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初まりの勇者と終わりの呪い  作者: 草上アケミ
第一章 聖なる獅子と不滅の鳥
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第一話 獅子のいない町

 ケアリアの町の一角にある食堂<包帯と獅子亭>は、いつも通り朝から盛況だった。

 夜番が終わった自警団員、安っぽい身なりの商人、薄汚れた流れ者――身分的に中の下くらいの連中が集まる、いかにも大衆食堂といった雰囲気が店の中には溢れていた。


 とりたてて親しくもないが何かと縁のある二人の男も、その一角で朝食をとっていた。

 正確に言うと、給仕が料理を持ってきたのでこれから食べるというのが正しい。

 二人共、防具を身に着け各々の武器を店内に堂々と持ち込むという物騒な出で立ちだったが、そんなことはこの店では日常茶飯事なので給仕もいちいち目くじらをたてることはない。

 武器を振り回せば自警団を呼ばれて出入り禁止になる、ただそれだけの話だ。


「はい、お待ち遠ー。黒パンとシチュー、それから……エールを一本」

 給仕がテーブルの上に朝食のセットを二人分と、ジョッキを一つ置いた。

 給仕はジョッキを置くときに少し含んだような言い方をしたが、余計なことは言わずに盆とテーブルの上の空のジョッキをさげてさっさと二人から離れていった。


「お前なあ、朝っぱらから酒かよ。しかも何杯目なんだ。どこの飲んだくれだよ、ったく」

 給仕の思っていたことは、即座にエール酒を頼んでいない方によって代弁された。

 二人のうち、普通の朝食のみを頼んだ方は二十代の半ばぐらいの少し頬骨の張った男だった。

 ごくごくありふれた栗色の髪を短く刈った頭は傭兵やその手の職業ではよく見かけるもので、平凡な顔と合わせて特に目を引く容姿ではなかった。黄ばんだシャツに、自警団の支給品である安物の色褪せた防具一式という格好もかなり没個性的だ。

 椅子に引っ掛けている盾と片手剣も、別段珍しいものではない。

 だが、こと目に関して言えばかなり特徴的と言わざるを得なかった。

 右目は髪に似た色合いで特に変わったところは無いが、左目は瞳の色合いが極端に明るく、角度によっては金色にも見えた。

 虹彩異色症(ヘテロクロミア)という珍しい目である。庶民の間では片落ち目やぶつけ目という名で通っている。

 色こそ普通と変わっているが目の機能には特に問題が無いようで、左右合わせた視線は呆れの色を含んで正面に座っている男に注がれていた。


「別に俺が朝から飲んでいても(ぬし)に関係ないだろう」

 視線を気にした風もなく、注文した本人は迷わずジョッキを手に取った。

 その一挙一動は常に目立ち、相席以外からも好奇の目がちらちらと向けられていた。

 虹彩異色症の男とテーブルを挟んで向かい合っている男は、珍しくない要素を見つける方が難しい格好をしていた。

 晴天のような蒼の詰め襟の上に鮮やかな赤革の防具を身につけている様は、野外の風景に溶けこむような地味な色の装備が多い傭兵の中でかなり悪目立ちするものだった。

 雇い主のいる傭兵は派手な色の布を身につけて所属を明らかにするものだが、その域を軽く逸脱していた。

 そんな派手な格好とは対照的に武器は真っ黒な槍と、ある意味地味だが異邦の飾り紐を巻いているのでとても個性的だ。

 酷い寝癖のように逆立った黒い癖毛も、茶髪やくすんだ金髪が多いこの近辺では珍しい部類に入る。

 それに加えて、顔の上半分を覆い隠す役者じみた無機質な白い仮面とくれば、客の多くが盗み見てしまうのも無理もなかった。


 仮面の男は静かに酒に口をつけた。大仰に煽った様子もないのに、男は一息でジョッキの中身を空にしてしまった。

 味わうわけでもなく、まるで水でも飲むような飲み方だった。


「……お前がそこまで酒飲みだったとは知らなかったぜ」

 想像以上の飲みっぷりに、虹彩異色症の相方――リディンはしばらく言葉を失った。

「何を言っている。これでも俺は下戸の部類だ」

「テメェが下戸ならこの世に上戸はいねぇよ」

 当然のことのように仮面の男はさらりと言い、対するリディンは即座に切り返した。

 仮面の男が頼んだのは、エール・ビールの中でも強めの部類に入るものだった。ごく弱い部類のエールなら子供が薄めて水代わり飲んでも平気だが、この強さのものは水代わりにしようなどとはあまり思えない。一気飲みなどすれば大抵の人間の顔は酔っ払わなくともすぐに赤くなる。

