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初まりの勇者と終わりの呪い  作者: 草上アケミ
第一章 聖なる獅子と不滅の鳥
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朱の雷が落ちた日

 俺は、どうしようもなく凡人だ。


 それが、今までの人生を鑑みての俺自身の評価だった。

 こんなことを表立って言えば、世間一般の奴らからはぶん殴られるかもしれないが、そうとしか言い様がないのだから仕方がない。

 確かに、周囲から見た俺は、少し家が良くて、頭も良くて、ちょっと努力すれば順風満帆な道を歩めるように見えるのかもしれない。実際、世の中には俺よりも恵まれていない奴なんていくらでもいる。

 所詮、俺だって『ちょっと』特別だっただけなのだ。

 俺よりずっといい血筋で、国一つ動かせるくらい頭が良くて、おまけに眉目秀麗――そんな方々と比べれば、俺の身分は底辺もいいところだし、町一個の情勢を見極めるのでも頭が一杯一杯、顔も凡庸そのものだ。

 だから、俺は早くに将来に見切りをつけていた。

 無駄に大きな野望を持たず、己の努力と才能で無理なく切り盛りできる程度の地位を求め、そして、手に入れた。

 その選択は間違っていなかったと断言できる。

 実際、高望みして夢破れた奴は周りにごろごろといた。俺よりもずっと恵まれていた奴だってその中にいた。大きな夢なんて、見るだけ損だ。

 今の職場は中途半端な実力の俺にはお似合いで、多分何もなければずっとこんな日常が続いていくのだろう。

 唯一現状に不満があるとすれば、そういう枯れた思考をしているのが見抜かれるのか、女があんまり寄り付いてこないことぐらいだ。



「おい、リディン。俺らは昼休憩に入るが、お前も一緒にどうだ?」

 後ろから響いてきた声に、俺は思考を中断して振り返った。

 階段の傍に、見知った顔が何人か立っていた。同じ自警団に所属する同僚達だ。

 俺は手に持っていた望遠鏡を軽く振った。

「そうしたいのは山々なんだが、次の当番が来ねぇんだよ」

 今、俺が就いているのは物見の当番だ。こればっかりは、絶対に絶やすことが出来ない。

 別に俺がクソ真面目とかそんな理由ではなく、勝手に持ち場を離れたことがバレたら団長に怒鳴られ、悪ければ給料を差っ引かれる羽目になるのだ。

 これ以上安い賃金になってはたまらない。独り暮らしの家持ちは何かと金がかかってしょうがないのだ。日々の生活の糧のためなら、今しばらくの空腹は耐えられた。

「次の当番っていうと――」

「ウィルだ。どうせまたあの店で女でも口説いてんだろうが、見つけたら引っ張ってきてくれ」

 うんざりしきった俺の言葉に、同僚の幾人かがにやりとした。


 ウィルというのは、どうしようもない女好きの野郎だ。頻繁に女を口説いては、あっという間に見切りを付けられる、という生活が、ここ三、四年で改善する様子はない。

 今は、<海綿と獅子亭>に勤めている女の子にご執心で、昼も夜も毎日通いつめていた。

 その女の子は俺も見たことがあって、確かになかなか可愛かった。少し頭が足りていなさそうな感じがして俺の好みではないが、馬鹿っぽい女が好きな男はごまんといるものだ。

 女の子の方はウィルに全く興味がないようで、適当にあしらっているらしい。しかし、ウィルはしつこく食い下がり、最近では少し店に迷惑をかけているのだとか。店の通報で自警団(俺たち)にしょっぴかれる日も近いのかもしれない。

