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現実世界への帰還

 私が目を覚ますと、そこには真っ白な天井が広がっていた。

 薬品の独特なツンッとした匂いが鼻をつつく。


(病院……?)


 真っ白な天井に、薬品の匂い。体の上に乗っているシートみたいなものも白い。

 そして、背中から伝わってくる感触から、柔らかいマットレスに、自分の体が寝かされていることが理解できた。

 私は安心したように息をはく。

 体が思うように動かないことや、声をいまいち出せないことなど、様々な異変が現れていたのにもかかわらず、安心した気持ちが一番大きい。


 帰ってこれた。


 その気持ちで私の胸はいっぱいだった。

 それ以外のことは気にならなかった。

 もしかしたら、まだ戻って来れていないかもしれない。しかし、そんなことはないだろう。

 確信にも満ちた気持ちが私にはあったのだ。

 それを証明するかのように、病室の横開きの扉が開く。


 部屋に入ってきたのは、手に花束を持ったお母さんだった。


 見間違えるはずがない。私の、今井咲のお母さんだ。

 お母さんは私と目を合わせると、信じられないように固まったあと、花束を落とし、私のもとに走ってくると、寝たままの私をギュッと抱きしめてくる。


「よかった……本当によかった……咲ちゃんが帰ってきてくれた」


 涙を流しているのか、そう言ったお母さんの声は震えていた。

 私もつられて目から涙を流す。


「た…ただい…ま…お母…さん」


 掠れた声で私はそう答えて、震える手を必死に動かし、お母さんを抱き返した。



 私が目を覚ましたことは、すぐにお母さんによって看護婦に伝わった。

 医師の先生が来て、私の体を念入りに調べ上げてた。

 途中、お父さんが病室に駆け込んできた。お母さんが電話したみたいで、仕事を飛び出して病院に来てくれたみたいだ。

 私が目を開けている姿を見ると、お父さんは目に涙を浮かべて、一度病室から出ていこうとする。お母さんもお父さんの背中をさするようにして、二人して一緒に出ていった。しばらくすると、お父さんのものらしき泣いた声が私の部屋に響いてきた。

 

 その間に、先生は私の体を調べ終えたのか、椅子に座る。

 しばらくして、お母さんとお父さんが戻ってきた。

 目を真っ赤にはらした、二人を見て、先生がにっこりと笑う。


「お嬢さんの体は、何も問題ありません」


 先生の言葉を受け二人は安堵したような表情を浮かべる。


「しかし、一週間眠っていたことにより、筋肉は衰えてしまっています。リハビリが必要でしょう。それが終わって、日常生活に問題ないと判断出来たら、退院できますよ」


「……はい。ありがとうございます」


 お母さんが先生に頭を下げる。 

 お父さんも深く頭を下げる。

 それを見ると、先生は病室から出ていった。


 先生が出ていくとお父さんが私を抱きしめる。

 何年ぶりか分からないお父さんの、お母さんとは違うがっしりとした抱擁に、私は安心しきた表情を浮かべていたと思う。




 聞いた話だと、私はあの日から一週間眠りっぱなしだったという。

 そのため、足腰の筋力が衰え、目を覚ましてから二日ぐらいは歩くこともままならなかった。声の方は、お母さんが毎日のように病室に来てくれ話をしているうちに、気づけば元の状態に戻っていた。

 それからはリハビリ生活だ。

 ある日には、私の意識が戻ったと学校に伝わったのか、友達が見舞いに来てくれた。

 みんな泣いて来るもんだから、私の目はずっと腫れたままだ。


 目を覚ました後、私が一番困ったのは、昏睡状態になった理由を聞かれたときだ。

 医師の先生の話によれば、知らないうちに溜まったストレスが原因なんじゃないかという診断になっているようで、お母さんやお父さん、そして、友達からもこうなる前に相談してねって言われている。

 私は頷いておくことしか出来ない。

 言えるわけがないだろう。その間に異世界に飛ばされて、童話のマッチ売りの少女になっていたなんて。

 言っても誰も信じてくれない。

 一人を除いては……


 私に異世界転移の知識を植え付けた彼は、しかし、見舞いには来なかった。

 やっぱりなと思った。彼とは学校以外での詳しいことは知らない。

 どこに住んでいるのかも、連絡先さえも知らないのだ。

 そんな彼は、私の意識が戻ったと知っても、見舞いに来られないに違いない。

 連絡先も知らない彼が、私の入院している病院を知る術はないのだから。



 リハビリは順調に進み、明日には私の退院が決まった。

 一人で歩けるようになると、私は病院の中にあるコンビニに向かった。

 病院に本屋はない。本があるとしたらコンビニくらいだと思ったのだ。

 この病院には小児科もあるから、コンビニに子供向けの本があってもおかしくない。

 そう思いお母さんと一緒のコンビニに行き、そして、私は児童文学コーナと小さく作られた、特別なコーナの前で足を止めた。

 そこの棚の三段目にそれは、表紙をこちらに向けて立てかけられていた。


『マッチ売りの少女』


 私はそれを手に取ると、ぺらぺらとページを捲っていく。

 最初は記憶にある通りの話の展開だった。

 物語が中盤に差し掛かり、少女は目の前にクリスマスツリーが広がっているのを見ている。

 クリスマスツリーが消える。

 そこで、少女の描写が私の知っているのとは少し変わっていた。

 少女はおもむろに街を歩き出すと、自分の家に行き、自分の気持ちを両親にぶつけていたのだ。

 まるで私がしたかのように、両親に向かってマッチを掲げると、両親はその火をみて涙を流し、少女を優しく抱きしめたのだ。


 物語はそこで終わっていた。

 少し省略された部分はあるものの、少女は最終的に両親に抱きしめられて終わるハッピーエンドへと、物語は姿を変えていたのだ。

 私がそれを見て笑っているのをお母さんが気づく。


「咲ちゃんは小さいころから、マッチ売りの少女好きだったもんね」


 と懐かしそうに言った。


「うん」


 私は子供っぽくそう言うと、お母さんも私を見て優しく微笑んだのだ。

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