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本の通りに進むマッチの情景

 そんな事実が分かったところで、私の中にある焦りが生まれていた。

 マッチ売りの少女は確か、バットエンドだったはずである。

 少女は家に帰ることも出来ずに、大晦日の次の日には、マッチを持ったまま民家の壁のすぐ横で死んでしまうのだ。なんで、小さいころの私はそんな話が好きだったのか、今考えたらわからない。だが、それは今は関係ないことだ。

 今日が、その大晦日という保証はどこにもない。しかし、それにしては少女の状況は本の内容に酷似し過ぎているように思える。

 ポケットのマッチ。雪に覆われた金色の髪。そして、履いてない靴。

 私が聞かされた話の少女は、最初こそ靴を履いていたが、お母さんの靴だったために大きすぎて、道の途中で脱げてしてしまったのだった。いろいろな不幸が重なり少女はその靴を取り損なう。裸足のまま街を歩いて行く羽目になったと私は記憶している。

 実際、私の足は裸足で、寒い中を歩いたせいか真っ赤になり、感覚がない。

 このままいくと、私もろとも少女は死んでしまう。

 それは、避けなければならない。

 もしかしたら、少女が死ぬことで私は元の世界に帰れるかもしれないが、それを試すにはリスクが高すぎる。私だってまだ死にたくない。生きたまま元の世界に戻りたいのだ。


「なんとかして、バットエンドを回避しなければ」


 私の中でそんな思いが強くなる。



 状況を理解した私は、まず風を凌げる場所を探した。体が冷えて仕方ない。マッチを使いたくなる気持ちをグッと抑えて、私はとにかく辺りを見渡した。マッチを使うのはその後だ。

