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初まりの勇者と終わりの呪い  作者: 草上アケミ
第一章 聖なる獅子と不滅の鳥
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第十一話 彼は耐え続ける

 創王の館の一室で、創王とパーシェは卓を挟んで向かい合っていた。

 その部屋は、他の集落の統括を召集したときに使われる特別な会議室で、外部に音が漏れないように窓はなく、壁や扉は殊更分厚い造りになっていた。窓がないので、部屋の明かりは争炎の結晶灯で賄われている。

 必然的に、結晶灯の発する熱で部屋は少し蒸し暑いが、この程度の暑さは天煉(てんれん)にとってそよ風のようなものだ。パーシェはマントを脱いでいるが、創王は屋外と同じ格好で汗一つかいていない。

 重厚な六角形の大きな卓を取り囲む椅子は六脚。しかし、使われているのは創王とパーシェの使う二つのみだった。


「この件については、後日でいいでしょう。さすがにこれは吹っ掛けすぎですし」

「貴殿は話が分かって助かる」


 パーシェは、無茶な要求が記述された契約書を軽く指で弾いてから、脇に置いた。

 代表が決闘で敗れた以上、天煉に対して無理を通すことはこの場で可能だが、後に大きな軋轢を生むような条件は避けるべきだ。

 代わりに別の書類を取り出し、内容に目を通した。


「これを」

「はい」


 パーシェが書類を差し出すと、傍で控えていた護衛が受け取り、創王の前まで持って行った。

 創王付きの護衛たちはパーシェを牽制するようにそれぞれの背後に二人ずつ並び、静かに進む書類のやり取りを仲介していた。

 窓がないことと明かりの発する熱が閉塞感を助長し、緊張のあまり護衛たちの顔には汗が滲んでいた。

 何しろ相手は風を操る嵐雅(らんが)の中でもかなり上位に位置する男だ。もし戦闘になれば護衛など気休めにしかならないことは重々承知している。護衛の存在は、単に気を許してはいないという意思表示くらいにしか機能していなかった。

 しかし、当のパーシェは周囲の警戒を気にした風もなく、普通の商談をしているような雰囲気でやり取りを続けていた。


「確かに、受け取りました」


 創王が署名した証明書を折りたたみ、上から封蝋で簡易的な封印を施した。

 これで創王が承認しなければならない事務処理が終了した。


「それでは、上に報告させて頂きます」


 パーシェは書類を軽く整えると油紙に包んで鞄に収め、その鞄を更に輸送用の革袋に仕舞い込んだ。

 袋といっても、厚い革を何重にも縫い合わせた箱のようなものにベルト通しがついている、鞄とさえ言えないような頑丈過ぎる入れ物である。空輸には事故が付き物なので、万一のときに備えた二重三重の梱包が大切なのだ。

