。雨で植物は成長を促進され、植物が増えたことで実際に大気中に流れるエレメントの量も増えているように柚希は感じた。

 森人のため柚希はそれをはっきりと肌で感じるが、ガクもなんとはなしに気付けているに違いない。だからこそ緑持ちに怯えるのだ。柚希と共にいる以上、一人で樹海を行くのと比べれば緑持ちに襲われる可能性は上がるのだから。

 だが柚希がいなければ、普通の獣に襲われた際に生き延びる可能性が極端に低くなる。理想的な状況はここにもう一人ハンターがいることなのだろうが、あくまでも人間でしかないハンターはたいてい数人でパーティを組んで冒険しているため、それも難しい。

 同じようなことを考えたのか、ガクが口を開いて冒険者のことを挙げる。


「ハンターの人たちって凄いわよね。よくもまあ、こんなところを旅しようと思うわよ」

「それは私も思うな。だって人間でしょ? 危ないよ」

「まったくよ。ハンターって頭おかしいんじゃない?」

「凄いって言う割に辛辣だ……」


 戦闘力も持たない無力な人間が遺跡探索を目的に樹海を行こうとすることは問題外らしい。


「まあ、あたし、ハンターって会ったことないけどね」

「そういえば私もないな。セントクレアとかなら結構会いそうだけどね」

「ああ、魔法協会があるっていう、あの国?」

「うん。話には聞いたことあるけど、行ったことないんだー」


 魔法協会は魔法の発展を目標に研究を重ねる学術機関のことである。世界で五つしかなく、そのひとつがこの大陸——島大陸——にはある。セントクレアという国のエクレアという都市がそれだ。そのため、そこはエクレア魔法協会と呼ばれている。


 人間が緑化現象を抑えられている理由のひとつが、魔法協会によって開発され、格安で販売されているエレメント排出の魔法陣にある。

 魔法がエレメントを利用して発動される超常現象である以上、エレメントを排出するには魔法を扱う必要がある。人間でありながら樹海を旅するハンターたちはそうやって適度に魔法を用いることで緑化を防いでいるのだ。ではそんな魔法を使えない者たちはどうしているのかというと、魔法協会の販売するその魔法陣を利用する。


 魔法陣とは簡単にいえば魔法の設計図であり完成形でもあり、例えるなら拳銃だ。拳銃には弾丸が必要で、それこそがエレメント。

 ならばどんな魔法の魔法陣でもよいのかというと、そういうわけでもない。

 柚希にはわからないが、一般人からするとエレメントを操るということ自体が難しいらしい。そのため、魔法協会の販売するエレメント排出の魔法陣は触れるだけで魔法が展開されるようになっている。紙を媒体として魔法陣の描かれている面が内側になるように巻かれていて、一番安いものなら十枚で五ゴルド。部位にもよるが、苔豚の肉が一キロ当たり三千から四千ゴルドであるため格安といえよう。高級なものは一枚で数回利用できたり、エレメント排出を短時間で行えたり、十数人がまとめて使用できたりする。


「あの魔法陣もバカにならないけどね」

「そういうものなの?」

「一週間に一度くらい使うしね。行商人が次にいつ来るかなんてわかんないし、ある程度まとめて買っとく必要あるし。……あ、あんたまた今度エクレア行ってきなさいよ。で、その魔法陣の技術を盗んできなさいな」

「泥棒じゃん! 駄目だよ!」

「ええい人聞きの悪い。人助けよ人助け!」

「人助け……ううん、いや、やっぱ駄目でしょ」

「ちっ」

「開発した人の努力とか全部台無しにな――いま舌打ちした?」

「ぜんぜん?」


 そもそも、エクレアのあるセントクレアはこの地方にはないので、半人前である柚希は行けなかったりする。


 話しているうちにガクの緊張もほぐれてきたようで、足並みは軽かった。苔道を進むのにも慣れてきたのか、実際に歩く速度もやや速くなる。益体もない話でもないよりはマシというのは枯れ木も山の賑わいということわざに通じるものがあるのだろうか、ちょっとした程度の音にも鈍感になり、小動物の立てる音に怯えることもない。

 そもそもとして本当に危険な獣であれば音も気配もなく忍び寄って来るため、びくびく怯えるだけ損であることを柚希は経験から知っていたのだ。ようやくガクもそれをわかったくれたのか、あるいは気が逸れたのか。

 果たして二人はそれから一時間も経たないうちに遺跡へ到着する。


「ふわー」

「うわぁ……」

「こりゃひどい」


 遺跡は雨にやられていた。

 雨で地盤が緩んだのか、それとも元々危険であったのか、隣に立っていた木が倒れて遺跡の半分を潰してしまっていた。その部分から雨水が浸入してしまい、排水性が悪いせいで内部はちょっとした洪水状態だ。まるで浅い川を歩かなければならない状況といえる。カエルたちは非常に住み易そうで、すいすい泳ぎ回っていた。


