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「いない、かな。うん、ここにはいない」
「そうか。よし、次だ」
連行された身のはずのポーリさんが、何故かこの集団を仕切っていた。
僕は葦の群生をかき分けては、レイロア大王が潜んでいそうな深みを鑑定していく。
レイロア大王は子牛くらいの大きさらしいので、潜むには一定以上の広さが必要なはずだ。
その川幅の広くなった場所を探すのは、ルーシーの役割だ。彼女は飛べる上に夜目が利くのでうってつけである。
ふよふよと降りて来たルーシーは、葦の原の向こうを指さした。
「あっちひろいよー?すっごくひろい!」
「わかった、嬢ちゃん。行くぞ、お前ら!」
ポーリさんが先頭を切って、葦をかき分けていく。
嫌々来たくせに、この男ノリノリである。
「おっ、確かに広いニャ」
ミズが背伸びして、先を見やる。
そこはリノイ川が背を丸めるように大きくうねった場所だった。腹の部分には大小様々な石が堆積し、川原を形成していた。
川幅はこれまでのものより明らかに広く、十分な深さがあるように見える。
「ポーリの旦那、ひと休みしようぜ」
キリルの提案に皆が頷く。
「仕方ねえな」
皆の様子に、ポーリさんは不承不承に同意した。
川原に降りると、ミズとトリーネは、揃って道具袋から巻き糸を取り出した。先の方に針と重りが付いている。
二人は川に入ると水中の石をひっくり返し始めた。裏に付いた虫をエサに糸釣りをするようだ。
僕は目を擦りながら鑑定を始める。
別に眠いわけではない。焦点をずらしながら鑑定を連発しているので、疲れ目が酷いのだ。
今、鑑定したのはレディマウンテンという小型の美しい魚。こうして、たまたま魚のような水棲生物が鑑定される事も多かった。
単調な作業の繰り返しにため息をつくと、鑑定結果の
種族レディマウンテン
の文字が川原の方に引っ張られていく。どうやらミズが釣ったようだ。
狩人二人は釣りの腕も素晴らしく、どんどん釣果が積まれてゆく。特にナーゴ族のミズは、凄まじい気迫だ。
「ノエルさんも休んだらどうです?」
「ありがとう……そうする」
ウーリの声に僕は頷いた。
「んっ?」
狩人を除いたみんなが、それぞれ川原に腰を下ろしている。その中で、顔を伏せた小さな影が気になった。僕は小さな影に歩み寄り、隣に腰を降ろす。
「ロジャー、眠くなった?」
ロジャーは顔を伏せたまま、首を横に振った。
「……もしかして、結婚式が憂うつ?」
するとロジャーの体がビクンと跳ねた。
「もう、明後日だもんね」
僕の言葉に、ロジャーはゆっくり顔を上げた。
「……死んだお父さんが言ったんだ。もし、俺が死んだらお前が母さんを守るんだ、って」
「そっ、か」
「ビリーと結婚したら、僕は守らなくてもよくなる……のかな?」
亡くなった方を悪く言うつもりはないが、ずいぶんと重い物を背負わせる父親だと思う。旗を立てる発言も、なんだか胸がザワザワする。
「ビリーさんの事はどう思うんだい?」
「ビリーは好きだよ。優しいし、面白いし。それに、夕御飯の時ビリーがいるとお母さんはすごく楽しそうなんだ……でも」
そこでロジャーは口を噤んだ。
「お母さんを取られちゃう気がする?」
僕がそう言うと、ロジャーは口をへの字に曲げた。
「喜ばなくちゃいけないのに、嫌な気持ちが消えないんだ。僕が子供だからかな」
「いやあ、十分大人だよ」
心の底から出た言葉だった。
「僕がロジャーくらいの頃は、遊ぶ事しか考えていなかったよ?今日の遊びはイマイチだった、明日はいかに面白く遊ぼうか。そんな事ばっかりだよ」
ロジャーの顔に、ようやく笑みが戻る。
「お母さんの為に結婚式を企画するなんて、とんでもなく凄い事さ。胸を張っていい」
そう言いながら、僕はラシードさんとの酒場での会話を思い出していた。
「嬉しいし、悔しいし、悲しい。全部引っくるめてロジャーの気持ちなんだよ。間違ってなんかないし、そのままでいいんだ」
するとロジャーはグイッと目尻を拭って、力強い眼差しを僕に向けた。
「ありがとう司祭さま」
「どういたしまして」
背中の方でズズッと鼻を啜る音がした。チラリと後ろに目をやると、暗闇で啜り泣くスケルトンが居た。どうやら聞き耳を立ててたようだ。
しかしどうやって音を立てたか知らないが、君は鼻水出ないからね?