 パーシェは最後に梱包をもう一度確認すると、椅子を引いて立ち上がり、軽く会釈をした。


「少し、待ち給え」

 早々に退席しようとするパーシェを、創王が呼び止めた。

「どうかしましたか」

「私はあの月喰の少年によく似た者に会ったことがある」


 意外な言葉に、パーシェは少し眉根を寄せた。

「性格もおそらくはよく似ている。頑固で融通の利かない男だった」

「頑固という点は認めますが、融通が利かないのは最近の話なのでなんとも……」

「儀礼用ではあったが、奴の持っていた武器も槍だった」

「偶然の一致、というのは?」

「そうかもしれんが、奴の歳を鑑みれば、あれくらいの子供がいても不思議ではない」

「そうですか」

「とにかく、似すぎている」

「はあ」


 どこか煮え切らない言動の創王に、パーシェの興味は急速に萎んでいった。

 心底どうでも良さそうに、形だけの相槌を打つ。

 創王と面識があるくらいの高官の親を持っていても、ギルがギルなのでそんなに意外性はパーシェの中で特になかった。

 それでも創王は言葉を続ける。


「少年の宣戦布告が、十年前の奴のそれと重なって聞こえたくらいだ」


 その一言で、パーシェの顔色が変わった。

 十年前の宣戦布告といえば、戦争の幕開けとなった宣言に他ならない。

「まさか……そのギルによく似ているという御方というのは」

 興味の劇的な変化に、創王は目を伏せた。


「どうやら、貴殿らも把握してはいないのだな。ならば、私からの明言は避けよう」

「……確かに、あまりつついて事を大きくするのは、ギルのためにもよくはないでしょうね」

 パーシェも苦い顔をした。

「仮に、もし真実がそうであったとして、こちらは何も得することは無いのですから」

「むしろ、災厄しか呼ばんのではないか?」

「……上が他種族(よそ)なので、私には何とも言えません」

 口ではそう言ったが、パーシェは創王の意見に全力で首を縦に振りたい気分だった。


「しかし、貴重な情報をありがとうございます」

 パーシェは創王に背を向け、部屋から出て行こうとし――手前で立ち止まった。

「何故、そのようなことを私に? 教える義理など何も無い筈ですが」

「君が彼の味方であるからだ。そうでなければ、謝罪の言葉など言わないだろう」

 創王はその言葉を直接聞いたわけではない。だが、パーシェがギルに向かって獣語で言っていたのを配下の者が聞き取っていた。

 とても小さな声で、すまなかった、と。


「月喰の掲げた理想は途轍もないものだった。例えそれが正しいことだとしても我々にはついていけない程の大望だ、実際世界は変わってしまった。しかし、戦の決着はとうについた。彼らの表舞台での役割はもう終わった筈だ。

 君も、そう思っているのだろう」


 創王の言葉を、パーシェは静かに受け止めた。そして、扉の取っ手を回し、重い扉を勢いよく開いた。

「買いかぶりすぎです。私は彼の味方になれなかった」

 それだけを言って、パーシェは部屋から立ち去った。



--------



 パーシェは扉を開けて、そのまま固まった。

 もし扉を開けたのがパーシェ以外の誰かだったとしても、その場で固まってしまっただろう。寧ろ、後ずさって扉を閉めなかった辺り、パーシェは人が良かったと言える。

 扉を開けた瞬間に、縋り付きそうな勢いでリディンがパーシェの目の前に飛び出してきたのだ。リディンは明らかに狼狽していて、目線ではもう既に縋り付いているも同然だった。


「ど、どうしたんだ一体」

「ギルが、目を覚まさないんだ!」


 心持ち身体を引きながらパーシェが尋ねると、リディンは囁くような声で言った。リディンの顔からは、若干血の気が引いていた。

 パーシェはリディンの背後に目をやった。

 ギルは窓際に並べられた二つの寝台の片方に、きちんと寝かされていた。

 目の前でおろおろするリディンを押しのけて、パーシェはギルに近付いて冷静に観察した。ギルの着衣や寝具に一切の乱れはなく、まさしく死んだように眠っていた。


「見たことも無いくらい熟睡していることを除けば、特に変わったところはないように見えるけどな。何をそんなに慌てているんだ」

 訝しむパーシェに、リディンはうっと声を詰まらせた。

「いや、それがその……少し黙らせるつもりで失気拳を当てたら、ばたりと、動かなくなってしまって……いや、でも確かにかなり本気で当てたが、それで完全に失神する筈はない、と、思ったんだが」

 尻すぼみになりながらも必死で弁解するリディンに、パーシェはすぐに合点がいった。


「ああ、そりゃあまあ気絶するな、ギル坊だったら」

「え」

 当然のようにさらりと言うパーシェに、リディンはぽかんとした。

「普通の竜種だったら、確かに半獣程度の本気に当てられて気絶、なんてことは確かにあんまり起こり得ない。だがギルのような月喰族、つまりヒトの言うところの悪魔は、恐ろしく緩衝圏(アーミナ)が弱いのさ。多分、並の半獣より少し強い程度くらいじゃないか。

 普通は結界系の術で補強するもんだが、こいつはそういうの苦手だからなあ」

 やれやれ、といった様子でパーシェは説明した。


 緩衝圏とは、全ての神獣が生まれながらに持っている、加護の一種である。

 神性の関係しない暴力を大幅に削ぎ落とし、神獣の神性を宿した攻撃もある程度和らげる作用を持っている。

 その効果は能力の強さ――所謂(いわゆる)神性に比例し、神性を全く持たないヒトよりも半獣、半獣よりも純血の神獣、更には階位持ちであるほど強大な守りの力を持っているとされている。

