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初まりの勇者と終わりの呪い  作者: 草上アケミ
第一章 聖なる獅子と不滅の鳥
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第九話 そして勇者は剣を抜く

「矢よ!」

 最初に動いたのはギルだった。

 鋭い声が発せられるのと同時に槍の先端を覆っていた結晶が僅かに剥離し、言葉通り矢となって兵士(フェニエラウス)に向かって飛ぶ。

「はっ!」

 フェニエラウスは槌を振り上げて矢を弾き、突き出された槍の先に振り下ろす。

 ギルの繰り出した刺突は呆気無く槌によって地面に叩き落さた。


 そして、硝子が砕けるような音と共に槍の穂先が砕け散った。

「!」

 いとも簡単に壊れてしまった武器に、フェニエラウスは驚きのあまり一瞬動きを止めた。

 その一瞬は、決着がつくのに充分な時間だった。

 砕け散った槍の欠片が朱色の光へと姿を変え、槌の表面に浮かんだ紋を吹き飛ばす。

 紋を再生させる暇を与えることなく、ギルは既に再生した(・・・・・・)槍を撥ね上げて槌を切り裂いた。

 特殊な合金で出来ている戦闘槌は鋼鉄よりも強度があるにもかかわらず、能力の付与がなければ結晶の刃の前ではバターに等しい。

 一閃で槌を三つ(・・)に分断し、ギルはフェニエラウスの眼前に槍を突きつけた。三度(みたび)生成された結晶の刃がいつでも突き刺さることができる位置でぴたりと止められ、フェニエラウスは動くことができない。


「これが、殺す、ということ」


 ギルは槍の先端をすっと動かし、肩口へと向けた。少しでも動けば、関節に刃が食い込む。


「そしてこれが、生かす、ということだ」


「殺すなら攻撃に妥協をするな、生かす気ならば絶対に命を奪わず全力を尽くせ。さる方からの受け売りだが」

 自分にはそれが出来る、と言いたいのだろう。

 ここで悪魔らしく嫌味ったらしい笑みでも浮かべていれば、嘲りととらえることもできるだろうが、ギルの目は真剣そのものだった。

 既に勝負はついたも同然だった。結晶の刃が空気に溶けて消え、ギルは構えを解く。

「では、決闘を始めよう」

「……え」

 仕切り直しとフェニエラウスに背を向けてギルは線の位置まで歩いて戻った。

 戦っていたフェニエラウスだけではなく、他の兵士やリディンもぽかんとしてその背中を見ていた。

「本気の俺にその姿で挑むのは無謀だ。元の姿になるがいい」

「巫山戯るな、驕るのも大概にしろ!」

 一方的に無力だと決めつけられ、フェニエラウスはまたかっとなった。

 彼にしてみれば、ヒトの姿をとるギルに合わせて正々堂々と戦ったつもりだったのだ。

「事実を言っているだけだ。俺は元より獣人戦士(リトル)、此の姿のまま竜種とでさえ渡り合う身の上だ。見たところ、(ぬし)の装備は拘束と封印のためのもので戦闘には向いていないように思うのだが」

 ギルの指摘にフェニエラウスは出かかっていた言葉をぐっと詰める。


 同じ革鎧であっても、ギルの身に着けているものとフェニエラウスのものとでは構造がかなり異なっていた。

 ギルの鎧は胸部、上腕、太腿を覆う形となっていて、肩や腹部といった可動部の防御は無いに等しい。鎧を固定するための革帯と猟刀のベルトが申し訳程度の守りとなっているだけで、動きを出来るだけ阻害しない作りとなっていた。

 対して、フェニエラウスの鎧はリディンの身に着けている自警団の支給品と同じような汎用性のある作りで、使われている革もそれほど丈夫そうには見えない。

 それに加えて、革の表面には特徴的な縄目のような紋様が刻印されていた。それは、リディンにも見覚えのある模様(パターン)だった。

 縄目の紋様は、神獣の能力を制御する基本的な呪術を発動させるために必要な印だ。リディンが幼い頃はその紋様が刻まれたベルトや服を身につけなければ外を出歩くことを許されなかったものだ。

 フェニエラウスの鎧には能力の暴発を抑える意味合いが強かった。


「創王様……」

「構わん、戦うからには全力を尽くせ」

「はっ」

 創王の許可を得てフェニエラウスは一度その場を離れ、革鎧を外した姿で再び現れた。

 今度は周囲の仲間と同様のローブ姿で、物理的な拘束は何一つ受けていない。武器は何も持たず、無手の状態だ。


「改めて、いざ――」

 フェニエラウスの周りの空気が熱気で揺らめく。

 次の瞬間、フェニエラウスの着ているローブが膨れ上がり、首をもたげて鱗の生えた足をつく。翼を広げたそれは、まさしく天煉族の真の姿だった。

 体躯はギルが道中戦った鳥たちよりも大きく、夕焼けのような赤橙色が混ざった羽根は燃える溶鉱炉のようだ。


「いざ、勝負!」

 叫んだギルの背後に漆黒の花が咲いた。

 突如虚空から湧き出た闇色の結晶はみるみる成長し、翼のような形へと変化していく。成長しきった結晶はギルを覆い隠すほどの右翼となり、肩甲骨の辺りに貼り付き、身体に同化した。