 しかし、仮面の男の頬に赤みの差す様子はない。下戸というのは、明らかな嘘に見えた。


「そんなことはどうでもいい。それより、今朝の騒ぎは一体何だ」

 仮面の男は、無理やり話題を変えた。

 話術という言葉からかけ離れたあまりにも露骨な力技に、リディンは先程とはまた異なる呆れた目を向けた。

「何があったのかと聞いている」

 すぐに話してくれる気配がないので、仮面の男は愚直に言葉を重ねた。話してくれるまで粘るつもりのようだった。

「別に俺が心配する用なことじゃねぇけど、人当たりをもっとよくした方がいいぞ」

「余計なお世話だ」

 仮面の男はそっぽを向いた。

 仮面に覆われていない口元は張りがあって加齢によるシワなど一切見当たらず、声も男にしては若干高い。他人の忠告にすぐに臍を曲げる様子と合わせて、仮面の男がまだ年若いことを窺わせた。

「それで、何があった」

 このままでは何も進展しないので、リディンはため息をついて仕方なく折れてやった。

「何でも、町の外で重傷の集団が発見されたらしい。さしずめ、モンスターにやられたんだろう。この町も終わりだな」

 明日は我が身かもしれないというのに、まるで他人事のような口調だった。



 朝方のまだ薄暗い頃のことだった。

 町を取り囲む城壁の門のうち、最も大きなものの前に一人の男が倒れているのが見つかった。

 男は酷い火傷を負っていて、見張りが駆けつけると町と反対方向を指差して言葉もなく口を数度動かし、意識を失った。

 すぐに自警団が人手を集め指差された方向に向かうと、そこには目を覆いたくなるような光景が広がっていたという。



 その話は病院に運ばれる半死体を目撃した住人や実際にことに当たった自警団員の口から瞬く間に広がり、ケアリアの町ににわかに緊張が走った。


「話の大枠は嫌でも耳に入ってきている。俺が聞きたいのはその詳細だ。下っ端とはいえ、主も自警団員だろう? 伝令兵のリディン」

 パンを手に取りながら、仮面の男は正面に座っているリディンに再度問いかけた。

 リディンは、やはりそうきたか、と額に手をあてて息を吐いた。

「そりゃあ、現場にいたから知ってるが……一応、箝口令(かんこうれい)ってやつが敷かれてるんだが」

「カンコーレイ?」

「勝手にべらべら喋るなってことだよ」

 実のところ、リディンは怪我人の搬送に協力したので被害者も現場の様子も見ている。しかし、上からの命令とあっては、口外するわけにもいかない。


 仮面の男は軽く首をかしげた。

「今更、真実を語ったところで困るとは思えないが」

 既に仮面の男が聞いただけでも、半数の人間の手足が欠けていただの、犠牲者は殆ど息絶えただの、実は搬送されたのは救援途中でモンスターに襲われた自警団で犠牲者は誰一人助かっていないだの、実に不安を煽る流言飛語が飛び交っていた。

 そんなことならいっそ、真実を公表してしまえば民衆は落ち着くのではないか、というのが仮面の男の意見だった。


 仮面の男の一見正論に聞こえる底の浅い物言いに、リディンは苦笑した。

「まあな。だが、本当のことを知ったところで、この町に見切りを付けて他所へ行く商人は後を絶たねぇだろうし、住人も何人かは逃げ出すだろうな――もっとも、許されればの話だが」

 下手に公言などすれば、それこそ住民流出に歯止めが掛からなくなることもありうる。そうなれば、ケアリアの町はモンスターに襲われる前に瓦解してしまうだろう。

 それで皆助かるのであれば、リディンも命令を無視して自分の持っている情報を全てぶちまけてもいいと思っているのだが、未知の相手に対しては散り散りになって逃げるよりもぎりぎりまで集団で固まっていた方が生存率が高くなる。下手な散開は戦力を分散させ、敵に各個撃破される恐れがあるからだ。

 何しろ、相手は既に町の近くまでやってきている。何処に潜んでいてもおかしくはない。無闇に町を出るのは無謀の一言に尽きた。

 前線に立つものとして冷静な判断力は必要とされるのだが、リディンの場合、それに加えて職種のわりに頭が回る男のようだった。

「町の外に出られなくなるのか?」

「相手は数十人の人間を纏めて丸焼きにできるようなモンスターだぞ。何があっても町に入れられねぇだろ。多分、今日明日中に城門は完全閉鎖だな。それぐらいしか今は手がねぇし」