 あいつも自警団員の筈なのに。

 まあ別に心はこれっぽっちも痛まないが。


「そういえば、お前の方は進展どうだ」

 割と近所に住んでいる同僚が言った。特別親しいというわけではないが、近いなりにお互い私的な事情を見聞きしてしまうことが多い。

 半ば予想していた言葉に、事前に用意しておいた答えを淀みなく吐き出した。

「ダメだダメだ、身持ちが固くって事が進まねぇ」

 軽く息を吐く真似まですると、相手は意外そうな顔をした。

「そうか、てっきりもう夜までお付き合いしてんじゃねぇかって思ってたんだが」

「そうなったら一つ祝いでもしてくれよ」

 動揺を外に漏らさないように細心の注意を払いながら、投げやりに言った。

「そこまで絶望的か、ははは」

「お似合いっぽいのに、ま、現実はそんなに甘くねぇか」

 慰めているようで、目は完全に笑っている。破局とは言っていないのに気が早いぞ、彼女無し共。

「うるせぇ、ほっとけ」

 口先だけの慰めを述べた奴を軽く睨んだ。

 向こうもこちらの考えが分かっていて、睨まれてもずっとにやにやとしていた。

「じゃ、先に行っとくぜ」

「おう」


 同僚達は階段を下り、俺の視界からいなくなった。完全に姿が見えなくなるのを確認してから、挨拶に挙げていた右手を下ろした。

 俺は本当の溜め息をつくと、物見の外に目を向けた。

 寝不足で若干瞼が重たいが、目の上を揉んで眠気を誤魔化した。

 連日の寝不足に重ねての、見張りという退屈極まりない仕事はもはや拷問に近い。

 何せ、物見台から見えるものは大きく分けて三つしかない。


 一つは、町を取り囲む平原。これは、町に入る人の流れが見えるので、飽きはするが一応見るものがある。

 二つ目は、上に広がる果てしない空。よく晴れていて、時々流れてくる綿雲を眺めると非常に心穏やかになれるが、寝そうになるし、下の注意がおろそかになるので長時間の注視は禁物だ。

 後のもう一つは、平原から先を覆うただひたすらの森林地帯。時々鳥が飛ぶ以外は全く代わり映えのないおかげで、三回も瞬きすれば見るのが嫌になる。


 体面上、少しでも真面目にしているように見えるよう時々目に望遠鏡をあてがったりしたが、景色は風景画のように平穏そのもので、特筆して見るべきものなど何もない。

 空腹でぐう、と腹が鳴った。

 まだウィルはやって来ない。これはもう、店に行ってだらしない顔をしているとみて違いない。

 給仕の盆で頭を殴られたウィルが当番を替わってくれるには、まだまだ時間が掛かりそうだ。二発ぐらい殴られていたら、少しすかっとするかもしれない。

 殴られていなかったら、ウィルの奴を言いくるめて、今日の晩飯は嫌でも奢ってもらおうと心の中で決意した。

 <海綿と獅子亭>の向かいにある<包帯と獅子亭>なら、嫌味も込めて丁度いいかもしれない。


 そんなことを考えながら、ぼーっと景色を眺めていた。

 特に何の変わりもない、世の中で何が起こっているのか全く知らされず、ただただ過ぎていく平穏な時間。

 正直に言えばもう帰りたい。帰って夕方まで寝たい。

 あまり文句を言える立場ではないが、こういうときに兼業は辛い。昨晩は早く寝ればよかったと、今更ながらに後悔した。

 いっそのこと、体調が悪くなったふりをして病院へ行くことも考えた。捻挫や風邪くらいなら詐称できる自信はある。

 しかし、その先で待っている人物の顔を思い出すと、どうにも病院には行きづらいので、脳内で即座に却下した。周りが気を遣って二人きりにでもされたら、先送りにしていた事を聞かれるに決まっている。

 ついでに掛かりつけの病院を今からでも変更しようかとも思ったりして、でもそうするとまた面倒臭いことになりそうだと再び却下。

 いや、でもこれは近いうちになんとか決着をつけないと後で引きずるよな……と、思考がだんだん暗い方へと沈んでいく。


 ふと、視界の端にちらちらと動くものが映り込み、気が逸れて思考が途切れた。

 森の中から、鳥が一斉に飛び立っていた。

 鳥自体はどこにでもいるただの小鳥の群れだろう。しかし、夕暮れ時でもないのに、群れになって飛び立つのは大体何か起こったときだ。

 例えば、天敵に追われたとか、森の中に何か変わったものがいるとか――


 それほど時間を置かずに、『何か』は起こった。

 朱色の閃光が空に奔った。

 雷雲のない良い日和の空を引き裂いて、森の中に雷が落ちた。

 望遠鏡を構えるまでもなく、雷ははっきりと目に見えてしまった。

「嘘だろ……!」

 異常事態に、俺の思考は一瞬真っ白になった。

 我に返ったときには望遠鏡を椅子に叩きつけ、慌てて狭い階段を駆け降りていた。見張り台から突然降りてきた俺に、下で休憩していた連中が驚く。

「どうした、何があったんだ?」

 俺は何も言わずに厩へと走り、手近な場所にいた鞍付きの馬に跨った。もしあれが『奴ら』の発したものならば、説明する暇などない。というか、説明するとまずい。

 通行人を蹄の音でどやしつけると道が空き、そこに馬を走らせた。開け放たれた大門の傍にも面識のある奴がいたが、状況が飲み込めないようで俺が外へと駆けるさまをぽかんとした顔で見ているだけだった。



 畜生、最悪だ。

 後で絶対ウィルの奴に晩飯奢らせる。絶対にだ。

 何で俺が寝不足になるまで仕事抱え込んで、無駄に空腹になって、それでいて駆けつけないといけないんだ。

 こんなことをしてしまったからには減給か降格、あるいは両方が下されるな。

 もう少しで苦労が終わるっていうのについてない。


 それから――ちゃんと返事をしとけば、よかったな。

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