 竜種の特徴である能力が結晶化した翼を顕現させたギルに、フェニエラウスは目を細めた。

 翼は左右揃って一つである筈なのに、ギルの背にあるのは右の片割れのみ。

 竜種の翼は本物の肉ではないので欠損しても再生するものであるし、片方の翼だけを顕現させることは片目の瞳孔を意思で広げるようなものだ。不可能と言っていい。

 生まれついての隻翼と考えるのが妥当だが、果たしてそんな半端者を使者として寄越すだろうか。

 しかし、今重要なのはギルの素性ではなくギルが完全な翼を持っていないという事実だ。翼が両方揃っていなければ竜が空を飛ぶことはできない。

「――!」

 フェニエラウスは天高く声を響かせ、翼を広げて舞い上がった。

 巻き上がる砂埃に周囲に立つ兵士とリディンは顔に手をかざした。


「なら――」

 ギルは地面を槍の石突きで叩き、同時に喉の奥から獣語(グロード)を発して術を発動させる。

 背中の翼の羽根数枚が朱色の光となり、ギルの周囲に物質を形作った。

 ギルを取り囲むように三本の黒い槍が浮かび、上空のフェニエラウス目掛けて飛んだ。

 迫り来る槍をかわし、フェニエラウスは旋回しながらギルに繰り返し熱風を吹きつけた。

 ギルは身体を持っていかれそうになる程の突風を身を低くして凌ぐ。喉が熱でやられることを防ぐために息も止める。熱に晒された髪の毛の先から嫌な臭いが漂った。

 再度ギルが結晶の槍を飛ばすとフェニエラウスは熱風攻撃を中断し、一旦高度を上げて回避した。

 攻撃の止んだその隙に、ギルは巻物(スクロール)を広げて左手を叩きつけた。

「〈毒蛇(ニドヘグ)〉!」

 結晶の翼から細長い影が飛び出した。影は空を一直線に上り、フェニエラウスへと迫る。

 飛来する影をフェニエラウスは容易く避け、再び攻撃するために高度を下げ始めた。

 しかし、影はフェニエラウスの側を通りすぎると進路を変え、死角から襲いかかった。

「キィィィイイイイイイッ!」

 影は首と翼に絡みつき吊り上げるように絞め上げた。フェニエラウスはバランスを崩し、悲鳴を上げながら墜落する。

 ギルに向かって飛んでいたフェニエラウスは当然、ギル目掛けて墜ちていく。

 ギルは巻物(スクロール)から手を離し正面衝突を避けようとするが、巻物(スクロール)から手を上げた瞬間、ギルの上体が傾いた。即座に持ち直して回避に移るも間に合わない。

 地面に接触する直前に影の拘束が消え、フェニエラウスは減速して地面に前のめりに突っ込んだ。足を突っ張って止まろうとするも墜落の勢いは完全に相殺できず、地面を引っかきながら滑ってギルに体当たりを食らわせた。


「ギルッ!」

 思わず叫んだリディンの目の前でギルは鳥に弾き飛ばされた。

 巨鳥と比べて遥かに小さな身体は宙を舞い、地面に叩きつけられる。そのまま槍を手放し、数回地面を転がって止まった。

 ぎりぎり受け身はとれていたが、ぶつかった衝撃は身体に完全に染み込んでいる。骨が折れていてもおかしくはないし、その折れた骨が肉や臓物に刺されば命に関わる怪我となる。

 もしも立ち上がらなかったらと思うと、リディンは気が気ではなかった。

「大丈夫だ」

 リディンの心配をよそに、何でもない顔でギルは身体を起こした。

 フェニエラウスは自重による着地の衝撃が大きかったのか、まだ動くことができていない。

「少ししくじっただけだ」

 左の脇腹を押さえながら、ギルは立ち上がる。まるで問題ない、という素振りをしているつもりなのだろうが、傷を負っていることは明らかだった。

「しくじった……って、お前なあ!」

 ギルの言い草にリディンが声を荒げた。

 真剣のやり取りでは少しの油断や隙が敗北に、敗北は少なからず死に繋がる。それは言葉を持たない野獣も知っている当たり前のことで、戦士であるギルが軽視していられるものではない。

「中途半端な攻撃で命張ってんじゃねぇよ!」

傀儡(くぐつ)を扱うのは苦手なんだ、悪いか」

 決闘相手がまだ立ち上がっていないのをいいことに、怒鳴るリディンにギルは言い返した。心なしか、声色もいつも通りに近づき拗ねたような調子になっている。

「苦手な分野で挑んで命散らす馬鹿が何処にいる!」

 更に吠えるリディンに、ギルは眉を寄せた。

「これしか考えつかなかったんだ」


 結晶を徐々に散逸させることで動かし意のままに操作する傀儡(かいらい)系結晶術の人形に、飛行能力を与えた〈毒蛇(ニドヘグ)〉はギルが苦手とする分野の術だ。単純にギルの適正が細かい制御に向いていないというのもあるが、それ以上に術の特性がギルに向いていない。