 そんなことでモンスターの襲撃を凌げるなどとは到底思えないが討伐に打って出るよりは賢明な判断、というのがリディンの評価だった。


「……」

 仮面の男は急に黙り込んだ。そのまま、手に持ったパンを噛みちぎって食事を始めた。

 リディンも、つられて料理に手を付けた。

 言葉を交わしていたのが嘘のように、二人は黙々と朝食をとった。

 黙って食べ続けたおかげか、硬くて食べにくい黒パンもあっという間に二人の腹の中に収まってしまった。

 食事が終わりに近づくにつれ、リディンは仮面の男の表情を窺いはじめた。

 食べている間は無言でもよかったが、再び会話を切り出すとなると、やはり相手の顔色というものが気になってしまう。だが、仮面のせいで相手の感情は殆ど読み取ることができなかった。

 実のところ、リディンにはモンスターの襲撃について仮面の男が恐怖を感じているのか、それともリディンと同様に諦観して投げやりなのかよく分からなかった。


「何だ、そんなにこの仮面が珍しいか。三流の細工師でも作れそうな物だと思うが」

 いつの間にか仮面の男の顔を凝視してしまっていたリディンに、仮面の男はやや不機嫌そうな声で言った。

「いや、食事中にも外さねぇってのはどうかと思っただけだ」

 咄嗟にリディンは言い訳をしてしまった。しかし、割と正論でもある。

「別に、俺の勝手だろう」

 仮面の男は更に不機嫌そうになった。どうやら、触れられたくない部分らしかった。

「顔を見られたら困ることでもあるのか?」

「……」

 仮面の男は問いかけに対して、リディンを正面から睨んだ。実際に睨んでいるのかは分からないが、少なくともリディンは睨まれているように感じた。

「……そういえば、仮面の。例の襲われた連中のことなんだが、個人的に少し気になることがある」

 嫌な汗をかきながら、リディンは話題と視線を逸らした。

「そんなことを話していいのか? カン……なんとかがあるのではなかったか」

「箝口令、な。事実を話すんじゃなくて、俺の私的な独り言だから別にいいんだよ」

 仮面の男はあまり乗り気でない風を装っていたが、興味津々なのは明白だった。

「そういうことを屁理屈、というのではなかったか?」

「そうだよな、俺がお前に話してやる義理じゃないよな」

「誰が聞きたくないと言った」

 あまり相手を責められない下手な話題の振り方だったが、仮面の男は見事に食いついた。

 仮面の男は完全にリディンのペースに乗せられていた。


「それで、何が気になった?」

「それがな、どうにも怪我の重さと襲われた状況が一致しない気がするんだ」

「どういう意味だ」

 急に、仮面の男の声のトーンが落ちた。

 殺気立った、という様子ではない。逆に、落ち着きすぎて子供っぽい声色が完全に抜け落ちて、妙な安定感を感じさせた。

 おや、とリディンは仮面の男の変化に気がついたが、とりあえず言葉を続けた。


「怪我の程度から見て、門に辿り着いたのが奇跡的なぐらいだったのに、歩いてきたと思われる場所には争った形跡が全くなかった。焦げ跡一つ見つからなかった」

 火傷をしたということは、そこに火の手があったということだ。しかし、現場には煤けた土の一摘み、焦げた草の一束も見つからなかった。

 モンスターの炎が狙い違わず被害者たちを焼いたのだとしても、火だるまになった被害者がのたうち回れば周囲にその跡が残る。それすらも無いというのは、その事実に気付いた者にとって薄気味悪さを抱かせるのに十分な理由だった。


「モンスターたちの手で外に放り出されたのだろう」

「何でモンスターがわざわざ獲物を運ぶんだよ」

 襲った人間をその場でいただくならともかく、どうして見逃す必要があるのだろうか。ましてや助けるなど、野蛮な獣がとる行動にはとても思えなかった。

「モンスターが人間を食うなどと一体誰が決めた?」

 何を当たり前のことを、と言わんばかりに仮面の男はあっさり言い切った。

「むしろ、純粋に人間を食うモンスターの方が少ないぞ」

 リディンはぎょっとした。今のところ、モンスターの正体も数も明らかになっていない。それなのに、仮面の男はそれが大体分かっているような口ぶりだった。

「………何を知ってるんだ、お前」

 リディンは詰問的な口調になった。


「襲われた奴らは何処にいる」

 リディンの問いを完璧に無視して、仮面の男は一方的に問いを投げた。

 こうなると何を言ってもきかないので、リディンは渋々答えた。

「あの怪我で退院してたらその方が驚きだぞ」

 要は、まだ病院で手当てを受けているということである。

「それより、今の話をもっと詳しく――」

「またな」

 仮面の男は席を蹴って立ち上がると、自分の小さな荷物と槍をまとめて肩に背負った。それから硬貨を数枚、テーブルに叩きつけるとすたすたと食堂から出て行った。

 テーブルに残された硬貨は、二人分の朝食より若干多かった。

「あ、おい! 待てって!」

 リディンも慌てて自分の剣と盾を引っ掴むと、仮面の男を追いかけた。

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