「ちょっと……こんなの聞いてないわよ」

「私だって知らないよ」

「そんなのわかってるわよ。いや、うん、八つ当たりだ。ごめん」

「いいよ」


 ガクの見立てによると、この遺跡は神代に生きていた一般人の家ということだった。確かに素材などはまったく違うが、大きさは柚希の知る普通の家より少し大きいくらいだ。無事な状況で真上から見れば大小のドーム状の建物がくっついたような形だったろう。


「雪ダルマみたいよね」

「だね。ところで、ダルマってなに?」

「絶滅した緑持ちのことらしいわね。なんか、どれだけ仕留めたと思ってもしつこく起き上がって来るらしいわよ」

「なにそれ、めんどくさい……。蒼族なのかな」

「どうでもいいわ。それより、無事なものがあるかどうかだけでも確かめましょう。この遺跡を保全するのは無理そうだし」

「お金ないしね」

「うるさい」


 考古学者というものは職業というよりは生き方だ——というのがガクの持論である。

 そのため、メインで糊口を凌ぐ職業が必要になる。だいたいの考古学者は資金援助してくれる出資者スポンサーが必要になるのだ。

 そして、そういう考古学者はたいてい魔法協会に属している。魔法の才能のないガクはどう足掻いても、自称という他なかった。それに、実際の考古学者はといえば、その半数は森人だったりする。

 一人で危険な樹海深くまで入り込むことができるし、彼らは食事と装備くらいにしかお金を使わないからだ。出資者たちも、どうせお金を出すのならできるだけ遺跡の修繕などに使って欲しいと考えており、実際に遺跡を発見して調査するのはほとんど森人なのである。


 小さな方のドーム状の建物が元は玄関なのだろう。後ろにある大きな方は木に潰されているため中に入れそうにはない。二人は一応おじゃましますと声に出してから扉を開けようとして四苦八苦することになった。なにしろ取手がなく、ならば押し戸なのかというとそういうわけでもない。横にスライドさせようとすると、重いがどうにか動いた。頑張ったのは当然ながら柚希である。


「外側は木のツタに覆われてたけど、中はそうでもないね」

「そうね、良いことだわ。……これがなければ、もっと良かったんだけど」


 そう呟いてガクは一歩踏み出すとぐしゅぐしゅ音が鳴る。玄関を開けたことで中に溜まった水が一気に流れ出したおかげで水溜りがあちこちにあるくらいだが、それで二人は水を被ってしまった。膝から下は水に浸かったかのようにぐっしょりと濡れていた。柚希は膝近くまである一枚革のブーツであるため問題なかったが、ガクは足首まで覆うワーキングブーツであったため、中まで水が浸透してしまっている。


「あたしももっと良い靴が欲しい……!」

「切実だね。これ、結構高いよ?」

「別に一緒のやつじゃなくていいわよ、気持ち悪い」

「ひどい……」

「てか、あんたのそれって三日月さんがくれたやつでしょ? 確か緑持ちの素材を使ったやつなんだっけ。逆立ちしたって手が出ないわよ」


 柚希は鎧などの頑丈な装備を身に付けていないものの、そのすべてが緑持ちの素材を用いた超高級品だ。なにしろ一般で緑持ちの素材が出回ることなどほとんどないため、そういうものが欲しければ材料を調達するために、まず森人へ依頼するところから始まってしまう。結果、服一着を作るために十数万ゴルドは掛かるのだ。鎧などであればもっと高い。人間でそんなものを着られるのは金持ちか、凄腕のハンターかのどちらかに限られる。


 しかし、柚希が着ているのは緑持ちの素材を用いているとはいっても所詮ただの衣服である。これは別に彼女が特殊というわけではなく、森人で機動力の落ちる鎧などを着ている者などほとんどいないという話。

 緑持ちの素材を用いた衣服が高級品であるにも関わらず憧れの対象である理由は、防御力でも頑丈さでもない。服は服なのだから、今朝柚希が大樹の上から落ちたときだってほとんどダメージはそのまま肉体にかかるし、刃物を使えば切ることだってできる。ではなにかというと、緑持ち特有の再生能力にあった。破れたり汚れたりしても、時間を掛ければ自動修復するのである。


 そう。緑持ちは自然治癒力が優れているだけでなく、再生能力まで持ち合わせているのだ。

 時間と体力とエレメントは掛かるが、眼球が抉られても、腕が捥げても、臓器が潰されても、それらは再生することができる。だからこそ緑持ちは化物と言われてしまい、「人的排除可能な天災」と呼ばれるのだ。足を千切っても頭を射抜いても生命活動を続けるような化物が天災と呼ばれずして何と呼べばいいのか。


 人間の緑持ちである森人の柚希も例外ではない。しかし彼女に言わせれば、腕が噛み千切られたり足が切り落とされたりしたならその時点で死亡確定だ。そういった状況は戦闘中であることがほとんどで、別に切断された足がすぐにょきにょき生えてくるわけではないのだから、結局のところ大差はない。運良く生き延びられたときに、その障害を負わなくてもよいというだけでしかなかった。

