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初まりの勇者と終わりの呪い  作者: 草上アケミ
第一章 聖なる獅子と不滅の鳥
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第五話 天煉の民

 リディンが投げた玉に入っていたのは、目潰しの薬だった。口に入ってもかなりの刺激になるが、目に入れば激痛に悶え最悪失明することもある凶悪な劇物だ。

 それをリディンはパーシェに向かって投げつるつもりだった。


 何故そんなことをしたのか――無論、二人を捕らえて自警団に突き出すためだ。

 心苦しいことだが、リディンがこれからも自警団で穏便にやっていくにはこれしか方法が無かった。昨日の病院の事といい、それより前にやらかした単独行動といい、上層部に睨まれるのに充分なことをしてしまっている身の上では、いつ首にされてもおかしくない。

 金に困れば最悪家を売りに出さなければならない羽目になるが、そんな事態はどうしても避けたかった。


 町が存亡の危機を迎えているというのに、自警団に縋りつくのはほとほと呑気な考えであることは分かっている。しかし、それでもリディンはこの無人の通りと生まれ育った家に執着していた。

 頭の隅では自分の思考の歪みに気付いても、どこからおかしいのか分からない、知らない――覚えていない。


 そもそも、俺は――


  ◆ ◆ ◆


 覚醒するのと同時に、リディンは跳ね起きた。

「――っ」

 悪酔いしたときのような鈍痛が頭を襲う。しばらく額を手で押さえているうちに徐々に鎮まっていった。身体の節々もがちがちに固まってしまっていて痛いが、こちらは耐えられない程ではないし、立ち上がって動けば解消できる。

 頭痛が堪えられる程度になってから、リディンはようやく周囲に眼を向けた。

 リディンが寝かされていたのは森の中だった。

 軽く見積もっても身の丈の三倍以上はある木々が遥か頭上で枝を伸ばし、日光を遮って辺りを薄暗くしている。地表はふかふかの腐葉土で、草や低木が太い幹を持つ高木の間に生えていた。

 こんな場所に見覚えは無い。明らかに町の外である。

 リディンはパニック寸前だった。どうしてこんな場所にいるのか、皆目見当もつかない。


 必死で記憶を辿り、状況を整理する。

 まず、昨夜にギルを捕縛する決意を固めたことを思い出した。ギルがモンスターに関する有益な情報を持っていることは確実だった。そんな相手から情報を引っ張り出そうとするのは至極当然の帰結である。

 ギルを拘束する作戦を練ってから、家の薬品棚から麻酔や睡眠薬を探し出し、寝る前に暗器を仕込んでおいた。

 そして翌朝、家の前にギルの使いを名乗る男が現れた。

 待ち合わせの場所が変更とのことだったが、その程度の事態は予想の範囲内だった。

 男について行った先の酒場には、ギルが待っていた。真っ赤なスープを作って料理の腕を自慢していたことも思い出したが、無駄に腹が減るだけなのでそのことについては頭の隅に追いやった。

 スープをよそい始めて隙だらけとなったギルと、朝食を心待ちにしている仲間を見て、捕えるには絶好の機会だと思い玉薬を投げつけようとし――返り討ちにあった。

 それからの記憶は完全に途絶えてしまっている。


「目が覚めたか」

 背後からかけられた声に、弾かれたように振り向くとギルがいた。リディンの死角となる背後で、用を足すときのようにしゃがみ込み、両肩に槍をかけていた。

「おい、仮面の。一体ここは何処だ」

 身体をギルの方に向き直してリディンは強い語気で言った。

「ケアリアからだと、徒歩でざっと一日くらいの場所だ」

 指折りで何かを数えながらギルが事も無げに言った。そして、ああそうだ、とリディンに三本の指の示す。

(ぬし)がのされてから大体三刻程経っている。気がつくのはもう少し後になると思ったが、やはりその辺り身体は丈夫なようだな」

「……は?」

 リディンはギルが何を言っているのかさっぱり理解できなかった。

 一日かかる道のりをたった三刻――つまり昼過ぎまでに踏破するなんてことはあり得ない。平坦な道なら駿馬をとばして行程を短縮できるだろうが、障害物の多い森ではその限りでないし、何より馬の姿が見当たらない。