 もちろん月喰も上位になればなるほど緩衝圏は強くなるが、その上限が他種族と比べて異様に低かった。


 未知の事実に、リディンは目を白黒させた。

「いや、でも……あー、実は此処に来る前にも一発殴ってしまったんだが、その時はなんともなかったぞ」

 言いにくそうにしながらも、リディンは疑問を投げかけた。

 昼のときには軽くよろめいただけで、ギルの意識ははっきりしていたし足取りも確かだった。あの時の倍近く力を込めていたとはいえ、あっさり昏倒してしまったのはリディンにとって納得がいかなかった。

 しかし、パーシェはその疑念を軽く鼻で笑った。


「それはやせ我慢だ、絶対に。弱音を吐かないことに関しては、多分解放軍一だぞ、こいつは」

 呆れ顔でパーシェは寝たままのギルを指さした。

「この馬鹿坊主は歳のわりに恐ろしく強くて恐ろしく頭が悪いが、それ以上に恐ろしく我慢強いという非常に面倒臭いところがある。ここだけの話、普通の新兵が戦場に出ると必ず一月以内に弱ってゲロってしまうもんだが、こいつは一年以上ゲロらなかったという心底どうでもいい記録を持っているらしい」

 そんなところで頑張ってどうするんだか、とパーシェは肩を竦めた。


「心配しなくても、そのうち目を覚ますだろ。耐性はなくとも頑丈ではあるからな」

「なら、いいんだが……」

 パーシェの声色はあまりギルを心配している風には聞こえなかった。だが、自分のしてしまったことに責任を感じているのか、まだリディンの顔は晴れなかった。

「おいおい、医者がそんなに狼狽するもんじゃないぞ。もう少し落ち着けって。やせ我慢の馬鹿野郎を休ませられたんだぜ、これは誇っていい」

 パーシェは滅茶苦茶な理屈を並べ、リディンの背中を軽く叩いて活を入れた。


「それじゃ、俺はこれから中央に報告をしに行かなければならなくなったんでね。すまないが自力で帰ってくれ。まあ、精々一日歩けばケアリアに着くだろうし」

 パーシェは肩に担いだ輸送鞄を示した。

「自力で、ってどういうことだ」

 おや、とパーシェは意外そうな顔でリディンを見た。

「ギル坊が言っていなかったのか。此の村の近辺まであんたと坊主を運んだのは俺だよ」

 パーシェは右手で空を鷲掴みにしてみせた。


「こんな感じで掴んで運んだんだが、まあ覚えてないか。ばっちり気を失ってたし」

「……あー」

 ようやくリディンは、目の前にいるのが竜種最速と名高い嵐雅だということに思い至った。まだリディンの目の前で竜の姿を見せていなかったので、想像しにくかったせいもある。

「じゃ、俺はこれで――あ、そうそう」


 部屋から出て行く足を止めずに、パーシェは右手を挙げてくるりと後ろに振り返った。

「ギル坊の鎧を脱がせてやってくれ」

「元よりそのつもりだったが、どうしてだ?」

「ギル坊の鎧は争炎の革から作った特別製で、緩衝圏の代用品になってるんだ。あんまり長期間の着用は――」

「それを早く言えっ!」


 リディンはパーシェを怒鳴りつけるのと同時に、ギルの身体に飛びついた。

 手始めに籠手の紐を緩めてせっせと脱がせていく。

「こういう強化装備は生来の耐性を弱めんだよ! そりゃ合間を縫って一撃お見舞いすればぶっ倒れるわけだ! っつーか、知ってんなら最初から言えっておいこらテメェ逃げんな!」


 そそくさと廊下に去っていくパーシェに向かって、リディンはギルの籠手を投げつけた。それをひょいと躱し、パーシェはリディンの視界から姿を消してしまった。

 籠手は壁に叩きつけられ、硬い音と共に床に落下した。

「じゃ、あとはよろしくな」

「だから逃げんなテメェ手伝ってけ!」


 リディンが怒鳴っても、ギルはぴくりとも動かなかった。

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