 傀儡系の術は、対象が結晶を貼りつけたブーメランだろうと結晶の人形だろうと、操作中はその場から動けないのだ。接近戦を好むギルには文字通り足枷となってしまう。

 それでも自分で術を組んで操作しているときは解除に瞬き程の時間も必要ない。問題は、巻物(スクロール)に写された制御式を使用しているときで、急に術を解除すると精神が軽いパニックを起こす。

 もちろん、然るべき手順で術を解除すればそんなことにはならない。しかし、ギルは解除の手順をすっ飛ばして制御を手放したのだ。

 そのせいでギルは反応が遅れ、フェニエラウスの墜落に巻き込まれてしまった。きちんと術を解除できていれば、醜態を晒すわけなどない。

 飛べない以上これがギルの考えつく限りの最も楽な戦い方だったのだが、それを中途半端と非難されてかちんと来ていた。


「……まあ、さらによく考えてみれば確実に勝つ方法はあるんだが」

「じゃあそれで戦えよ!」

 リディンの尤もすぎる指摘に、まあ、それもそうかとギルは息を吐いた。

 打撲数カ所に臓物を少々痛めたが、骨や肉に目立った異常はない。ヒトならそれだけで済まない衝撃でも、頑丈な竜種の肉体に恵まれた彼には大した傷を与えられていなかった。

 まだ戦えると判断し、ギルは腰の猟刀を逆手に抜き放つ。

 くるりと順手に持ち替えるのと同時に、猟刀は結晶に包まれて黒い両手剣へと姿を変えた。刃渡りの短い猟刀を核としているため、両手剣の中程から先は結晶のみで構成されており、重心も強度も打ち合いに不十分な儀礼剣だ。

 槍と比べるとかなり心許ない武器だが、ギルの表情に焦りや不安は微塵もない。

「小難しい真似はやめだ、次で終わらせる」

 低い姿勢で剣を構え、刺突の予備動作をとる。

 ようやく衝撃から立ち直ったフェニエラウスはギルを威嚇するように鋭く鳴き、術を展開した。

 フェニエラウスの足の周囲に橙の光が集まり、鉤爪と鱗の上に結晶が被さった。


「キィィッ!」

 フェニエラウスは鉤爪で地面を抉り、結晶を地面に斜めに突き立てた。

 結晶が爪から離れ術が作動する。

 矢よりも速く地表を走り赤熱した軌跡を後ろに残してギルへと結晶が放たれる。

「はああああぁぁっ!」

 それと同時にギルは雄叫びと共に剣を正面に突く。


 決着は、一瞬の出来事だった。

 ギルの剣から迸った朱の雷光が結晶を飲み込み、砕き、無へと返した。

 (いかずち)は結晶を破壊するだけに留まらず、フェニエラウスの左翼に突き刺さり黒い雷が肉を貫く。

 朱の雷は肉を貫く直前に黒い雷へと変化していた。その様子が、ギル以外の目からは朱の色が肉に吸い込まれて漆黒が吐き出されているように見えた。

 フェニエラウスは金切り声を上げて雷に貫かれた左翼を力なくだらりとさげ、その場に(うずくま)った。

「俺の勝ち、だな」

 ギルは剣を下ろし、静かに勝利を宣言した。

 能力を解いたのか両手剣から結晶が剥がれ落ち始め、地面につく前に溶けて消えていった。


「フェニエラウス!」

 立ち上がる気配のないフェニエラウスに数人と数頭の兵士が駆け寄った。

 翼に開けられた穴は小さく、出血も大した量ではない。だが、彼は一歩も動くことができなかった。

 傷付けられた翼だけでなく、左足にも力が入らなくなっていた。

「余波で足がやられたんだろう。しばらくすれば動けるようになる」

 仲間の鳥に寄りかかり、支えてもらってようやく立ち上がれたフェニエラウスを眺めながら、ギルは淡々と言った。

 元に戻った猟刀を鞘に収め、ギルは槍を拾うために歩き出した。

 槍の側で足を止め、腰を屈めて右手で槍を拾い――取り落とした。

「ん……?」

 動かない右手にちらりと目を落として、すぐに左手で槍を拾い直した。

 武器も回収し終わり、そのままギルはリディンの方に向かった。

「怪我は大丈夫なのか」

 リディンの目がギルの左脇腹と右手の間を何回も往復した。

「ああ」

 ギルの首肯に、リディンは大きく溜め息を吐いた。眉間に皺も寄っている。

「――今は、信じてやる。後で覚えてろよ」

「は?」

 言葉の真意を掴めずに、ギルが首を傾げたその時――



「思い出した! 『黒の雷』だ!」

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