 きっと半日と言うところを一日と間違えたのだろう、きっとそうだ、とリディンは結論づけた。

「おいおい、いくら何でも話を盛り過ぎだろ。三刻で辿れる道なんざ半日が精々じゃないか」

「あ……ああ、そうだ」

 リディンは冗談として流す筈だったのに、ギルは明らかに動揺していた。


「お前って本当に嘘が下手くそだな」

「煩い」

「と、言うことは嘘だと認めるんだな」

「うっ……」

 棺桶三つ分くらいの墓穴を盛大に掘り、ギルは言葉を詰まらせた。

 リディンはやれやれ、とため息をついた。それから、軋む身体を動かして立ち上がる。

「かと言って、本当のところを話すつもりもないんだろ」

 ギルもさっと立ち上がった。

「そ、そんなことは無い! 事が済んだら知っている限りの説明はする!」

 ギルは半ば意地になって言っているように見えた。リディンは疑わしげな眼を向ける。

「本当だろうな?」

「本当だ! 『正義』の名に誓って、絶対に説明する。説明できなかったときは、俺はこの舌を引っこ抜いても良い」

 大仰な台詞を吐くと、ギルは口を大きく開けて自分の舌を指差した。

 それこそ冗談のような話だったが、言葉には本気がにじみ出ていた。

「テメェの舌なんかいるかっ!」

 リディンは全力で拒否した。

「そうか、なら喉を潰す方で――」

「潰さんでいい」

「じゃあ――」

「じゃあ……じゃねぇよっ!」

 それでも尚血なまぐさい発言を続けるギルに、リディンは頭を抱えた。


 リディンの努力の結果ギルの提案はことごとく却下され、「話しにくいことは黙ってていいから身体の一部をもぐ発想をやめろ」と、謎から遠ざかる形で約束をした。

 自分が有利な条件になったというのに、逆にギルは不服そうだった。被虐嗜好持ちなのか、とリディンは本気で疑った。

「で、えーと……パーシェ、だったか。あいつは?」

 とりあえずリディンは流血沙汰の話から離れるために話題を振った。

 リディンを取り押さえた男の姿は何処にも見えなかった。

「主を運んだ後、いつも通り後方待機だ」

 まだ少し機嫌が悪そうにギルが言った。

 リディンは、パーシェが自分のことを運び屋だと言っていたのを思い出した。

「いつも……通り?」

「ああ、あいつは戦わないからな。後から合図を送れば迎えにくる手筈になっている」

「迎えにくるって、お前――」

 まさか本当に一人で戦う気か、と言葉を続けようとしたが、ギルに手で制され、リディンは言葉を飲み込んだ。

「静かにしろ」

 ギルは突然声の調子を低くした。

 ただならぬ様子に、リディンも周囲に眼を向ける。しかし、不審な気配すら感じない。

「ついて来い!」

 突然、ギルは駆け出した。

「あ、おいっ」

 リディンもすぐに追いかけるが、相変わらずの足の速さに加えて障害物を易々と避ける身軽さの差にあっという間に引き離されてしまう。それでも懸命に走っていると、ギルは目の前で大きく跳躍し姿が見えなくなった。

 森を抜け、急に視界が開けた。下草の生えた道に、くっきりと四本の(わだち)が残っている。どうやら、街道に出たようだった。

 馬車が二台並んで移動できる広い道のど真ん中に、ギルは突っ立っていた。

 ギルは何かを見ているようで、傍に駆け寄るリディンの方に顔を向けようとしない。

 リディンもギルが見ている方を向いた。

「!」

 見えたものに、リディンは反射的に数歩後ずさってしまう。


 そこにいたのは、三()の鳥だった。

 全体的にほっそりとした体型で、烏などと比べてやや首が長かった。足は少し長いが、コウノトリのようにほっそりとしているわけではなく、逞しく太く、先に付いたかぎ爪は大きく鋭い。炎のような橙色の羽根は、森の緑に映えてより一層鮮やかに見えた。

 もしこの鳥が肩にとまれる程度の大きさならば美しいと評価できたかもしれないが、生憎、リディンは目測で自分の背丈の二倍くらいある化け物鳥に見蕩れられる程の余裕は持ち合わせていなかった。

 明らかに普通の動物ではなく、モンスターだった。

「創王直属の兵か」

 しかし、ギルは恐れること無く巨鳥たちに声をかけた。

「デシュヒの虹議会からの使いの者だが、創王に会いたい」

 巨鳥のうち一頭が抑揚をつけて鳴いた。リディンは言葉のような節回しがあることに気付いたが、何と言っているのかは分からない。

「だからどうした。今は関係無い」

 驚いた事に、ギルは巨鳥の発した言葉の意味が分かっているようだった。

 別の一頭が鳴いた。

「そうだ。それ以外に何がある」

 端の一頭が一歩前に踏み出し、短く鳴いた。

「俺は王に話がある。道を開けろ」

 巨鳥たちは短く鳴くと拒絶するように羽根を逆立てた。

 逆立つ羽根は赤みを増し、巨鳥たちの周囲の大気が揺らめき、陽炎を作りだした。驚くべきことに、巨鳥たちは大量の熱を生み出していた。

 頭部の暗橙色の飾り羽根まで全て夕焼けのような鮮やかな色に変わる頃には、ギルとリディンのいる場所にまで汗がにじみ出る程の熱気が届いていた。

 被害者が大火傷を負っていた理由が明らかとなった。きっとこの巨鳥たちにおそわれたのだろう。


 一頭が再び短く鳴いた。

 鳴き声に対して、ギルは槍で地面を強く叩いた。

「断る。力ずくで通らせてもらう」

 ギルは喉の奥から獣の唸り声のような音を発した。同時に、巨鳥たちは一斉に身構える。

「しばらく下がっていろ」

 しかし、ギルの忠告に反してリディンは下がらずにギルの右腕を掴んだ。

「馬鹿かテメェ、とっとと逃げるぞ」

 どう見ても自分たちに勝ち目は無いとリディンは即座に判断を下していた。ギルの実力がいかほどの物かは分からないが、いくらなんでも体格と数の差が大きすぎる。三頭のモンスター相手にただで済むとは到底思えなかった。