「んんっ!?何か揺れたよ?」
ロジャーが立ち上がって川の方を見る。
彼の視線の先には、ルーシーがいた。水面の少し上を、気持ちよさげにふよふよと漂っている。が、次の瞬間。
「きゃああああ!」
ルーシーを水中から伸びた巨大なハサミが襲う。
「大丈夫か!ルーシー!」
ウーリが大声で叫んだ。幽霊なので恐らく大丈夫なのだが。
予想通り、無傷のルーシーが波間から顔を出した。無傷ではあるが酷く驚いたようで、一目散に僕の元へ飛んできて、胸の十字架へと入った。
わかりきってはいるが、一応鑑定する。
種族レイロアンロブスター
「種族、レイロアンロブスター!」
即座にみんなが臨戦態勢に入るが、レイロア大王はすぐさま水中に消えていった。
「ルーシーを襲ったくらいだから、腹を空かせてるはずだ!釣りの用意を!」
「心得た!」
ドウセツがロープの束を転がすと、ミズがウキを、キリルがムルムル鳥を結んだ。
「あれっ?針は?」
僕の質問にミズが答える。
「レイロア大王は、要はザリガニだニャ。エサを挟んだら離さないから針は要らないニャ」
「なるほど、了解」
「準備ハイイデスカ?投ゲマスヨ!」
ジャックがブンブンと仕掛けを回し、縄投げの要領で大王のいた辺りへ投げ入れた。
水音と共にムルムル鳥が着水すると、即座に巨大なハサミが飛び出した。
「ウヒィィッ!?」
ジャックが勢いよく、水中へと引きずられていく。僕達は慌ててロープにしがみついた。
「むがー!フィッシュオン!」
「ぬおお!」
「何という重さでござる……」
「負けないニャー!」
「くううっ」
全員が腰を落としてロープを引くが、ずるずると引っ張られてしまう。
「よいしょ!よいしょ!」
最後尾で綱を引くロジャーが、リズム良くかけ声をかけ始めた。皆がそれに乗り、かけ声を出す。
「おいしょ!おいしょ!」
「オーエス!オーエス!」
「だりゃっ!どりゃっ!」
みんなそれぞれの言い方で、ロジャーのリズムに合わせる。
「よし、引けてる、引けてる!」
ロープに全体重をかけ、手のひらの痛みに耐えながら、引っ張り続ける。
「ヨッコラショ!ドッコイショ!」
「ふん、ニャ!むん、ニャ!」
「よっ!ほっ!」
じりじりとレイロア大王が川原に近付いてくる。
初めはエサを挟んだ大きなハサミだけが水上に見えていたのだが、黒い目が見え、続いて真っ青な体が見えてきた。
その大きさは子牛どころではない。ハサミだけで子牛の大きさなど越えている。
「あと少し!陸に上がったら、ポーリさん!」
「わかってる!任せろ!」
「ああっ!ロープが……」
叫んだウーリの視線を追うと、ロープの中頃が傷付き、解れていくのが見えた。
「くそっ、仕方ねえ!」
ポーリさんはロープから手を離し、エサを挟んだハサミに跳び乗った。
「アヒッ!ゲボボ……」
その瞬間、ロープが大きく引っ張られ、先頭のジャックが落水する。ポーリさんはその間に大王の頭へと跳び移った。
「いくぞ!ロープから手を離せ!『スタン』!」
ポーリさんの左手が青白く発光すると共に、バチッと大きな音がした。
レイロア大王は両方のハサミを高く掲げたかと思うと、ゆっくりと倒れていった。
そしてその横にぷかりとジャックが浮かんだ。
「うおお!ジャック、ジャァァック!」
デューイが川の中をざぶざぶと入っていき、ジャックを仰向けに抱き抱える。
ジャックの顔には水草が絡まっていた。
「でゅーいサン……アトハ頼ミマス……」
「逝くな!俺より先に逝くんじゃない!ジャック!」
「はいはい、もう逝ってるからね……おっ?ジャック、二つ名変わってる」
「ナンデスト!?」
瀕死を装っていたジャックが飛び起き、僕に駆け寄る。
「さすが、ジャック!不死身だぜ!」
「どっちかって言うと不死者だけど」
「ソレハイイデスカラ!二ツ名ハ何デス!?モウ殺虫剤ハ嫌ナンデス!!」
ジャックが僕の足元に縋り付く。
ああ、やっぱり気にしてたんだな。そう思いつつ新たな二つ名を告げた。
「土左衛門」
「ヘッ?」
「【土左衛門ジャック】」
「どういう意味だ、土左衛門って?」
デューイが不思議そうな顔をする。
対してジャックは頭を抱えて川原に突っ伏した。
「別ニ溺レテ死ンダワケジャナイノニイイイ!」
「元々死んでるのにね。二つ名の判定って意外とザルなんだねえ」
「他人事ミタイニ!」
「いや、結構レアな二つ名だと思うよ?人間には無理な二つ名だろうし」
水死体である時点で二つ名など付かないのだから、アンデッド専用の二つ名だろう。
「【正義ノ騎士じゃっく】トカ【ないすがいじゃっく】トカ、ソンナノガイインデスヨウ!」
「そう言われてもねえ」
「ウオオ!何故ダアァァ!何故、変ナ二ツ名バッカリ!」
「お、落ち着けよジャック。俺は好きだぜ?【土左衛門ジャック】」
デューイがジャックの肩甲骨を優しく叩く。が、ジャックはその手を振り払い、夜空に向かって吠えた。
「コレデモ、結構ガンバッテイルノニィィィ!!」
夜の川原にスケルトンの悲痛な叫び声が響き渡った。