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少女の両親との対峙

 私が扉を開くと、中の住人が私の方に視線を向ける。

 マッチで見た通り、二人の男女が椅子に座っていた。

 私の姿を確認すると男の方が私に向かって歩いてくる。

 偉そうな足取りで私の近くに来ると、私の全体をなめるように見つめた。


「お前、帰ってきたってことは、金稼げたってことでいいんだよな」


 そう言って、男は私のエプロンのポケットを無造作に探ると、思いっきり手を引き抜く。

 男は引き抜いた手を広げると手の中を見る。

 もちろん、お金など一円もない。

 男の手にはマッチがあるだけだ。

 男はそれを確認すると見る見るうちに、怒りの表情を露わにしていく。


「ふざけてんのか!!!マッチしかないじゃないか!!!!」


 激怒した男は、私にマッチの束を投げつけると、その勢いで私の頬を叩いた。

 衝撃が私の脳を揺らす。

 少女の小さい体がこの衝撃に耐えれるはずもなく、マッチと一緒に床に倒れこむ。


「痛っ」


 私は初めての衝撃に声がもれる。

 人生で初めてぶたれた。痛い。頬も痛いが、実の父親に叩かれたことに、少女の心の痛みのほうが私には強く感じられた。

 今、少女は泣いている。そんな気がしてならない。

 男はさらに叫び続けた。


「二度と一円も稼ぐことなく帰って来るなって言ったよな!!!」


 男の怒りは留まることを知らない。

 女の方は私の方を見ないようにしている。現実から目を逸らしているかようだ。

 この家に少女の味方はいない。

 でも、子供は親がいないと生きていけない。どれだけ親がいい人ではなくても、子供にとっては嫌いになれないのだ。赤ちゃんの頃に可愛がってくれた思い出があればあるほど、もう一回その時の愛情が欲しいと必死になって親の言うことを聞いてしまうのだ。

 この少女はその典型のように思われた。

 どうにかして、この両親に当時のことを思い出して欲しい。

 そして、少女の本当の想いに気づいて欲しい。

 私は地面に転がっているマッチを手に取ると、少女の両親に向かって言う。


「この子は必死にあなたたちの想いの応えようと、マッチを売っていたんです。家族三人でいつか幸せに暮らそうと、明るい未来に向かってね。そんなこの子の幼い命の(ともしび)が、あと少しで消えるところだったんですよ」


 少女の態度の変わりように、二人は驚いた顔をこちらに向ける。


「だ、だからどうしたって言うんだよ」


 男は戸惑いながらも私に言い返してきた。

 完全に娘を大切に思う親の態度ではなかった。

 私は、この少女を産んだ時を思い出して欲しい一心で、床にマッチを擦り付け、火を灯す。


「このマッチをよく見てください」


 二人に向かって火のついたマッチを突き出す。

 二人はその火を見つめて止まっている。


 マッチの明かりが家全体に広がった。


 すると見えてきたのは、今よりも少しだけ若い少女の両親の姿だった。

 女の腕の中には小さな赤子が、大事に抱えられていた。

 きっと、あれがまだ生まれて間もない少女の姿だろう。

 後ろに映る家は、ここと同じである。

 この頃から生活は特別裕福ではなく、私が見た限りだと今と変わっている様子はない。

 流石に、今よりも壁に傷が少ない。それは当たり前のことだ。

 何か理由があるのかもしれないが、生活が劇的に変わってしまったわけではないようだ。

 変わってしまったのは両親の気持ちだろう。

 マッチに映りこんだ二人から、これまでの映像と違い声が聞こえてくる。


「これからは、私たちがしっかりしなくちゃね」

「ああ。この子は俺たちが守っていかなきゃいけないな」


 二人からは希望に満ちた声が漏れ聞こえてくる。

 愛おしそうに、腕の中にいる自分たちの娘を見ながら微笑みあっていた。

 今の様子からはまるで想像できない両親の姿。

 少女の目からは、涙が流れて止まらない。

 これは私の感情ではない。少女の溢れ出る感情が涙を流しているのだ。

 少女はとにかく泣いていた。愛されていたことを思い出すように、赤子のように泣くのをやめない。


 マッチはここで、消えてしまった。


 家がまた薄暗くなる。

 少女の両親はマッチの映し出した光景に、ただ黙ってその場に放心状態で固まってしまっている。

 今のは、赤子の頃の少女の記憶だろう。

 少女の頭の奥底眠った記憶が、今になって掘り起こされたのだ。


 私は目から止まらない涙を抑えることなく、もう一度マッチを手に取り、床に擦り付ける。


 マッチの温かい光がもう一度家を照らし出す。

 今度は映像が映し出されることはなかった。

 しかし、その代わり私の前には二つの蝋燭(ろうそく)が浮き出てきた。

 蝋燭はどちらもロウがひび割れていて、今にも壊れてしまいそうになっている。かろうじて、火を点ける紐の部分が頂点に出ていた。

 私はそこにマッチを近づけると、壊さないように慎重に火を灯していった。

 蝋燭は私が火を灯すと、私から離れていく。

 行先は少女の両親だ。蝋燭は一本ずつ、両親の体の中に吸い込まれていき、完全に見えなくなる。

 すると、両親の目からは少女と同じように涙が流れ始めた。


 手に持っていたマッチはそこで燃え尽きる。


 光が消え、家はまた薄暗くなる。

 ここで私は先ほどの蝋燭の意味をなとなくだが理解できた。


 あれは心の灯だったのだろう。


 私が火を灯したことにより、冷え切った少女の両親の心にもう一度、あの時の温かい気持ちを呼び起こすことに成功したらしい。

 その証拠が今流している涙である。


 私の中にはそんな確信があった。

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