 このまま歩いて行くと、きっと街の一角の二件の家に着くことだろう。

 そこに着いてしまってはいけない。着いてしまえば死にゆく未来に近づいてしまう。

 すると、今いるところの少し先に、民家と民家の間に細い道があるのを見つけた。

 誰も使用していないのを確認すると、私はそこへ向かって歩き出す。

 何とか凍える体に鞭打ってたどり着く。

 寒いのは変わらないが、さっきに比べれば風が直接当たらない分こっちの方がマシだった。

 ここに来て初めて、私は自分の体が小さくてよかったと思えた。

 歩いているときは、あまりに歩幅が狭く、歩くのが遅くて思った以上に到着まで時間がかかってしまった。しかし、狭いここでは、小さな体のおかげで自由が利く。

 私はこれからのことを考える。

 でも、考えたところでどうしようもない。

 あるのはポケットに入ったマッチのみ。


 私は仕方なく凍えた体を温めるために、マッチを壁に擦り付ける。


 ≪シュッ≫


 マッチは軽い音をたてたかと思うと、先端に火を灯す。

 温かなオレンジ色が私と薄暗いこの場所を照らした。

 私はほっと一息ついた。火を見ると人は落ち着くと聞いたことがあるが、それはどうも本当らしい。

 どんどん体に熱が戻ってくる。

 しかし、マッチ一本の火力にしては体が温まるのが早すぎるような気がする。

 私はマッチから視線を上げると、目の前に広がる光景に驚きのあまり固まってしまった。


 目の前には民家の壁ではなく、鉄の柵で覆われたストーブがあったのだ。


 私はそのストーブの前に座っているような感覚に襲われる。

 ストーブは真鍮の足に、てっぺんには真鍮の飾りと本で聞かされた通りの姿をしていた。

 火は周りをこれでもかというように温める。そこにいる人を祝福するかのように火は輝きに満ちていた。

 私の体が勝手に、ストーブ方へと引き寄せられる。凍え切った体は、私が思っている以上に熱を欲しているようだ。

 あとちょっとでストーブの前にたどり着く。という時に、ストーブは忽然(こつぜん)と消え去ってしまった。

 目に前には民家の冷たい壁があるだけ。

 手には燃え尽きたマッチが残っているだけで何もない。

 寒さが息を吹き返したかのように、強くなる。私は体を抱くようにしてその場で膝をついた。

 変に温まってしまってせいで、余計に寒さを感じてしまう。


「ああ……最悪……」


 私の口からはつい弱音が出てしまう。

 しかし、おかげで一つ分かったこともある。

 さっき見た光景は本の通りだった。

 つまり、これで今日が大晦日の夜だということが実質決定してしまったと言うことだ。

 こうなって来ると、うかうかしていられない。

 少女の死はすぐそこまで迫っている。

 私は、今度はしっかりと目の前に広がるであろう光景を確かめるように意識して、新しいマッチを壁に擦り付けた。

 すると―――


 目に前にはどこかの家の食卓の光景が、壁いっぱいに広がる。


 机には白いテーブルクロスがかけられて、その上には焼かれた鳥がのり、美味しそうに湯気をあげていた。隣にはご丁寧にリンゴと干されたプラムが置かれている。

 そして、ナイフとフォークをお腹に刺した鳥がこちらに歩いてくるのだ。

 私はつい身を引いてしまう。

 実際に見るとホラーじみていて怖い。

 しかし、体は私の意思とは裏腹に、空腹感を訴えるようにお腹を鳴らしていた。

 鳥が私のところに来る直前、その光景は消え去ったのだ。

 私は少しほっとしたように胸をなでおろす。


 私は間髪入れずに、すぐにもう一本マッチを壁に擦り付けた。

 私の想像が正しければ、今度は大きなクリスマスツリーが出てくるはずである。

 そう思い、私は目の前が明るくなったのを確認してから、顔を上げた。


 そこには、私の思った通り大きなクリスマスツリーがあったのだ。


 私は予想が当たっていてつい笑みがこぼれてしまう。

 ツリーは私が見ても豪華な装飾がされていて、圧巻なものだった。家にあるものというよりも、街に備え付けられたツリーと言った方が表現としては合っている気がする。

 また、体が勝手に動く。私はツリーに両手を伸ばしていた。

 そしてそのタイミングでマッチは消える。

 クリスマスツリーは天高く飛び上がって黒い点にしか見えなくなる。すると、ツリーは大気圏に突入したのか赤く燃え上がると、装飾のどれかがツリーから離れて流れ落ちた。

 私は予想通りの光景にただ茫然と、それを見ていた。

 そして、次には少女の口からは「いま、誰かが亡くなったんだわ!」っと言うのだろう。

 少女のことを愛していたたった一人の、もう亡くなってしまったおばちゃんの教えだったから。

 だが、それを知っている私がそんなこと言うはずもない。そう思っていた。


「いま、誰かが亡くなったんだわ!」


 突然響いた、小さい少女のような、儚くか細い声に、私はびくりとして辺りを見渡した。

 ここにいるのは私だけのはずだ。一体誰がっと思い首を必死に動かしてみるも、やはり誰の姿も見えない。

 私は自分の口を塞ぐ。

 確かに聞こえた声。思い当たるのは自分以外ない。


「うそでしょ……」


 だが、認めないといけない。

 今喋った声は、先ほど聞こえた声と似ていた。というか同じものだ。

 これまで頭の中では勝手にいつもの自分の声で再生させていたために気づくのが遅れた。

 つまり、今この体には私と、体の持ち主である少女の意識両方が混在していると考えられる。

 マッチで見た光景に勝手に体が動いたことにも、これで納得いく。

 所々で、少女の意識が体を動かしていたのだ。幸い、今は私の方に体の所有権は偏っているために、まだ何とかなる。

 このまま次のマッチを点けるわけにはいかない。

 これでは、天国のおばあちゃんのところに行ってしまう。それでは意味がない。

 私は心の奥底で沸き起こる、おばあちゃんに会いたいという気持ちをどうにか押さえつけた。

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