最後の仕事
これで、もう少女の両親の心配はいらないだろう。
両親は涙を流しながら、椅子に座っている。今は少女への罪悪感や、色々な気持ちが押し寄せてきているに違いない。
私は床にばらまかれたマッチを手いっぱいに持つと、家の外に出た。
これで少女のバットエンドは回避できた。
あとは、私が元の世界に戻るだけ。
でも、その前に一人だけ会っておかなければならない相手がいる。
私は手に持ったマッチの束を、家の壁にまとめて擦った。
今までよりも大きく明るい火が灯る。
そして、照らされた家の壁に目を向けると、私の思っていた人物がそこにはいた。
少女のおばあさんである。
私はおばあさんを正面から見つめる。
おばあさんは穏やかな表情を浮かべて、こっちに来るように手招きしていた。
私はおばさんに向かって首を振る。
「おばあさん。ごめんね。もう、この子はそっちに行く必要なくなったんだ」
そう言って私は微笑んだ。
「見守ってくれてありがとう」
おばあさんは私の言葉を聞くと、手招きをすることをやめた。
代わりに、私に向かってさっきよりも深い笑みを浮かべたのだ。
マッチはそこで全部燃え尽きた。
寒空の下、私は一人立ちつくしていた。
雪交じりの突風が吹き、私の手にあったマッチに束は、遠くに飛んで行ってしまった。
もう必要はない。まるでそう言われているようにマッチは私から見えなくなる。
家に明かりが灯った。
少女の体が、私の意図とは関係なく動き出す。
勢いよく扉を開く。
そこには、両親が優しい笑みで家に入ってきた少女を迎えていた。
「おかえり。それとすまなかった」
「ごめんなさい。そして、おかえりなさい。私たちの大切な可愛い宝物」
そして、少女は両親に抱きしめられた。
優しく温かいものが少女の体を包み込んでいるのが私にも伝わってくる。
少女はとにかく泣いた。子供らしく大きな声で、両親の胸の中で泣いている。
そんな涙で歪んだ視界の中に、一本の蝋燭が私には見えていた。
少女自身の心の蝋燭だ。
今にも消えかけてしまいそうな蝋燭。なんとか保たれている火はちょっとしたことで消えて無くなってしまいそうだ。
私はマッチを取ろうと、エプロンの中に手を入れた。
最後のマッチが一本、ポケットの中にあった。
それを取り出すと、何とか手を伸ばし家の壁に擦り付ける。マッチに火を灯し、私はその火を、蝋燭の消えそうな火に付け足すように近づける。
マッチに触れた蝋燭は、力強いく燃え上がった。
私はそれを確認すると、意識が徐々に薄れていく。
そのまま視界が完全にブラックアウトする。
『ありがとう』
ブラックアウトする直前、少女の声が私には聞こえたような気がした。