 だからこそ、彼女を気を置くことなく付き合ってくれるガクは掛け替えのない友人だった。


「さて! ねぇガク、私は何すればいいかな? 力仕事なら任せてよ!」


 袖を捲って鼻息荒く言うが、彼女の返答はけんもほろろなものだった。


「いや、あんたが手を出すと貴重な遺跡を壊しかねない。近くに獣とかがいないか注意してくれてたらそれでいい」

「そんなあ! できるって! 私だって何かできるって! バカにしないでよっ」

「あんた、前にどこかの遺跡で石盤見付けたって持ってきたけど、力一杯掴んでたせいで崩したでしょ」

「…………はぁい」


 出番はないようだった。

 仕方なく、柚希は遺跡の出入り口になる玄関で待機することにした。遺跡内部に光源となるものはなく暗かったが、木が倒れてきた衝撃であちこちに亀裂が走っており、そこから光が射し込んできている。

 光と一緒にどこかで溜まっていた雨水も一緒に流れ込んでくるが、光を受けてきらきらと金色に輝いていた。それで今朝見た大樹の上での風景を思い出し、少し落ち込んだ気分が軽くなった。ついでに口も軽くなり、ガクへ問い掛ける。


「ねぇねぇ、あれってなにかな?」

「写真の額縁じゃないの?」

「写真かぁ。私一枚も持ってないや」

「あたしも持ってないわよ。あんな高級品は使いどころが限られてるの。こういう、今にも崩れそうな遺跡を写真で残したりとかね」


 ガクは手袋をして、そこらに散乱しているものをひとつひとつ慎重に取って矯めつ眇めつしながら返す。


「うーん、神代ってすごいな。写真とか普通の人でも持てたんだ」

「写真っつーか、カメラだけどね。神代はエレメントもないっていうのによく考えつくわよ」

「カメラか。あれってどういう仕組みだったっけ」


 ガクは斜め上方へ視線をやり、ええとと呟きながら続けた。


「専用の染料を塗布した紙を挟んで、ブルー・エレメントの多い光石で景色を焼き付けるんじゃなかったかしら。その後で紙に焼き付いた景色が色褪せたりしないように、保存液に一週間くらい浸して冷暗所で乾かして完成……だったかな。光石を使い捨てにするのよねぇ。とてもじゃないけど買えないわ」


 記憶を取り出す必要のある話は集中する必要があるが、それ以外の会話なら問題ない様子で、ガクは再び遺跡に残されたものを湛然に調べ始めた。


「ブルー・エレメントってことは、海とか川にそういう石があるのかなぁ」

「この島大陸じゃ取れるのは北の黒甲国か南のウルディアくらいじゃないかしら。柚希はまだ行けないわね」

「それを言うならセントクレアも行けないけどね」


 二人が生活するこの大陸は弓状で島大陸と呼ばれている。世界には他に三つの大陸と、それなりの大きさがある諸島群のアイランドという場所があり、それらが人間や森人の生活できる地域だ。


「海かぁ。見たことないなー」

「あたしもないけど、すっごいらしいわね。一度見てみたい」

「だよね! いつか行こうよ!」

「無理でしょ、たぶん」

「そんなことないよ! きっと、いつか行けるって!」

「あー。なら……あんた一人前になってから世界を旅して来なさいよ。それで仲間とか増やして、それからなら考えなくもない」

「私一人で大丈夫だって」

「信頼できん」

「ひどい! 結構ひどい!」


 疲れたのか、ガクは眼鏡を外して目蓋の辺りを押さえながら続ける。


「それに、それからなら楽しそうだし。せいぜい、新しい柚希の仲間からいろいろと話を聞かせてもらおうじゃない?」

「むぅ……。でも、仲間、か。できたらいいなぁ」

「大丈夫なんじゃない? たぶん」

「無責任な……。森人って基本的に一人で行動するんだよ?」


 緑持ちを呼び寄せちゃうし、と小声で漏らす。


「だから、それでも問題ないって言える仲間を集めればいいだけの話でしょ」

「そうなんだけどさ」

「…………この世には海上国家っていう海の上でぷかぷか浮かんでる国があるらしい」

「そうなの?」

「そして、そこでは新鮮で美味しい魚介類が格安で売られているのだとか」

「ごくり……」


 柚希が妄想という名の夢の世界に旅立っている間に、ガクは遺跡の調査を集中して行うことにした。

 柚希が人間の友達を掛け替えのない存在と思っているように、ガクもまた、森人の友人を掛け替えのない存在と思っていたのだ。


 ガクが望めば、心優しい友人はきっと近くにいてくれるだろう。けれど、それは彼女の自由を束縛することでしかない。

 柚希は森人だ。非力で脆弱な人間であるガクとは違い、強靭な肉体を持つ。

 だからこそ、彼女には自分の分まで、世界を自由気ままに回って欲しい。

 もちろん正面からそんなことを言うのは恥ずかしいので、遠回しにそれっぽいことを匂わす程度になるのだが。


「いいね。色々回ってみたい。一人前になれたら、行って来る。そんでもって、仲間を紹介するね」

「そうね。そうしてくれたら、あたしも安心して色々回れるわね」

「うん。楽しみにしてて」


 屈託なく笑う柚希に、ガクもまた笑みを零した。

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