 巨鳥が振り撒く熱は近付くだけで体力を消耗させ、一撃切り込む度に火傷は避けられない。


 だが、ギルに退く意思は全く無い。

「下がれ」

 ギルは槍を手放し、リディンの肩口を掴んだ。

 リディンがおや、と思ったときには既に足が地に着いていなかった。

 足払いを綺麗にきめ、ギルはリディンの両肩を再度がっしりと掴んだ。そのまま左足を軸にしてリディンの身体をぶん回し、遠心力をのせて後方へと投げ飛ばす。

「うがっ!」

 突然のことに受け身もとれず、リディンは無様にも地面に叩きつけられた。

「おい何しやがる!」

 即座に身を起こしリディンは怒鳴ったが、投げた当の本人は何処吹く風といった様子で巨鳥に向き直っている。

 ギルは槍を拾い上げると、柄に巻きつけられた飾り紐を解き始めた。完全に解いた後、槍の鞘に巻き付いている結び目に指をかけると自然と紐が切れる。

 槍を逆手に持ち替えて地面に刺すと——槍の先には鞘が付いたままであるのに、地面に容易に刺さった——ギルは両手で飾り紐を持った。

 右手で紐の片側の端を持ち、左手で紐をしっかりと握り込む。そして、握り込んだ左手をそのままに、右手で紐を一気に引っ張って滑らせた。手の中を滑っていく紐は赤い光を纏い、やがて黒く変色していった。

 今やギルの手の中にあるのは異邦の装飾品ではなく、棘のついた黒い鞭へと姿を変えていた。

「……何が、起こっているんだ」

 リディンは目を疑った。まるで大道芸人の奇術のようではないか。

「お前たちにはわざわざ『杖』を使うまでもない。これで十分だ」

 本気を出す気がない、というギルの一見嘗めているように聞こえる言葉に、巨鳥たちは色めき立った。


 先に仕掛けたのは鳥たちだった。

 二頭が甲高い声で鳴き、ギルに向かって正面から突進した。本来、鳥というものは大地を駆けられるようにできていない筈なのだが、騎馬並みの速さで突っ込んできた。

 普通の人間であれば、反応する間もなく吹っ飛ばされてしまうであろう突撃だ。

 しかし、相対するギルは普通ではなかった。

 手に持った鞭を鋭く振り抜くと前方の地面が横一文字に抉れ、土埃がギルの姿を完全に覆い隠した。宙を舞う土塊(つちくれ)と小石に怯んだ鳥たちの足は鈍る。

 その隙を逃さず、黒い鞭が土埃を低く横に切り裂いた。鋭い棘に両足を抉られ、二頭とも激痛のあまり転倒する。


 ――と、ギルは急に後ろへ大きく飛び退いた。

 倒れた仲間を飛び越えて、最後の一頭が飛びかかってきていたのだ。先程までギルがいた場所に鋭いかぎ爪が食い込む。

 ギルが手首をしならせると鞭は巨鳥の首に巻き付いた。

 巨鳥は鞭を振りほどこうと暴れ、その煽りをくらってギルは宙に投げ出された。

 空中で器用に姿勢を正し足から綺麗に着地すると、ギルは鞭を強く引っ張った。鞭についている棘同士が噛み合い、巨鳥の首を締め付ける。

「終わりだ」

 鞭の棘が赤く発光し、弾け飛ぶ。

「ギシャアアアアアアアアアッ!!」

 巨鳥は鼓膜を破らんばかりの断末魔を発し、その場に崩れ落ちた。巨鳥が倒れた途端に、熱されていた空気は冷えて涼しい風が吹き込んだ。

 巨鳥の首に巻き付いていた鞭はただの紐に戻っており、ギルが引っ張ると容易に解けた。


 リディンの目の前で、ギルは平然と飾り紐を再び槍の鞘に結び直した。

 ギルの目の前には、立ち上がろうと必死に藻掻く二頭と、泡を吹いて動かない一頭の巨鳥。対して、ギルは少々土埃で服が汚れただけで全くの無傷だった。

 異形の鞭に人間離れした動き、そしてモンスター慣れした戦い方――全てにおいて、ギルはリディンの常識を超越していた。

「お前、一体……」

 リディンがその問いをギルにぶつけるのは、この数日の間で何回目になるだろうか。その度にギルは会話から逃げていたが、今回は違った。

「町から随分離れたからな、そろそろ教えてやる」

 ギルは仮面に手をかけ、ゆっくりと外す。

 ようやく露わとなった素顔に、リディンは思わず息をのんだ。



「俺は、『悪魔』だ」

 そう言ったギルの両目は、鮮血のような色をしていた。

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